第41話 「黒塚兜は生徒のために言いたいことも言えない⑤」

「さぁ、早くチョコを渡せ!」

 黄金井たちが迫って来て、俺は後ずさりをする。

 また蜘蛛の糸で絡めて逃げるか? しかし、流石に二度も同じ手に引っかかるわけはないだろう。いや、コイツらのことだから引っかかりそうな気がしないでもない。

 ――いやいや、イカン!

 生徒を蜘蛛の糸でがんじがらめにするなど、教師としてあってはならない! いや、さっきやってしまったがな。あれは仕方がなかったのだ。二度目はない。うん、そうだ!

「お姉様……」

 いつの間にかその場に三途までいる。追い付いたのか、コイツも。

「み、三途……さん」

「それと……、あなたたちは誰ですか?」

「……通りすがりのチョコ奪還屋です」

 あぁ、桃瀬たちが変身するところは見ていないのか。しかし、桃瀬も誤魔化しが下手だな。

「まぁいいです。それよりもお姉様、まさかあなたがチョコ目当てで私に近付いたなんて……幻滅しました」

 ――そんなわけあるか!

 と言い返したかったが、潤んだ目で見られているせいで言い返しづらい。三途のことを騙しているみたいで、俺としても心苦しい。勿論、生徒の気持ちは大事にしたい。だが、何よりも今は生徒の身の安全が第一優先だ。

「とにかく、チョコを返せ!」

「先生、返して!」

「ぐ、クソ……」


 もう少し――、


 もう少しだけ――。


 時間を――。


 その時だった。

「キシキシキシ……。なぁにやってんだい?」

 突然、誰かが俺たちの前に現れた。

 見覚えのある青いパーカー。ギザギザの歯。それに、独特の笑い方。

「さ、サファイラ……?」

 闇乙女族の気配はなかったはずだが、本当に何の脈略もなくサファイラが現れた。

「次の作戦でも考えようと来てみたら、随分面白そうな光景が見られたなぁ。なんだい、仲間割れか?」

 そういってニヤニヤと笑うサファイラ。

 厄介な奴が現れたものだな。今はコイツと戦っている暇はない。

 どこかに行ってほしいところだが……、と思ったが、ここはもしかすると都合がいい場面かもしれないぞ。

 ――うむ。

 コイツなら、心が痛まん。こうなったら少々作戦を変更するか。

「サファイラ様……」

「あん? なんだ、てめぇ」

 ――我慢だ。

 俺はごくり、と唾を飲み込んだ。

「あなた様に、これを献上します」

 そういって、俺はかっぱらったチョコレートを差し出した。


「は?」

「え?」

「なに?」

「お姉様?」

 サファイラ含め、一同はポカンと口をあんぐり開けてしまった。そりゃそうだろう。

「おい、一体どういう風の吹き回しだい?」

「シッ!」俺はこっそりサファイラの耳元で囁いた。「これを持ってとっとと去れ。今はお前に構っている暇はないんだ」

「はぁ? なんであたいがアンタの言うことを聞かなきゃ……」

「いいから!」

「んなモン誰が……」と、サファイラが俺の出したチョコをじっと見据えた。「いや、これは……」

 おっ、どうやら飛びついたみたいだな。

「サファイラ様、何卒!」

「キシキシキシ。なんだ、ちょうど人間の“執着心”の心が欲しかったところだ。何だかよくわかんねぇけど、コイツからはなかなかの執着心を感じるな」

 サファイラはそっと俺からチョコレートを受け取った。


 ――よしっ!

 受け取ったチョコの包み紙をひとつ開けたサファイラは、特に何も疑問を抱く様子もなく口に頬張った。

「そ、それはお姉様の……」

「ん~、なかなか旨いじゃねえか。人間界のチョコレートって食べ物だっけ? 思っていたのと全然違う味だけど、割とイケんじゃん」

 口をもごもごとさせながらチョコレートを咀嚼するサファイラ。なんだかご満悦のようだ。オーパーツ味は大丈夫だったのだろうか、もしくは闇乙女族の味覚は俺たちとは違うのだろうか。何にせよ、チョコレートを押し付けるのが一番だ。

「お、お、お、お。お、お、お、お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお前……」

「私の、チョコ……、食べられ、て……」

「キシキシキシ。いい土産が出来たぜ。ま、今回はこれで帰ってやるよ。それじゃあな!」

 そう言ってサファイラは走り去っていった。

「待ちやがれッ!」

 黄金井がすぐさま追いかけようとする。

 ――そうはさせるかッ!

