第36話 「黄金井爪はどんな手を使っても勝ちたい⑤」

「クソガキャアアアアアアアッ! ウチをコケにしおってからにぃッ!」

「は? 勝ちは勝ちだろ? それとも何か? やっぱ、力で勝負するか?」

「アガガガガガガガガ……」

 ウサギ女は喉を思いっきり鳴らし、口をあんぐりと開けた。

 心なしか、奴の胸が更にでかくなっていく。いや、心なしじゃない。胸がはちきれんばかりに膨らむ。ってか、腕も、脚も、そして顔も――。全身の筋肉が一斉に膨らんでいく。

「な、何よあれ……」

「オーナー……」

「ぐああああああああッ! こうなりゃ暴力解禁じゃああああああああいッ! 暴力最高オオオオオオオオッ! 力こそが全てじゃああああああああああああああいッ!」

 着ているバニースーツをぶち破り、とうとうウサギ女が巨大な兎の化け物へと変貌していった。

「へぇ、そいつぁいいことを聞いた」

「ってことはつまり、変身して戦っていいんだね?」

「グオオオオオオオオオッ!」

 最早奴は唸っているだけだ。話は通じない。

「うぅ、まだ僕たちはここに捕まったまま……」

「仕方あるまい。ここはアイツらに任せるしかないな」

「はっはっは! たまにはあの二人の戦いっぷりを見学というのも悪くはないだろう」

 バニーになった連中はまだ元には戻らないみたいだ。

 だったらここからは、俺たちのルールで行かせてもらうぜッ!


「オトメリッサチャージ・レディーゴーッ!」

 俺と翼はブレスレットを掲げ、そこから淡い光があふれだしていった。


 そして、身体がどんどん柔らかく、胸もそれぞれに合った大きさに形成させていった。


 俺は黄色い光が消えると、上下に分かれたセパレート状の衣装を纏ったツインテール少女に――。

 翼はピンクの光が消えると、白とピンクのセーラー服状の衣装を着たロングヘアの少女に――。


 それぞれ変身していった。

「未来への翼、オトメリッサ・ウィング!」

「悪を切り裂く爪、オトメリッサ・クロー!」

「魔法少女、オトメリッサ! 参上!」

「奪われた漢気――」

「取り戻させていただきます!」


 俺たちは思い思いのポーズを取った。

 そして俺は間髪を入れずに、懐からルージュを取り出した。

「おっ、久しぶりにそれ使う?」

「へっ。獅子は兎を狩るのにも全力、だッ!」俺はルージュを口に塗りたくった。「クロールージュッ!」

 鮮やかな黄色いGODMSの粒が、俺の周囲に集中していく。

「それ、獅子じゃないような……」

「野暮なツッコミはナシだッ! 漢気奮発ッ! タイガーッ!」

 集中したGODMSが俺の身体を包み込む。

 俺は間髪を入れず、腰の剣に手を添える。


 ――ひゅんッ!


 と空を裂く音が瞬時に辺りに響いた。

 訪れる沈黙――。

「う、がが……」

 けたたましいウサギ女の呻き声が、店内に響き渡った。

 自分で言うのもなんだが、メッチャ目にも止まらぬ早業で剣を振るっていた。既に俺はウサギ女の背後にいる。そして、ゆっくりと、抜いた剣を鞘に戻していた。

「また、つまらぬ物を……」

 ――と言いかけた、その瞬間。


 パリーン!


 と、ガラスが砕けるような音と共に、アイツらが捕まっていた檻が瓦解していく。

 それと同時に、バニーにされていた人たちが次々と光りを放ったかと思うと、瞬時に男の姿に戻っている。まぁ、中には女のまま戻らなかった奴もいるのだが。

「うん……」

「俺らは、一体……?」

 元に戻った客たちは何があったのか分からない様子で、次々と店内から逃げ出していった。どうやらバニーとして働いていたときの記憶はないらしい。

「おっ!」

「やった!」

「うむッ!」

「やったぁ!」

 どうやら灰神や他のオトメリッサの面々も、バニーの姿から元に戻っていく。

「相手の力が弱まったから元に戻れたようだな」

「よし、みんな! ここで一気に片を付けるよ!」

「うぅ、折角男に戻れたのに、またすぐ変身するの……」

 それはまぁ、仕方がない。ドンマイ。


 三人はブレスレットを高く掲げた。


「オトメリッサチャージ、レディーゴーッ!」


 強い掛け声と共に、それぞれのブレスレットから淡い光が溢れ出していった。

 そして、身体がどんどん柔らかく、胸もそれぞれに合った大きさに形成させていった。


 蒼条さんは青い光が消えると、白と水色のスカートが付いたレオタード状の衣装を纏ったサイドテールの少女に――。

 葉は緑色の光が消えると、緑色のチューブトップ状の衣装にストールを羽織ったポニーテールの少女に――。

 黒塚は黒い光が消えると、黒いチャイナドレス状の服を着たショートヘアの少女に――。


 それぞれ変身していった。

「溢れる知識の海、オトメリッサ・マリン!」

「癒しの草花、オトメリッサ・リーフ!」

「力の甲虫、オトメリッサ・インセクト!」


 全員が名乗りを終え、それぞれ思い思いのポーズを取る。

「ってことで、いくぜッ!」

「変身早々、いきなりか……」

 蒼条さんがはぁ、とため息を吐く。スマンな、今回戦闘シーンは控えめなんだ。

 俺たちは全員、手に持ったルージュを高く掲げた。

「「「「「漢気、超解放ッ!」」」」」


 ルージュに俺たちのGODMSが、まるでレンズに太陽光が集まるかのに一同に集まっていく。

 そこから一気に、俺たちはルージュをウサギ女に向けた。


「「「「「オトメリッサ・インフィニティゴドムスッ!」」」」」


 集まったGODMSは大きな矢へと変化していった。

 俺たちは更に、力を振り絞った。


「はあああああああああああッ!」


 やがて、GODMSの粒がルージュから解き放たれて、

「うがあああああああああッ! やっぱ、暴力は、嫌いじゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 次第に弱々しくなっていくラビットアクジョを貫いて、そして光と共に消えていった。

 ――ふぅ。


 気が付くと、店内も元の薄暗いゲームセンター跡に戻っている。これでようやく、静寂が訪れた、ってところか。

「キシキシキシ……」


 ――誰だ?


