第54話 「黄金井爪は涼しい場所に行きたい②」

「あ、あぁ。それじゃ、俺たちは急いでいるから……」

「え? でも……」

「そんじゃ!」

 俺は翼と幼女の腕を引っ張って、急いでその場から立ち去った。

 数百メートル、いや一キロぐらいは一気に走り抜けた。間違いない。そして、メチャクチャ喉が渇いた。

「はぁ、はぁ……。クソッ、ここまでくればもう大丈夫だろ」

 もう俺のシャツは汗をかなり吸っている。流石にしんどい。目の前が朦朧としてきた。

「お、お兄ちゃん……、なんで、こんなに走るの……」

 幼女も辛そうになっている。すまないな。全てあの変態のせいだ。

「爪くん! 何も逃げることないじゃない!」

 翼はといえば、ここまで走ってもなおケロっとしていやがる。どうなってんだ、コイツの体力は……。

「どう、見ても、危ない、だろアレ……」

 俺は渇いた喉とあがった息を整えながら、翼のほうを睨みつける。

「けど……、あの人どうも僕のことを知っているみたいだったし、何か情報が得られるかも知れなかったよ」

 まぁ、それはそうなのだが。

 けど――、

「いや、あんなん明らかに怪しいだろ。いくら人探しだからって指名手配写真をチラつかせるか、普通? 大体、自分のことを『伝説』だとか言っているし、まともな奴ではないことだけは確かだろ」

 そう言うと、翼は黙り込んだ。

 俺だってアイツからきちんと情報をカスになるまで搾り取ってやりたいところだ。けど、流石に誰から聞き出すかを選ぶ権利ぐらいはあるだろ。あんな変態、数秒たりとも話すのも御免だ。

「お兄ちゃん、涼しいところに行こうよぉ」

 幼女が疲れたような声を出しながら地面に座り込む。

 確かに、全力で走ったからムチャクソ疲れた。喉も渇いているし、何よりも暑い。

 流石にここまで来ればアイツよりも大分離れただろうし、この辺で一旦落ち着ける場所でも探すとするか――。

「あそこなんかいいんじゃない?」

 翼が指差したのは、近くのコンビニだった。

 ありがてぇ。あそこならクーラーも効いているだろう。ついでに何か飲み物でも買っていくとするか。

 俺たちは意気揚々とコンビニへと駆け込んでいった。

「うおおおおおお、す、涼しい……」

 店内はやはりクーラーが効いている。冷気が俺の火照った身体をじんわりと冷ましてくれて、ようやくオアシスにたどり着いたような気分だ。

 さて、しばらくここで休憩でも……。

「おいおい、いつまでやってんだよ」

「チケットの発券したいんだけど!」

 ――ん?

 何やら印刷機のあたりが騒がしいな。


 っていうか……、

 コンビニの端から端まで、ズラっと列ができている。それも、カウンターではなく、隅っこにあるプリンターのあたりに。

「まだかよ」

「もう別のコンビニ行った方が早くない?」

 いや、なんでこんなに並んでんだよ……。雑誌コーナーの前とか人で埋め尽くされてんじゃねぇか。

 まぁいい。生憎と俺たちはプリンターとかATMとかには用はない。ただ涼みに来ただけだ。とはいえ流石に何も買わないのはどうかと思うので、適当にガムかジュースでも買って……、

「おい、店員!」

 当然店内に大声が響き渡った。

 ――この声、何か聞き覚えがある。

「あ、あの、お客様……」

「印刷用紙が足りなくなった! 追加を持ってこい!」

「あの、何をコピーしているのかは知りませんが、他のお客様が非常に待っておりますので……」

 いかにも気の弱そうな店員が、しどろもどろに対応している。

 どうにも俺は気になって、恐る恐る印刷機の方へと目を向けた。

 そこにいたのは――、

「何を言うか! これはオレが伝説になるための第一歩……、いや、違うな。オレは既に伝説だ。伝説になってからの新たな一ページだ!」


 ――やっぱり。

 俺は頭を抱えた。

 印刷機の横に、大量、いや、山積みになった紙を携えている男。

 先ほど出会った白龍 説とかいう、あの銀髪の変態が何故かいた。

「店長、どうしましょう……」

「ったく、代われ」店長がため息交じりにプリンターのほうへ向かった。「お客さん、いい加減早くどかないと警察呼ぶよ?」

「警察、だと? オレを伝説と知っての狼藉か!?」

「いや知らねぇよ! ある意味伝説だけどさ! 開店して以来、こんなにコピー用紙使う客は初めてだよ! コミケ前でもここまではそういないよ!」

「ふっ、ようやく理解できたようだな」

「全く理解不能だよッ!! 大体ねぇ、君がさっきから印刷しているのって、これ手配写真だよね!? 絶対どっかから勝手に取ってきたやつだよね!? 法律詳しくないけど明らかにアウトだよね!?」