「漢気、大解放ッ!」

 俺は漢気を大解放し、一気に力を高めて近くの木を殴った。ドシン、という音と共に黄金井の目の前で木が倒れる。

「てめぇ……、もう容赦しねぇ! 漢気解放ッ!」黄金井の周囲にGODMSの粒が集まり、手に大きな剣が形成された。「覚悟しやがれッ!」

 黄金井は思いっきり剣を振りかぶり、一気に斬りかかってきた。間一髪、剣の切っ先に触れることもなく俺は背後にのけ反る。

 ――早く来てくれ。

 俺は心の中でそれだけを切に祈りながら、じっと二人を睨みつけていた。

「漢気解放ッ!」

 ――しまった!

 桃瀬のことをすっかり失念していた。俺が気付いたときには既に桃瀬は弓矢をこちらに向けている。

「やめ……」

「当てますよッ!」


 ――ぐっ!

 素早い二人の攻撃が次々に繰り出されては、避けている暇がない。桃瀬は間髪を入れずに引き絞った弓から矢を発射した。


 当たる――!

 最早これまでか、と俺が目を閉じた。

 その瞬間――、


「漢気大解放ッ!」

 どこからともなく声が聞こえると共に、目の前が何かで遮られた。これは、葉っぱだ。しかも、一枚二枚ではない。無数の葉っぱが俺の目の前で壁となって矢を弾き飛ばした。

 ――やっと来たな!

「ったく、お前ら何やってんだ」

「大丈夫ですか、黒塚さん」

 ひらひらと葉っぱの盾が舞い落ちた視界から、ゆっくりと蒼条と緑山の姿が現れる。二人とも既にオトメリッサに変身している。

「てめぇら! 邪魔すんじゃねぇ!」

「まさか、二人も、グル……?」

 桃瀬たちが更に訝し気にこちらを見てきた。

「違いますよ! 聞いてください、お二人とも!」

 そういって緑山は懐から何かを取り出した。それはピンク色と黄色の、小さな箱だ。

「チョコレートはサファイラから既に取り戻した」

「黒塚さんは操られていたんです」

 ――ナイス出まかせ!

