第38話 「黒塚兜は生徒のために言いたいことも言えない②」

 カジノでの一件があった翌日、俺たちは黄金井に呼び出されていた。

「これ! どういうことか説明してもらおうか!」

 商店街の掲示板に貼られたポスターに、俺たちは唖然としていた。

 確かに、そこには『指名手配』という字面がしっかり書いてある。

 そして、一緒に描かれている顔はといえば……。

「僕そっくりだね」

「100%おめぇだアアアアアアアアアアアアアッ! バカヤロオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 怒り心頭で黄金井は桃瀬に怒鳴る。

 確かに、間違いなくそこには男だった頃の桃瀬そっくりの手配写真がくっきりと描かれていた。他人の空似と言えなくもないが、ほぼ間違いなく本人だろう。

「桃瀬が、連続窃盗犯……」

「マジか……」

 俺も信じられなかった。教卓の上から桃瀬の姿を見ているが、授業もなんだかんだで真面目に受けているし、クラスメイトたちともしっかり打ち解けている。

 だが――、

「この事件って、確か犯人はすっごい身体能力の持ち主だったって聞いています」

 それだ。

 コイツのジャンプ力や脚の速さは並大抵ではない。それを生かして転校生であるにも関わらず陸上部で目まぐるしい活躍をしているようだが。それがまさか、犯人の身体能力と合致しているとはな。

「まぁ、100%とは言わないが、ほぼ確実に桃瀬であることは間違いなさそうだな」

 海が眼鏡を直しながら冷静に分析している。

「うーん、僕は全く身に覚えがないんだけどなぁ……」

「とぼけんじゃねぇッ! てめぇじゃなきゃ、一体誰なんだこの絵面は!」

 桃瀬はといえば、頭にハテナを浮かべながら考え込む。

「ま、手配写真はともかくとして、記憶喪失ってのは本当のようね」

 灰神が間から入ってきた。

「灰神! てめぇ、コイツを庇うのか⁉」

「まだ決めつけるのは早計だって言ってるの! 大体、この手配写真が合っているのかだって確実じゃないでしょう? 他に何か証拠が残っているならともかく、ね」

「それ、は……」

「それに!」灰神は深くため息を吐いた。「桃瀬くんをこのまま警察に突き出すとでも言うの? この写真と、今の桃瀬くんは全然別人よ」

 そう言われて、黄金井は「あっ……」と気が付いたようだった。

「指紋や髪の毛が残っているならまだ同一人物かどうか調べられるかも知れないけど、今のところそういった証拠は何も見つかっていないって聞いているわ。流石に無理があるでしょうよ」

「それは、その、闇乙女族のせいで、女になってしまったって説明して……」

「簡単に信じてもらえるとは思わないけどね。事態をややこしくするだけだけよ。現状は少なくとも黙っておいた方が無難ね」

 黄金井がぐっと苦い顔になる。こればかりは灰神が正論だ。仕方がない。

「……ごめん。なんか、僕のせいで気を使わせてしまったみたいで」

 珍しく桃瀬が神妙な面持ちになる。コイツのこういう顔は初めて見るかもしれない。

「僕は気にしませんよ。この手配写真が本当かは分かりませんけど、桃瀬さんは桃瀬さんじゃないですか!」

「葉くん……」

「俺も異議はない。犯罪者を匿うような真似にはなるが、桃瀬が男に戻るか、闇乙女族を全員倒すまでだ。仕方あるまい」

「海さん……」

 ふむ、この二人は賛成、か。


 ――ならば。

 俺の答えも決まっていた。

「俺も異議なし!」

 葉の言った通り、桃瀬は桃瀬だ。俺の可愛い生徒だ。

 大体、桃瀬がこんな窃盗などやれる人間ではない。少なくとも俺はそう信じている。この手配写真も何かの間違いであるに違いない。

 ――だが。

「俺は反対だ」

 案の定、黄金井はそっぽを向きながら渋い顔を浮かべていた。

「おいおい、ここまできてそれはないだろう」

「ケッ! 言っておくけどな、俺は前々からコイツのことが気に入らなかったんだよ。何考えているのか分かんねぇし、性転換したと思ったら俺のクラスに転校までしてきやがって」

 やはり、黄金井は納得していない様子だ。

「でも、オトメリッサは五人いないと力が……」

「あー、バカバカしい。勝手にやってろ! 俺は当分、オトメリッサを離れるぜ」

「お、おい……」

「じゃあなッ!」

 黄金井は目を尖らせたまま、その場を歩き去っていった。

「彼のことはしばらく放っておいた方が良さそうね」

「だな……」

 呼び止めたいところだが、あの様子では言うことを聞くことはないだろう。担任だから良く分かるが、ああなった黄金井は手を付けられない。

「……あの」

 桃瀬が申し訳なさそうに手を挙げた。

「ん? どうしたの?」

「僕も……、しばらくオトメリッサをお休みしようかな、と」


 ――なんと!

