第45話 「緑山葉は心配事が尽きない④」

「おとめりっさ、まけちゃうの……」

「そんなぁ……」

 女の子たちが段々涙目になっていく。

 ――ダメだ!

 元は男の人たちだったとはいえ、あそこにいるのは今は小さな女の子だ。応援してくれる彼女たちの前で情けない姿を見せるわけにはいかない。

 僕は気持ちを落ち着けて、目を閉じる。

 考えろ。考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ――。

 地面に着地したら砂に足を取られる。だからといって、このまま天井にぶら下がっているだけでは攻撃できない。

 となると、地面に着かなければ……。

「ごめんねぇ。そろそろタイムオーバーなんだよねぇ。ってことでぇ、オトメリッサちゃんはぁ、とっとと死んでぇ!」

 アントライオンアクジョは一気に大量の針を目の前に出してくる。それも、さっきとは比べ物にならないほどの量だ。あんなのに当たったらひとたまりもない。

 ――こうなったら、一か八かだ!

「漢気、大解放ッ!」

 緑色のGODMSが集まっていき、僕の目の前に無数の葉っぱが集まり、盾を形成していく。

 バババババッ! と飛んできた針が盾に防がれていく。とりあえずはなんとか大丈夫ではあるけど、

「うぅん、やるねぇ。でも、まだまだだよぉ!」

 再びアントライオンアクジョの前に大量の針が出され、そして一気に発射される。

 ――未だッ!

「漢気、大解放ッ!」

 僕が叫ぶと、再びGODMSの粒が集まっていく。

「あはははは、またその手!? 守っているだけじゃダメ……」

 煽ってくるアントライオンアクジョの声が一瞬にして止まる。

 それもそのはず、僕は地面に葉っぱの盾を足場代わりにして降り立っていた。当然、砂になった地面には足を取られることもない。

「あ、あれれ……。えいっ!」

 アントライオンアクジョが指をパチン、と鳴らした。少しだけ地面が砂に埋もれるが、すかさず

「漢気、大解放ッ!」

 もう一度前方に葉っぱを敷き詰める。

「えいッ!」

「漢気大解放ッ!」

「こしゃくだねぇ。えいッ!」

「漢気大解放ッ!」

「なななななななななななな、なかなかやるねぇ。えいッ! えいッ! えいッ!」

「漢気大解放ッ! 漢気大解放ッ! 漢気大解放ッ!」

 アントライオンアクジョが地面を砂粒状に変えたり、針を飛ばしてきたりするたびに、床、前方、と交互に葉っぱを変形させていく。そして順番に葉っぱの上に飛び移っていく。

 相手の攻撃は素早い。だけど、僕もスピードなら負けていない。

「あ、あはははは……」

 相手からは最早乾いた笑いしか出てきていない。ここまできたら、一気に決めるしかないッ!

「漢気、解放ッ!」

 僕はもう一度、気持ちを集中させて斧を創り出した。

「あ、斧きちゃうのかなぁ? でも、さっきそれ使ってダメだったよねぇ」

 アントライオンアクジョが前方に砂の壁を創り出す。

 さっきはそれに斧を防がれたけど……。今度は違う。僕はすぅ、っと息を吸い込み、斧をぐっと握りしめた。

「オトメリッサ・漢斧一断かんぷいちだんッ!」

 僕は思いっきり、砂の壁に向けて斧を振りかざした。投げ斧では防がれたけど、直接叩き込めば、なんとかいける!

「はあああああああああああああああああッ!」

 力を込めて、思いっきり僕は斧を振るった。壁は思ったよりも堅い。だけど、ここはありったけの漢気を振り絞って壊すしかない。

 踏ん張った脚のせいで、葉っぱがどんどん砂の中に沈んでいく。けど、それを承知で僕は更に脚に力を込めた。

「む、無駄、だよ……」

「知るかそんなことッ!」

 ピキ、と壁にひびが入る。

 もう少しだ、と僕は言い聞かせる。足も思いっきり踏み込ませていく。全身の、漢気という漢気を打ち出してやるつもりで、僕は斧を思いっきり振るった。

 そして――、

 遂にガラガラガラ、と砂の壁は音を立てて崩れ去っていった。

「なっ……」

 アントライオンアクジョが呆気に取られている、その一瞬をついて――、

「てやあああああああああああああああああああああッ!」

 僕は再び大斧を振るい、アントライオンアクジョの胴体に叩き込んだ。

「ぐ、あああああああああああああッ!」

 アントライオンアクジョはよろめいて背後にのけ反り、二、三歩動いて……、

 その場に倒れ込んだ。

「や、や、や、や……」僕は安堵のため息を吐き、尻餅をついてしまう。「やった、ぞ……」

 その瞬間――、

 キラキラとした光の粒が女の子たちの元へ集っていく。不思議そうに眺める彼女たちをしばらく眺めていると、

「あれ?」

「俺たち、どうしたんだ……」

 一人、また一人と男性へと元に戻っていく。

 しばらくすると、そこにいた人たちは全員男性へと戻っていった。

「っと、こうしている場合じゃない」僕は立ち上がり、彼らの方を向いた。「みんな、こっちへ来て!」

 僕が促したのは、先ほど落ちてきた穴の真下。廊下は暗いけど、なんとか見えないほどじゃない。男の人たちも全員こちらのほうに走ってきたのを確認すると、僕はそちらのほうを指さした。