 アイツ……。こんなところで翼の手配写真を印刷していやがったのか。

「アウト、か。だがしかし、オレは法律などという枠組みの中に入った覚えはない」

「入れよッ! ってか入ってんだよッ! 君が産まれたときからッ! いい加減にしないと怒るよッ! 君、名前は!?」

「知りたいか? ならば、しっかりと貴様の脳細胞に刻んでおくがよい! オレの名は伝説、またの名を白龍 説だ!」

「ブラックリストでよければ刻んでおくよ! いいからとっとと……」

 ――アカン。

 そろそろここから出ないと、またこの面倒くさい奴と関わることになりそうだ。

「よし、お前たち。そろそろ出るか」

「えぇぇぇぇぇぇぇッ!? まだお店に入ったばっかだよ」

「もうちょっといよおおおおよおおおおおおおお!」

 不満そうな顔でふたりが俺を見てくる。まぁ無理もないが。

 スマンな。折角見つけたオアシスだというのに。だが、ここまで居たたまれない気分になった以上、早いところ別の場所に移動したほうが良さそうだ。

 少なくとも、アレがいる以上は……。

「ん? おい、君たち!」

 ――ゲッ。

 どうやら説とかいう奴が俺らの存在に気が付いたみたいだ。

 イカン、さっさとずらからないと……。

「どうしたんだ?」

「いや、店の入り口にいる客だが……」

「ん? もしかして君たち、このお客さんの知り合いかい? だったら悪いけど彼をなんとかして……」

 店長が俺らに向けて声を掛けてきた。

「い、いえ……。全然知らない人です……」

「あれ? この人、さっき会ったお兄ちゃんだよね?」

 よおおおおおじょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!

 子どもの純粋さが、今はとてつもなくしんどい。なんで正直に答えるんだよ!? 怒るに怒れないのが本当に辛い。 

「あぁ、やっぱり知り合いなの?」

「うむ。先ほど会った……」

「て、てめぇえええええええええええええええええええええええええええッ!」

 もう俺の我慢は限界だった。

 説とかいう奴の首根っこを掴み、素早く俺はコンビニの外へと連れ出した。

 暑い……。が、これ以上店の中にいるよりはずっとマシだ。

「な、何をするんだ君は」

「こっちの台詞だッ! なんでてめぇがここにいるんだ!?」

 これ以上関わりたくないが、仕方あるまい。こうなったらきっちりと訳を聞かせてもらおう。

「君たちを追いかけてきたら、いつの間にか追い抜かしていた。そうしたら、ちょうどいいところにコンビニがあったからな。補充させてもらっていたわけだ」

 いや、補充って……。

 山積みになったコピー用紙の束を見る。最早数えるのも億劫なほどの量になっているぞ。俺らが逃げてきてからそんなに時間も経っていないだろうに、どうやったらこんなに印刷できるんだ。

 そもそも、俺らだってかなり全速力でコイツから逃げてきたはずだ。幼女のスピードもあったが、ほぼ俺が抱きかかえていたし、それでもかなり全力疾走してきたぞ。どんだけコイツのスピードは早いんだ!?

 そんな人間離れしたスピードで走れるなんて、まるで……。

「ん?」

 翼がきょとんとした様子で俺の方を見てくる。

 まさか、まさかな……。

「まぁいい。人探しぐらい勝手にすりゃあいい。けどなぁ……」

「あの……」翼が間から割り込んできた。「説、くん、だっけ? どうしてこの人のことを探しているの?」

 ――おい、ちょ! 待て!

 と俺が言いかけたのも束の間。真剣な眼差しで翼は説に質問を投げかけていた。

「探している理由、か……」説はふぅ、とため息を吐いて、「かけがえのない、友人だからだ」


 ――な?

 えっと、つまり……。

 まぁ探しているぐらいだから、知っているってことなんだろうけど。


「友人、なの?」

「あぁ。友人……、いや、違うな。そんな安直なものではない」説は髪をかき上げながら、俺たちを睨みつけた。「桃瀬翼は、オレの大事な“親友”だ」

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