第43話 「緑山葉は心配事が尽きない②」

 柳田を待つ間、僕はひとまず公園の中心部で休憩することにした。

 汗がじわじわと滲んでくる。僕はなけなしのお小遣いで、自動販売機でペットボトル麦茶を買ってからベンチに腰掛ける。

 公園内をざっと見渡す。スケボーやバスケをやっている大学生ぐらいのお兄さんたちや、杖をついているおじいさん、井戸端会議をしている主婦や小さな子どもたちといった感じでまばらに人の姿が見える。

 麦茶のキャップを開けて、一口飲む。少しだけ汗ばむ陽気だからか、喉が物凄く潤った気がする。まぁ、色々考えることがありすぎて喉が渇きすぎたっていうのもあるんだけど。

 ――っていうか、本当にどうしよう?

 まずは桃瀬さんと爪さんを仲直りさせないと。そのためには……、ええっと、何をすればいいんだろう? 桃瀬さんの無実を証明する、とか? 爪さんを説得、しても聞かないだろうな……。

 それに根元さんのこと……。いっそ付き合ってしまう、か? でも、なんだか中途半端な気持ちで付き合うことになってしまいそうだし。第一、彼女が好きなのは極道なのであって僕なのではないような気がする。やっぱりまずはお友達から? だけど、彼女がそれで納得してくれるとは思わないし……。


 ――ええい!

 一回頭をリセットしよう。考えることばっかり溜め込んでも仕方がない。

 そう自分に言い聞かせて、僕は頬をパチン、と叩いた。

「そろそろ車に戻るか」

 僕はペットボトルのキャップを閉めて、ベンチから立ち上がろうとした。

 その時――、

「失礼しますです」

 僕の目の前に、ふんわりとした少女の姿が現れた。

 白いワンピース姿に、銀色の長い髪。つばが大きな白い帽子がこれまた似合う。瞳の青さを見つめると、どこか吸い込まれてしまいそうな気がする。

「あ、ごめん。座る?」

「はいです。でも、よろしければちょっとだけあなたとお話がしたいです」

「えっ……?」

 可愛らしく微笑む少女。僕は思わず顔を赤く染めてしまいそうになる。

 僕はもう一度座り、しばらく下を向いていた。根元さんのときとはまた違った緊張感が漂う。

 ――こんな子が、何で僕と話を?

 もう一度彼女の顔をちらりと見る。透き通るような白い肌に、長い睫毛。歳は見たところ僕と同じぐらいかな。クラスにこんな子がいたらマドンナ的な存在になること間違いなしだ。

「どうしましたですの?」

 彼女に気付かれてしまったみたいだ。目を逸らして、僕はまた麦茶を飲む。

「え、えっと……。いい天気だね」

「はいです」

「お散歩?」

「まぁ、そんなところです」

「僕とお話したいって、一体……」

「なんとなく、ですの。ちょっとした暇つぶしですの」

「あぁ、そうなんだ……」

 ――どうしよう。

 会話に困る。っていうか、何でわざわざこの子は僕の隣に座ってきたのだろう?

 僕はせわしなく周囲を見渡す。ふと、少し離れたところに花壇があることに気が付いた。

「わぁ、お花だ」

 僕は気になってそちらのほうへ足を向けた。

 初夏らしく薔薇がたくさん植わっている。その中でも、白いモッコウバラが一際目立って咲き誇っているのが見えた。近付くとより甘い良い香りが漂ってくる。

「お花、好きなんですの?」

 ワンピースの少女も、こちらにやってきた。

「あ、うん。学校でも園芸部に所属しているぐらいだし」

「そうなんですの」少女はふふっ、と微笑んで、「私も好きなんですの。お花とか、植物とか」

 ――へぇ。

 僕は思わず感心してしまう。なるほど、見た目どおりに清楚な趣味を持っているみたいだ。

「モッコウバラかぁ。良いよね」

「花言葉は『純潔』『素朴』『初恋』……、そして、『あなたに相応しい人』ですの」

 ――ドキッ。

 と、僕の胸が思わず高鳴った。

 何だろう、本当に不思議な感じがする。こんな感情は初めてかも知れない。この子と話していると、どこか気持ちが吸い込まれてしまいそうになる。

「う、うん。知っている。棘も少ない薔薇だし、本当に優しい花言葉だよね」

 僕がそう言うと、彼女はそっと立ち上がり、

「ええ。確かに棘は少ないですの。でも……」座り込んでいる僕を見下ろしながら、「ごく稀に、棘が生えることがある、ということも忘れてはならないように、ですの」

 彼女はまたもや僕に向かって微笑んだ。だけど、今度はどこか……、暗い、妖しい感じがする。

 ――えっと。

「あの、それってどういう意味……」

 もう一度薔薇を見てから、彼女のほうを見る。


 だけど――、

「あれ?」

 そこにはもう、少女の姿は無くなっていた。

 ――何だったんだ?

