第55話 「黄金井爪は涼しい場所に行きたい③」

――親友?

 思ったより普通の回答が返ってきたので少し驚いている。

「ちょっと、僕の親友は爪く……」

「シッ!」

 俺は慌てて翼の口を塞いだ。うっかりするとこんな感じでバラしそうだからコイツは危ない。あと、俺たちはあくまで腐れ縁であって決して親友じゃない。そこ大事だから強く言っておく!

「で、何でその親友を探しているわけだ? わざわざこんなコピーまで取って。ただ事じゃねぇよな」

「それが、だな」

「おう……」

 なんだか、急に緊張感が漂ってきたな。俺はごくり、と唾を呑み込んだ。

「全く覚えていない」

 ……。


 ――は?

「覚えていないって、どういうことだ?」

「覚えていない、というのは記憶にない、ということだ」

「そういうこと聞いてんじゃねぇッ! 何で記憶にないんだッ!?」

「記憶がないから記憶にないに決まっているだろうッ! 貴様は伝説級の馬鹿かッ!」

 あぁ、クソッ! やっぱコイツとは関わり合いになりたくねぇッ!

 記憶がないからって、まるで……。

 ――ん?

「あの、もしかして」俺より先に翼が尋ねた。「記憶がないって、まさか記憶喪失ってこと?」

「あぁ。どうやら貴様はこの金髪よりも察しがいいらしいな」

 イチイチ言い方が気に障るが、ようやく合点がいった。

 っていうか、コイツも記憶喪失かよッ! この短期間で記憶喪失の人間にそう何度も会うことってそんなにあるのか!? 記憶喪失の感染拡大警報でも出てんのかッ!?

「そっか。実は僕も記憶喪失だったんだよね。もう一年近くになるかな?」

「なるほど、そうだったのか。オレと同じ境遇とはな」

「なんか親しみが湧きそうだね!」

 どうやら和気藹々としたムードになっているようだ。俺はただ一人ポツンと残された感があるが、別に加わりたいとも思わない。

「で、その記憶喪失と人探ししているのと一体何の関係があるんだ?」

「うむ。オレが意識を取り戻したのはつい今朝方、近所の公園だ。当てもなく近くを彷徨っていたところ、この写真が目に入った。そしてそこでオレが思い出したことは二つ。この写真に写っているのがオレの親友だということ、そしてオレは伝説であるということだ」