 歯を擦り合わせるような、気味の悪い笑い声がどこからか聞こえてきた。

「なるほど、貴様らがオトメリッサか」

「ラビットアクジョを倒すとか、やるじゃん」


 ――どこにいやがる⁉


 俺たちは焦りながら周囲を見渡す。

「ここだ」


 そう言われて、俺たちははっと気が付いた。

 ――上、だ!


 いつの間にやら、二つの人影が空中に浮きあがっていた。一人は青いパーカーを着た、水色のショートヘアの女。歯がやけにギザギザしている。

 そしてもう一人。黄色い全身鎧に、長い金髪の女。

「てめぇら……」

 けたたましく笑う青いパーカーの女に、仏頂面を変えない黄色い全身鎧の女。

 間違いない――。俺は確信した。

「お初にお目に掛かる。我が名はトパーラ」

「そしてあたいがサファイラ」

「その名前……。もしかして、ルビラと同じ……」

「そっ。闇乙女族の上位種、と言えば分かるかな」


 ――やっぱりそうか。

「ラビットアクジョの様子を見に来てみたら……」

「でもまぁ、漢気も欲望もそこそこ集められたからいっか。なぁ、トパーラ。これであたいのほうがまた一歩リードしちまったな。こうやって集めるんだよ、漢気ってのは」

「サファイラ……、しかし、これは遊びすぎでは……」

「バーカ! どうせなら楽しく遊ぶのが一番に決まってんだろ! こないだのペンギンみたいな回りくどいやり方じゃ全く集められないぜ!」

「う、む……。ならば、次はやり方を変えよう」

 何を言っているのかは微妙に分からなかったが、コイツらがここ最近の闇乙女族をけしかけてきた、ということだけは理解できた。

「降りてこい! 覚悟しやがれ!」

「おおっと、怖い怖い。ま、今日は顔出しだけだから」

「貴様らとは長い付き合いになりそうだ」

「キシキシキシ……。楽しくなってきやがった。そんじゃ、今後ともよろしくな!」

「待ちやがれ……」

 俺は大声で二人に近付こうとした。

 だが、一歩前に出た瞬間、ヒュン、と二人の姿は影も形もなく消えてしまった。

「サファイラに、トパーラ――」

「どうやら、また新たな幹部がご登場、ってわけみたいね」


 ――クソッ。


 俺は拳を握り、唇を噛みしめて何もなくなった虚空を睨みつけた。



 帰り道。外はもうすっかり日が暮れていた。

「しかし、今回は黄金井様々だったな!」

「ふ、ふん! 馬鹿にされたまんま引き下がれっかよ!」

「でも本当にファインプレイでしたよ!」

「ありがとうね。僕も、爪くんがあの紙の中身に気付いてくれなかったらどうしようかと心配だったよ……」

「えっ……」皆が一瞬、不思議そうに目を丸くした。「あれって、打ち合わせとかしていたんじゃなかったの?」

「あぁ? んなわけねぇだろ」


 ――そうだ。

 あの紙に何が書かれていたのか、俺は全く知らなかった。本当にギリギリまで何の勝負をするか悩んでいたのだった。

 やっぱ、時には信じてみるのもいいのかも知れないな。

 自分の勝負運の悪さが嫌になっていたけど、いざというときは勝てるもんだ。


 この、おみくじのように――。


 俺はこっそり、ポケットからおみくじを取り出して開いた。

 

「吉」


 ――意外といけるもんだな。

 ふっと微笑んで、俺は再びそれをポケットに忍ばせた。

「それじゃ、俺はここで」

「おう、またな!」

「爪くん、また学校でね!」

「あぁ!」


 俺は手を振って、連中と別れた。

 学校が始まるまでに、また闇乙女族が出なければいいが――。


 そんなことはありえないだろうが、油断はできない。

 成り行きでなってしまったオトメリッサだが、こうなったら奴らを全員ブッ潰すまで、思いっきり暴れてやるぜ!


 ――そんなことを考えながら。


 俺は再び、オトメリッサとして活動する意志を固めた。


 ……。


 ………………。


 ……………………はずだった。


「あ、あああああああああああああ……」

 ふと、目に留まった掲示板。

 俺はそこに貼られていた紙を見た瞬間、一気に言葉を失った。


『指名手配。目撃者を探しています』

 去年起きた、連続窃盗事件の手配写真。

 そこに描かれていた顔に、思いっきり見覚えがあった。


 っていうか、つい先ほどまで一緒にいた人物の顔だった。


「つ、つ、つ……」


 手配写真なのに、緊張感の欠片もない、桃色の髪の男子。

 

 描かれていたのは紛れもなく、桃瀬翼――。

 明らかに、奴の顔だった――。


『待ち人 来る 驚くことあり』


 おみくじに書かれた、この一文の意味を、俺は嫌というほど思い知らされることになるのだった。 

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