「おいおい、まさかあそこまで上がれっていうんじゃ……」

「大丈夫、任せて!」

 僕はゆっくりと深呼吸をした。大丈夫、まだ多少のGODMSは残っている。

「漢気、奮発ッ! 南瓜パンプキン!」

 先ほどのルージュを唇に塗る。そして、僕の周囲に緑色のGODMSの粒が集まっていくと、しゅるしゅると音を立てながら天井へと蔓が伸びていった。

「これに掴まって!」

「お、おう……」

 男の人たちは一人ずつ、蔓に掴まっていく。エレベーターのように上方へと引っ張っていくと、また次の男性のほうに下がっていく。

 それを繰り返して、ようやく全員脱出が出来た。僕も蔓を伸ばして、公園のほうへと戻っていく。

「な、なんとかなった……」

 公園の夕焼けが僕の目に届いた。先ほどの男性たちはもういない。

 ――た、助かった。

 思わず僕は地面に座り込む。それと同時に、僕の身体は淡く光っていき、そして元の姿へと戻っていった。

「流石に、一人じゃ、たいへん、だっ、た……」

 僕が朦朧とする意識をなんとか落ち着けようとした、

 その瞬間――、

「に、にがさないよぉ……」

 先ほどの穴から、何者かの手が出てきた。

 ――まだ倒れていなかったのか!

 ゆっくりと這い上がってきたのは、間違いなくアントライオンアクジョだった。 

 僕は再び身構える。だけど、流石にオトメリッサに変身するだけの気力はない。立ち上がるだけでも精一杯だ。足も完全にフラついている。

「お、お友達、みいっけ……」

 相手もほとんど気力がないようだ。だけど、今の僕が戦っても勝てるだろうか。ここはなんとか退いて誰か応援を呼んできた方が得策だろう。

 と、僕が思案を巡らせていた途端――、


 シュバッ!

 と、空気を切り裂く音が耳に届く。

「なっ……」

 緑色の、太くて長い茎。節々には巨大な棘のようなものが付いている。それがいつの間にかアントライオンアクジョの腹部を貫いていた。

「あ、あっれぇ? なんで、かなぁ? これって、もし、かして、ぱーる、ら、さま……」

 アントライオンアクジョはそのまま倒れ込んだ。何も言葉は発していない。全身を項垂れるように力が抜けていくと、そのまま身体がボロボロと崩れ去ってしまった。

 ――なんだ、これ。

「役立たずは処分、ですの」

 茎の先を目で辿っていく。

 そこにいたのは、見覚えのある人物だった。

「き、君は……」

 ついさっき、僕の隣に座ってきた白いワンピースの少女。右手が緑色の蔓のようになっているが、しゅるしゅると音を立てて戻っていくと、やがて普通の右手になる。そして、こちらをにっこりと微笑む彼女の姿に、僕は背中を震わせた。

「どうも、ですの。先ほどの戦い、しかと拝見させてもらったですの」

 ――僕がオトメリッサだってバレてる?

「君、闇乙女族、だったの……?」

「はい、ですの。私はローズアクジョと申しますの」少女はぺこり、と頭を下げ、「そして、またの名を……、闇乙女族幹部の一人、パールラですの」

 ――ギクッ!

 僕は更に身体を震わせてしまう。

「か、幹部……」

「そうですの。トパーラお姉様と同じく、幹部ですの」

 僕は言葉に詰まった。さっきはつい見とれてしまうほど可愛らしいと思っていたけど、今は畏怖しか感じない。

「君が、幹部だなんて、そんな……。なんで、こんなことを……」

「漢気と時間を集めるのが私の使命ですの。そういうわけで、折角だからあなたのも貰っておくとしますですの」

 そう言って右手をこちらに翳すと、一瞬にしてまたもや緑色の茎へと変貌する。

 そして、一気にこちらに向かって伸びてくる。

 ――マズい!

 僕は避けようと思ったが、あまりにも動きが素早すぎてそんな暇はなかった。僕は思わず目を閉じてしまう。

 シュバッ――!

 何かに当たる音が聞こえた。

 だけど、僕には痛みはない。僕のすぐ近くで音が鳴ったのは確実なのだけど……。

「えっ……?」

 僕はゆっくりと目を見開いた。誰かが、僕の目の前で仁王立ちしている。そして、その腹部に、茎が刺さっている。

 黒いスーツの、男性。僕もよく知っている人だった。

「だ、大丈夫、ですか……、坊ちゃん……」

 弱々しい声で僕を呼び掛けてきた。

「や、や、やややや、柳田……」

 その光景を見て、僕は愕然とした。柳田が僕を庇うかのように前に出ていた。そして、生身でパールラの攻撃を受け止めている。腹部から、少量の血を垂れ流して。

 もう僕は声も出なかった。身体の力が一気に抜け、ゆっくりと柳田のほうに近付いていく。

「坊ちゃんには、手出し、させま、せ……」

 そう言いかけた柳田の身体は、次第に小さくなっていく。

 黒いスーツはそのままダボダボとサイズが合わなくなっていき、髪だけがどんどん伸びる。

 膝を着いて座り込んだ柳田の姿は、もう大人の男性ではなくなっていた。

「あ、あれ? 私、一体……」

 そこにいたのは、小さな女の子の姿。先ほどまでの柳田とは、到底思えない。

「あーあ、興ざめですの。まぁいいですの。今日はこれぐらいにしておきますですの」

 すっかり興味を失くしたかのような顔つきで、パールラはその場からすっと立ち去っていった。

 追いかけていきたかったけど、もう僕はそんな気持ちも失せていた。

「やなぎ、だ……」

「お、おにいちゃん? だれ……?」

 どうやら僕のことも覚えていないらしい。きょとん、と訳が分からなさそうな顔で、僕を見つめてくる。

 僕はといえば、ただひたすら、目の前の辛い現状を呆然と眺めるしかなかった。

「あ、あ、ああああああああああああああああああああああああッ!」

 声にならないほどの叫び声が、公園内に響き渡った。 

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