 本当に不思議な女の子だな、と思った。

 僕は困惑しながら、頬を少し掻く。正直、もっとお話したかったなという気持ちもあったけど仕方がない、か。

 気を取り直して、僕は先ほどのベンチに戻ろうとした。


 その時――、

「うわああああああああああああああッ!」

 公園の向こう側から、誰かの叫び声が聴こえてきた。

「な、何……?」

 僕は急いで悲鳴が聞こえた方向へと向かっていった。

 駆けつけた先で見たものは、舗装されているにも関わらず地面にぽっかりと開いた無数の穴。どっかのネズミが好んで食べるチーズみたいになっている。

 ――まさか、これって。

「はぁい、良い子のみんな! 元気かなぁ!?」

 どこからともなく聞こえる、明るい女性の声。僕はどこだ!? と辺りを見渡す。

 と、思いきや――、

 サァッ、と地面の一部が砂状に変形する。そして、その中から出てきたのは、一人の女性。茶色いけど、やたらフリフリの衣装に、結った髪。それに、頭の上には二本の触覚が出ている。

「アントライオンアクジョおねえさんとあそぼう、のお時間だよぉ! あ、タイトルがやたら長いのはご愛敬ねぇ!」

 案の定、闇乙女族の姿がそこにはあった。

 どこかの子ども番組のお姉さんみたいな口調で、明るい笑顔で手を振ってくる。

「何だ、何だ!?」

「とにかく逃げるぞ……」

 人々が公園から逃げようとしていく。

 だが――、

「それじゃあ、みんなぁ! まずは、軽ぅく、ウォーミングアップクイズぅ! はい、そこのお友達!」

 穴に潜ったかと思うと、彼女はすぐさまサラリーマン風の男性の前にある穴から出てきた。

「ひ、ひぃぃぃ……」

「第一問! パンはパンでも、食べられないパンって、なぁんだ!?」

「ふ、ふらいぱん……」

「ブッブー! 答えが模範的すぎてつまんなぁい!」

 不機嫌そうにそう言って――、

「う、うわあああああああああああああッ!」

 男性は突如、自分の真下に開いた穴に突き落される。

「じゃあ、次は誰にしようかな……」そう言って、またもや穴に潜り、「はぁい、第二問いっくよー!」

 すぐさま、アントライオンアクジョは別の穴から出てきて、今度は大学生くらいの男性の前に出てきた。

「や、やめ……」

「第二問! 上は大水、下は大火事、なぁんだ!?」

「え? えっと……、火あぶりの刑に処されている、苗字が『大水』の人……」

「うーん、ちょっと面白い! 一応正解にしとこう!」

 そう言われて、男性はほっとする。

 だが、それも束の間――、

「うわああああああああああああああああッ!」

「正解したお友達も、一緒に次の部屋に向かおうねぇ!」

 またもや真下に開いた穴に突き落された。って、正解しても落とすの!? 理不尽すぎない!?

「ん~、もっともっと、いーっぱい、お友達と遊びたいけどぉ……。そろそろ、次のコーナーにいかないとなぁ。それじゃあ、またねぇ!」

 そして、アントライオンアクジョもまた、穴へと潜り込んでしまった。


 ――助けなきゃ。

 僕は拳をぐっと握り、手に持ったブレスレットを翳した。

「オトメリッサチャージ・レディーゴー!」

 ブレスレットから淡い光が放たれて、何か暖かい感触が僕の肌を覆う。

 緑色に変化したその光は、僕の身体を包み込んだ。一瞬、胸に痛みが奔るが、それが治まったかと思ったら胸が異様に膨らんでいる。お尻も大きくなって、髪も伸びていく。脚も少し伸びた気がするが、それはやがて後ろに纏められていく。Tシャツと短パンだった僕の服が、緑色のチューブトップのドレスのような物に変化し、肩には同じく緑色のストールが纏わっている。

 そして、やがてその光が消えたかと思うと――。

「癒しの草花、オトメリッサ・リーフ!」

 僕は、魔法少女オトメリッサに変身した。

 そして――、

「待ってて、みんなッ!」

 地面の穴の中へ、意を決して飛び込んでいくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る