第44話 「緑山葉は心配事が尽きない③」

 すとん、と地面の底へ着地する。

 周囲は暗い。ほとんど何も見えない。ただ、通路の先がどこかに続いていることは分かる。

「一体、あの闇乙女族は何がしたいんだ……」

 僕はゆっくりと足を進めていく。ようやく、うっすらと明るい場所が見えてくる。しっかり用心しながら更に向かっていくと、そこには……、

「な、何だこれ?」

 大広間のような場所に出る。中央にはテレビ局のセットみたいなステージがそこに備え付けられていた。更には、何故だかステージの背景は空のような水色で、太陽とか花とかの形をした飾りつけがされている。

 これは、もしや……。

「あれれぇ? 君はお友達、じゃないねぇ。ここは関係者以外立ち入り禁止だよぉ」

 どこからともなく、先ほどの闇乙女族の声が聞こえてきた。

「闇乙女族ッ!」

「うんうん。お姉さん知っているよぉ。君がかの有名な、魔法少女オトメリッサでしょぉ?」

 どうやらこちらの情報は筒抜けのようだ。まぁ、僕としても誤魔化す気は更々ないんだけどさ。

「さっきの人たちをどこへやった!?」

 僕は思いっきり睨みつけながら尋ねた。

「あー、そっかぁ。みんなを助けに来たんだねぇ」アントライオンアクジョはにやり、と不敵な笑みを浮かべて、「それじゃあ、みんなぁ! あーつまってぇ!」

 アントライオンアクジョが大声で呼びかけると、どこからともなくぞろぞろと人影が集まってくる。

 ただ、人影、というには小さい。まるで、それらは僕よりもずっと年下の、人間の子どものような……。

 ――子ども?

「はぁい!」

「お姉ちゃん、だぁれぇ?」

 大広間にやってきたのは、小さな子どもたちばかりだった。それも、女の子ばかり……、見たところ、ほとんど五歳か、もっと下ぐらいか?

 先ほど穴に落ちた人はどうなったのだろうか? と、僕はふと気になってしまった。けど、この現状から推理すると、答えは一つしか思い浮かばない。

 ――まさか、この子たち。

「ん~、みんなぁ、元気かなぁ?」

「はーいッ!」

「げんきいいいいいいいいいいいッ!」

 女の子たちは意気揚々と手を挙げていく。

「うんうん、さすが、さっきまで大人のお兄さんたちだったことはあるねぇ!」

 ――やっぱり!

 僕の悪い予感は当たってしまった。

「なんてことを……」

「ん? あぁ、だってこの空間に入ったお兄さんたちはぁ、みーんな、漢気と“時間”を奪われちゃうんだよねぇ! それで、これからずううううううううううううっと、ちっちゃな女の子のままで暮らしていくってこと」

 ――悪趣味な!

 僕は喉の奥からそう言いかけた。が、なんとか言葉を発することなく嗚咽だけで終わった。

「お姉ちゃんたち、何のお話しているの?」

「ん? 何でもないよぉ。それよりもみんなぁ、ステージに上がってぇ!」

 女の子たちはあれよあれよという間にステージに上がっていく。戸惑っている気配は微塵もない。というよりも、彼女たちは既に自分が大人の男性だったことすら忘れているのかも知れない。

 いや、忘れている――。

 というよりも、「奪われている」のだ。何せ、漢気と一緒に”時間”も奪われているのだから。これまでに過ごしてきた自身の人生を、なかったことにされてしまったようなものだ。

 そして――、

「はぁい、みんなステージに上がったかなぁ? うんうん、お利口さんだねぇ。それじゃあこれから、蟻地獄ダンスを始めるよぉ。ダンスが終わったら、みぃんな、闇乙女族の仲間入りだからねぇ。立派なウスバカゲロウになれるように、みんな頑張ってねぇ!」