 ここまでは打ち合わせしていなかったが、状況をよく見て一番それっぽい理由を付けてくれた。

 俺は頭を抑えながら、

「うっ、俺は、今まで、何を……」

 なんとか演技をした。

「……本当か?」

 やはり黄金井は疑っているようだ。

「あぁ、こないだ戦闘のときに何かヤバいビームを喰らったらしい。三途、さん、本当に申し訳ないことをした……」

 ということにしておこう。他に適当な言い訳が思いつかんし。

「そうだったんですか……」

「サファイラ、なんて恐ろしい敵なんだ……」

 三途と桃瀬は信じているみたいだ。うむ、これ以上演技は必要ないだろう。

 黄金井はまだじっと俺の方を疑わしそうに見ているが、まぁいっかといった表情でため息を吐いて緑山からチョコを受け取った。続いて桃瀬も受け取る。

「まぁ、取り戻せたからいっか」

「あ、三途さん。一瞬だけ目を閉じてもらっていい?」

「? はい、大丈夫ですけど……」

 三途が目を閉じている間に、二人は

「漢気、発散」

 と小声で変身を解除した。

「はい、もう目を開けていいよ」

 三途が恐る恐る目を開いた。

「あ、あれ? 黄金井くんに、桃瀬、さん? それに、さっきの人たちはどこに?」

「俺たちにチョコを渡してどっかにいっちまったよ」

「そう、ですか。お礼言いたかったんですけど……」

「気にしなくていいってさ。それよりも、改めて……、チョコレートありがとうね!」

「はい……。それで、その……」三途は身体をもじもじと動かしながら、「チョコ、食べてもらえますか?」


 ――きた。


「ここで? まぁいいけど」

 二人は何も疑う様子もなく、包み紙を開き、チョコを頬張った。

 俺はその姿を固唾を吞んで見守る。

「あ……」

「これ……」

 もう一度、俺はごくりと唾を飲み込んだ。


「旨い!」

「美味しい!」


 ――良かった。

「ほ、本当ですか?」

「おう! マジマジ! 甘さ控えめでちょうどいい感じ!」

「美味しいよ! ありがとう!」

 二人が感想をこぼすと、三途は俯き気味に、

「ありがとう……ございます……」


 ――ふう。

 俺はようやく落ち着いた気分を取り戻した。

「上手くやれましたね、黒塚さん」

「全く、無駄に面倒な作業をさせるな」

 緑山と蒼条が俺にこっそりと耳打ちした。

「すまないな、二人とも。協力してもらって」

「メ……。あの光景は二度と見たくないメ……」

 メパーが懐から青ざめた表情で現れた。

 ――本当に、メパーもすまなかった。


 そうだ――。

 実はメパーに三途の家にこっそりと潜入させて、チョコを“造る”工程を録画させていた。それがどうにも言い表せないほどのとてつもない絵面だったらしい。

「俺ももう二度とあの映像は見たくない。思い出しただけで頭が痛くなる」

 で、その映像を蒼条が解析して(ヤバすぎる個所はメパーがセルフでモザイクを掛けてくれたらしい)、チョコの形状を一ミリも寸分違わぬ程にトレースした。

 そして、

「葉があの映像を観なくて良かったメ。あれは、R18を遥かに超えるレベルだったメ……」

「そんなにヤバかったんですね……。蒼条さんがチョコを上手く解析してくれたおかげで僕も作りやすかったです」

 そう。トレースした形状を元に、緑山がチョコを再現してくれたのだ。つまり、今二人が食っているのは、厳密には緑山が作ったものなのだ。

 騙すような形にはなってしまうが、致し方ない。嘘も方便だ。桃瀬と黄金井が辞世の句まみれになるよりはマシだ。


「ご馳走様」

「旨かったぜ!」

「は、はい……。それで、ですけど……」

 ――さて。

 昨日三途は『一番美味しそうにチョコを食べた人に告白する』と言っていたが、果たして誰を選ぶのだろうか?

 まぁ、俺、という選択肢はほとんどなくなったわけだが。桃瀬か、黄金井か……。

「ん、どうしたの?」

「まだ何かあるのか?」

 ごく、と三途が唾を呑む。

「私……、決めました」

「決めたって、何が?」

「私、私、私……」三途が深呼吸して、「私、好きなんです!」


 一気に目を見開いて、三途が言った。


「好きって?」

「ま、ま、ま、ま……、まさか……」

 桃瀬も黄金井も流石に勘付いたのか、顔を赤くしている。

「私、好きなんです――。さっきチョコを食べた、青いパーカーのお姉様のことが!」


 ……。


 ……。


 …………。


 は?


「は?」

「は?」

「は?」

「は?」


 えっと――、

 三途が選んだ相手、って?

「私のチョコを、あんなに美味しそうに食べてくれた、あの方。名前は知りませんが、一目見て気付きました。私の運命の人は、あの方しかいないと……」

「えっと……」

「ちょっと……」

「そういうわけですから、桃瀬さん、黄金井くん。ありがとうございました。私は先ほどのお姉様を追いかけます」

 淡々と頭を下げて、三途はその場から走り去ってしまった。


 しばらく、沈黙が流れた。

「な、なんだったんだ?」

「さぁ……?」

 ――うむ。

 やめておけ、と三途に言いたいところだが、恐らく聞く耳持たないだろう。

 とりあえず、問題はひとまず解決したということにしておこう。


 さて、もうひとつの問題だが――。

「チッ、無駄に疲れただけだったぜ。おい、桃瀬。俺はてめぇをまだ許したわけじゃねぇからな」

「う、うん……」

「今回は協力したが、これっきりだからな」


 ――まだ、ダメか。


 だが、桃瀬はにっこりと笑って、

「うん。それでいいよ」

 明るく相対した。


 ――やれやれ。

「まだ当分三人でなんとかしなければならなさそうですね」

「ったく。面倒ごとの解決にはならなかったか」

 うむ。

 しばらくはこの問題は解決しなさそうだな。

 やむを得まい。二人の様子は、俺が暖かく見守っていくとしよう。


 ――担任として。


 ――オトメリッサの仲間として。


 俺は拳を握り、強く心に誓ったのだった。



 ちなみに――。

 三途のチョコレートを受け取ったサファイラがどうなったかというと……。


「お、おい。サファイラ……。一体なんだ、この紙の山は?」

「『チョコ食えば ヤバさ増すなり 人間界』……。字余り……。キシ、キシ、キシ……」


 死んだ魚のような目になりながら、ひたすら辞世の句を書いていたのだという(メター談)。

 敵ながら、一言だけ言わせてもらう。


 ――スマンかった。

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