「黄金井くんのことなら気にしなくていいのよ」

「それもあるけど、その……」桃瀬がチラッと手配写真を見た。「やっぱり、どうしても気になっちゃって。僕自身が一体誰なのか、って。判明するか分からないけど、少し時間が欲しいんだ」

 なるほど。殊勝な心掛けだが、桃瀬にしては珍しく弱気な気もする。

 少々難しい判断にはなるが――、

「うむ。無理することはない。俺たちも正直混乱しているが、一番混乱しているのは桃瀬自身だろう。少し休むが良い」

 ――そうだ。

 俺はコイツの担任だ。桃瀬自身の意志を何より尊重してやるべきだ。

「そうだな。まぁ、人手が減るのは少々辛いが……」

「闇乙女族が現れたら僕たちでなんとかしますから!」

 海と葉も首を縦に振ってくれた。

「そうね。大変にはなるでしょうけど、しばらく桃瀬くんと黄金井くんには休んでもらいましょう。いざとなったら私がまた変身するから」

「メ……。無理するなメ」

 バゴッ、という音と共に、メパーが地面に叩き落された。


 ――しばらくは俺たち三人でなんとかしなければならない。


 それだけでなく、俺はこの面子の中で唯一、日常生活でもこの二人と関わっている身だ。少し二人の様子をしっかり見ておかねばな。

 オトメリッサとしてではなく、桃瀬と黄金井の担任として――。


 と、まぁこういった事情で二人はオトメリッサ欠番状態となってしまったわけだ。

「ふぅ、漢気、発散っと……」

 ソードフィッシュアクジョとの戦いを終えた俺は、道場の裏手でこっそりと変身を解除した。小柄だったオトメリッサ・インセクトの身体は元通り俺の身体に戻る。

 今回はなんとか俺たちだけで勝てたが、新たな幹部二人が現れたのだ。奴らと戦うときは二人の協力が必要になるはずだ。それまでになんとか、黄金井の説得を試みたいところだが……。こればかりは時間が掛かるだろう。先行きに思いやれらながら、俺はもう一度深呼吸をする。

「あれ……? 黒塚、先生?」


 ――おっと。

 どこからか女子の声が聞こえてきた。

「み、三途……」

 俺は少しだけ冷や汗混じりに彼女を呼び掛けた。

 三途みと 賽子さいこ。俺のクラスの生徒だ。黒いおかっぱ頭で、あまり目立つほうではない。というよりも、道場の娘とは思えないほど暗いイメージしかない。オカルト研究会に所属している以外は俺もほとんど彼女のことを知らないほどだ。

 そういえば、この道場はコイツの家だったな。迂闊だった。よりにもよって、俺のクラスの生徒と鉢合うとは……。マズいな、変身を解除するところを見られたか?

「どうして、先生がこんなところに?」

「いや、まぁ……。近くまで寄ったものでな。少々挨拶を、と……」

「ふぅん……」

 大して興味なさそうな返事をされる。バレた、という雰囲気ではなさそうだ、多分。

「先生は、大丈夫だったんですか……」

「え?」

「先ほど、うちの道場で何やら騒ぎがあったみたいで……。門下生の人が女性化したとかなんとか」

 どうやらその話は把握しているようだ。具体的に知っているわけではなさそうだが。

「あ、いやいや。俺は大丈夫だ」

「なら良かったです……」

 ジトっと覇気のない目で見つめてくる三途。本当に何を考えているのか全く分からない。

 とりあえず、早いところ退散したほうが良さそうだ。

「それじゃあ、俺はこれで……」

「はい。それじゃあ、また明日……」

「おう!」

 ようやく俺はいつも通り強気な返事が出来た。

 考えることは一杯あるが、他の生徒の前でそれを見せないようにしないとな! と、俺は意志を固めて道場から出ようとした。

「あ、そうだ。先生……」

「お、おう!」

 去ろうとした瞬間、俺は三途に呼び止められた。

「明日……。放課後、ちょっとだけお時間よろしいですか?」

 ――なん、だと?

 三途から直々に相談されることなど、今までない。あまり個人的に話したこともないし、他の生徒と積極的に関わったところを見たことがない。

 嬉しいような、不安なような。複雑な気分だ。

「いや、構わないが……。何なら今からでも……」

「明日、お願いします」


 ――うむ。

 どうやら、この場では言えない相談らしい。

「お、おう。明日、な……」

「お願いします。絶対、ですよ」

 淡々とはしているが、どこか強い口調で釘を刺されてしまった。


 このとき既に嫌な予感が俺の中で渦巻いていた。

 俺の冷や汗は、明日まで止まることはなさそうだった――。

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