 その記憶を上書きするかのように、彼女は仲間を増やそうとしている。どこまでも貪欲に、そして悪辣な方法で。

 僕はぐっと拳を握りしめた。

「漢気、解放……」

 僕の周囲に緑色の光の粒が集まっていく。それらは僕の右手に集中して、やがて斧の形に形成されていく。光が収まると、僕の右手に斧が握られていた。

「ちょっとダメだよぉ! そんな物騒なものを持ってくるなんて!」

「うるさい! 覚悟しろ!」

 ニヤニヤと笑顔でこちらを見てくるアントライオンアクジョ。だけど、その裏からは計り知れない自信と強さを感じる。

 ここは僕一人で何とかするしかない。ただでさえ二人が欠番状態だし、マリンとインセクトを呼ぼうにもこの穴から脱出しないとどのみち無理な話だ。

「ふええ、何だか怖いよ……」

「ママぁ……」

 女の子たちが泣きじゃくり始める。何だか、凄く罪悪感を抱いてしまうけど…・・。

「みんな、ごめんね。えっと、このアリジゴクのお姉さんは実は悪者なんだ!」

「わる、もの?」

「あれあれぇ? 悪者はあなたじゃないのぉ?」

「騙されちゃダメ! この悪いお姉さんは、今から私、魔法少女オトメリッサが懲らしめてやるんだから! みんな、応援よろしくねぇ! 絶対にそこから動かないでね!」

 僕は女の子たちに向かって、全力で手を振った。

「まほうしょうじょ?」

「おとめりっさ?」

「なんか面白そう! がんばえー、オトメリッサァ!」

 女の子たちが一斉にこちらを見ながら歓声を挙げ始める。よし、流れを変えていけそうだぞ!

「うーん、なかなかやるねぇ。これじゃあお姉さんの方が悪い人みたいだよぉ」

「植物たちは教えてくれました。『独りよがりの正義を押し通そうとする者こそ、本当の悪だ』って。どれだけにこやかな笑顔で女の子たちを操ろうとも、そうは行きませんよ!」

「手厳しいねぇ。でもぉ、君もそろそろ自分の身の程を弁えた方がいいよぉ」

 そう言って、アントライオンアクジョは指をパチン、と鳴らす。

「なっ……」

 ざっ、と一気に足元が沈む。さっきまで固い地面だったはずが、砂粒状に変貌して僕の足首まで飲み込んでいた。

「あはははは、こんなの序の口だよぉ」

「ぐっ、こんなの……」

 僕はもがこうとするけど、どんどん足が地面に沈んでいく。膝まで到達するのももうすぐだ。

「あ、勿論それは下手に動いたら沈み切っちゃうからねぇ。いつか地球の中心部にまで到達するかも知れないよぉ」

 ――いけない。

 これ以上あがいたら逆効果だ。僕は足を止めて、懐からリップを一つ取り出した。

「あれぇ? お化粧タイムかなぁ? もしかして、死化粧とかぁ?」

 アントライオンアクジョは挑発してきたけど、ここはそんなのに構っている場合じゃない。開発したばかりだからきちんと試してはいないけど、ここは一か八か……、

「漢気、奮発ッ! 南瓜!」

 僕が大声で叫ぶと、緑色のGODMSの粒が僕の右手に集まっていく。それは手先から伸びていき、一本の大きな蔓となっていく。そして、それは天井の梁に到達し、グルグルと巻きついていく。

 ――いっけぇッ!

 どこかの冒険家が使う鞭のように今度は蔓が収縮していくと同時に、身体が天井の方へと上げられていった。僕はそのまま、蔓に捕まって天井から見下ろす。

「こしゃくだねぇ! そんな小手先の技は通用しないよぉ!」

 アントライオンアクジョが手を振り翳すと、砂と化した地面が盛り上がり無数の針へと変形していく。それらは一斉に僕の方へと放たれていく。

「漢気奮発ッ! 蒲公英!」

 天井で咄嗟に別のルージュを塗ると、またもやGODMSの粒が集まっていく。そして、今度はタンポポのような綿毛へと変貌して、ゆらゆらと地面に落ちていき――、

 ドカンッ!

 と、爆発して一斉に針たちを壊していく。

「うーん、なかなかやるねぇ」

 なかなか相手の表情が崩れる気配がない。当然だけどね。僕はまだ、防戦一方で反撃なんてこれっぽちもしていないんだから。

 これじゃあ埒が明かない。このまま天井にぶら下がっているわけにもいかないし、地面に降りたら再び流砂に足を取られるだけだ。相手は思ったよりも多彩な攻撃を仕掛けてくる。

 ――ここは一気に片を付ける!

 僕はゆっくり深呼吸して、相手を見据えた。

「オトメリッサ・プラントトマホークッ!」

 僕はアントライオンアクジョ目掛けて斧を投げつけた。同時に、斧に葉っぱが纏わりついていく。

 このまま何とか押し切らないと……。

「無駄だよぉ」

 不敵な笑みを浮かべるアントライオンアクジョ。目の前に右手を翳すと、そこに一気に大きな砂の壁が現れ――、

 ザクッ、とそこに斧が刺さった。勿論、背後にいるアントライオンアクジョには当たっていない。

「なっ……」

 いつもなら葉っぱが斧と同時に切り裂いていくはずなのだが、固い壁が相手では焼け石に水と言わんばかりに効いていない。

「うーん、惜しかったねぇ。あなたぁ、そこそこ強いみたいだけどぉ、おねえさんには勝てないよぉ!」

 そう挑発すると同時に――、

 僕が投げた斧は、ストン、と地面に落ちていった。

「そんな、馬鹿な……」

 僕の力が、通じない……?

 まさか、そんな……。

 ただただ愕然としながら、僕はアントライオンアクジョを見下ろすしかなかった。

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