「んで、どこにあったのかは知らんけど勝手に手配写真をパクってコピーして配っていた、と」

「うむ。親友を見つければ何か手掛かりが見つかると思ってな」

 色々ツッコミどころはあるが、話としてはようやく筋が通ってきた気がする。

「そういうことなんだ。でも、手配写真を勝手に剥がしたらダメだよ。こういうときはまずお巡りさんのところに行って……」

「ちょっと君たち」

 どこからか、大人びた女性の声が聞こえてきた。

「通報があったよ。コンビニのコピー機で大量に手配写真を印刷している子がいるって」

「ちょっと来てもらえるかしら?」

 振り向くと、そこにいたのは警察の服を着た男女。

 なんとなく見覚えがある。確か、俺と翼が河原で最初に変身したときにいた……。

「あははは、お巡りさんの所に行く手間が省けたね」


 ――言ってる場合か。


 結局俺たちは交番まで連れていかれ、

「で、学生証は持っていないの?」

「そんなものはない」

「他に身分を証明するものはないの?」

「フッ、何もない。伝説の軌跡でも残っていれば話は別だがな」

 目の前にいる警官たちはため息を吐いた。多分、面倒くさい奴だと思っているのだろうが、実際そうだから仕方あるまい。

「……君、名前は?」

「それぐらいは覚えている。伝説の白馬の“白”に、伝説の生き物の“龍”に、そして伝説の“説”だッ!」

「はいはい……」

 これは最早面倒くさいとかそういうレベルではないな、うん。警察は嫌いだが今だけは非常に同情する。何なんだ、この伝説厨に汚染された自己紹介は……。

「もういいか? オレは貴様ごときと話をするほど暇ではない」

「貴方、どうやら自分の立場がよく分かっていないようね……」

 ――はぁ。

 いい加減に疲れてきた。ていうか、この伝説男はともかく、何で俺らまで説教されなアカンの。

 幼女はといえば、部屋の隅っこのほうで男性の警官と積み木で遊んでいる。全く、いい気なもんだ。

「あの、すみません。正直良く分かっていないですけど、なんかすみません」

 翼はといえば、先ほどからひたすら警官に平謝りをしている。

「いい? 勝手にこういうことされちゃ困るの。どういうつもりだか知らないけど、こういうのは……」

 長々と説教が始まった。かれこれ三十分は経過しただろうか。完全に俺らは巻き添えを喰らったわけだが、なんだか反抗するのも馬鹿らしくなってきた。

 っていうか、お巡りさんよぉ。そこに広げている手配写真の目の前に本人がいるんだけどさぁ。まぁ見た目は完全に変わっちまっているから気付かなくて当たり前なんだけど。

「……すまない、以後気を付ける」

 流石に説の馬鹿も堪えたのだろうか、とうとう折れて素直に謝った。

「分かればいいのよ。今回だけは厳重注意で見逃してあげる」

「うむ。ただ、ひとつだけ頼みがある。もしこの写真の少年を見かけたらオレに教えて欲しい」

 女性警官ははぁ、とため息を吐いて、

「分かったわよ」

 半分あしらわれたような態度を取って、俺たちは交番から追い出された。


 ――やっと涼めたな。

 クーラーの効いた交番に入れたのは不幸中の幸いだった。まぁ、一番冷えたのは肝だけど、なんつって。一杯だけ麦茶も貰えたから結果オーライとしておくか。

「お兄ちゃんたち、終わった?」

「あ、あぁ……。待たせたな」

 再び外へ出る。案の定暑い。が、日が少し傾きかけてきたおかげか、少しばかりはマシになったような気がする。

「やなちゃん、お待たせ。それじゃあ、僕たちはそろそろ……」

「うむ、巻き込んでしまってすまなかったな」

「全くな……」

 やっとこの変態から解放される。俺はほっと胸を撫で下ろした。

「また会うことがあるかも知れないね」

 おいおい、恐ろしいこと言うなよ。

「もしそれまでに彼を見かけることがあれば教えて欲しい。オレもなんとか、自身の記憶を取り戻してみせる。今後の伝説の為にも、な……」

 説はぐっと胸を抑えている。コイツはコイツで色々と考えるところもあるのだろう。

「あ、あの……」翼は申し訳なさそうな顔つきになり、「実は、僕……」

「そんじゃ! 俺たちはこれで!」

「え、でも……」

「じゃあな!」

 そう言って俺は翼と幼女を連れてその場から立ち去った。

 これでいい。説の正体もよく分からない状況だし、これ以上関わることもあるまい。

「お兄ちゃん、お腹すいたぁ」

「そうだな。日も暮れてきたことだし、そろそろ帰るか……」

 俺たちは影子の家に向かって、再び歩き出した。

 どこか翼は物憂げな表情を浮かべている。らしくないが、俺は言葉を掛けることもできなかった。

 そんなこんなでしばらく歩いていると、

「すみませーん! こちらの方をお探ししています! 見かけた方がいらっしゃいましたら、教えてくださーい!」

 ――またか。

 何で今日はこうも人探しをする連中が湧いているんだ。こんな偶然重なるもんなのか。

 俺は無視して前を素通りしようとする、が……。

「あ、そこ行く御方。もしご存知でしたら情報をお願いします」

 ビラを渡してきたのは、紫色の髪の女。後ろで纏めており、いかにもインテリそうな赤渕の眼鏡を掛けている。服装はといえば、これまた目に優しい紫色のスーツだ。どっかの会社のOLか何かだろうか。

 俺は黙ってビラだけ受け取り、じっと眺めると、


『こちらの方をお探ししています。見かけたら闇乙女族アメジラまで』

 へいへい。闇乙女族ね。


 闇乙女族……。


 ……。


 え?

 ていうか、ここに描かれているのって……。


 銀色の髪に、青いツリ目のイケメン。ついさっきまで、思い切りそっくりな人間と会っていたところだ。

 間違いない。これは……。

「これって、説くんじゃ……」

 ――馬鹿ッ! 口に出すなッ!

「イニム様をご存知なのですか!?」

 女はぱぁっと顔を明るくする。

「……てめぇ、闇乙女族、なのか」

「はい」女は会釈をした後、「わたくしは闇乙女族幹部、アメジラと申します。以後お見知りおきを」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る