第35話 「黄金井爪はどんな手を使っても勝ちたい④」
――この野郎!
俺は言葉を失いつつ、翼を睨みつけた。
「だってぇ、負けたらバニーだよ、バニー」
「ノリノリで振袖着ている奴が何を言うか!」
「全然違うよぉ。オトメリッサの服だって、他の皆と比べたら露出は少ない方だし。その点、爪くんならヘソまで出しているから大丈夫かなぁと思って」
「やっぱ死ねエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」
大丈夫じゃねぇよッ! 未だに恥ずかしいわッ!
ていうか、そんな理由で俺に振るんじゃねぇよッ!
「でも、このままじゃ他の皆が捕まったままだメ」
「知るか、あんな奴らッ!」
「怒って、るの?」
当たり前だッ!
俺のことをゲームが弱いだなんだと馬鹿にしやがって、正直ざまぁみろって感じだ。
そりゃあ、確かに俺は喧嘩ぐらいしか取柄がない。他に皆に勝てるものと言えば、対戦格闘ゲームぐらいだ。
力だって黒塚ほどあるわけじゃないし、蒼条さんほど頭も良くないし、葉みたいに愛嬌もないし、翼みたいなスピードもないし、翼みたいなジャンプ力もないし、翼みたいに恐れ知らずでもないし……。
ていうか、大半翼に負けてるじゃねぇか。
そう気付いたが、首を振って考えないことにした。
「大体、俺を差し置いて任侠ごっことか面白そうなことやってんじゃねぇよッ!」
「……あれ、やりたかったの?」
――実はちょっとやりたかった。
だって任侠ってアレじゃん。男の憧れじゃん。
「とにかくッ! 俺は知らんッ!」
俺は腕を組んでそっぽを向いた。
――だけど。
――本音を言えば、助けに行ってやりたい。
あんな奴らでも、仲間だ。ピンチの時には助けに行くのが漢ってもんだろう。
だが、ここで俺が行ったところでどうなる? 勝負事に弱い俺が行ったところで、ボロボロに負けるのが目に見えている。翼の馬鹿が大見得切った手前、負けてしまえば大恥をかいて、結局はただの足手まといにしかならない。
「……って、爪くんは思っているよッ!」
どこからともなくメターが現れた。
「って、てめぇッ! 俺の心を代弁するなッ!」
なんなんだ、コイツ。いらんところで厄介すぎる。
「つくづくツンデレだメ」
「まぁ、それが爪くんの良いところだから!」
――うるせぇッ!
俺は顔を赤らめて目を細めた。そして、しばらく気分を落ち着けた後、一旦はぁ、とため息を吐いた。
「……わーったよ」
「えっ?」
俺はポケットから、さっき引いたおみくじを取り出した。
「それじゃあこうしよう。このおみくじ、これが凶だったら行かない。吉だったら行く。それでどうだ?」
そう言うと、翼の顔がぱぁっと明るくなって、
「うん、いいよッ! きっと爪くんなら吉を引いてくれるって信じてるッ!」
気持ちを込めて俺のおみくじをじっと見つめる翼。嫌味ったらしく聞こえるが、おそらくその台詞は嘘じゃないだろう。
まぁ、この神社は浅草寺並みに凶のおみくじが多いことで有名だ。吉を引き当てる確率なんてほとんどないに等しい。俺の運で引くことはないだろう。
――悪いな。
これは心のどこかで諦めきれない俺が、きっぱり諦めるためのジンクスだ。万が一、おみくじに吉が出るようなことがあれば、もしかしたら運命の神様が力を貸してくれるということなのかも知れない。なんてな。
「いくぜ……」
「うん……」
神妙な面持ちで、俺はおみくじに手を掛けた。
「せええええええええええのおおおおおおおおおおおおおッ!」
薄暗い階段を降りていく。
かつて慣れ親しんだ場所だったはずなのに、まるで別次元の空間へと向かっていくみたいだ。俺はゆっくり、階段下にある扉に手を掛けた。
「いらっしゃいませぇッ!」
まるで別次元、じゃない。全くの異次元、と呼ぶべき場所だった。
メパーの映像で観るよりもずっと目が痛くなる金色の店内。その中を闊歩するバニーの姉ちゃんたち。高貴なはずの香水の匂いも、むせるほどに気持ち悪い。
「俺の思い出の場所を、こんなんにしやがって……」
「あら? さっきのお嬢ちゃんじゃない? それに……、あら。そこにいる子が凄腕の勝負師さんとやらねぇ?」
「そ、そうだよッ! 爪くんは凄いんだからッ!」
――いい加減ハッタリはやめろ。
俺の中で緊張感が高まっていく。ぶっちゃけ勝てる気はしない。
とにかく今は落ち着こう。一旦息を呑んで、ゆっくり店内を見渡した。
「おうおう、やっぱり助っ人って黄金井のことだったか」
「……負けたな」
「ごめんなさい、せめて僕がカードで勝っていれば……」
檻にぶち込まれているバニーたちが煩い。やっぱお前ら、そのままそこから出てくんな。
「もうこうなったら藁でもすがるしかないわよ! そういうわけだから、黄金井くん! 私たちの分まで、しっかり戦うのよ! あんまり期待はしていないけどッ!」
バニーを着せられて檻に入れられている影子が怒鳴ってきた。
――って。
「お前もバニーになっとるんかああああああああああああああああいッ!」
「なによぅ! アンタら待っている間に代わりに勝負してあげたんでしょッ!」
「で、負けたと」
「うぐっ、それは面目ないわ」
グレーのハイレグに網タイツ。正直、コイツのバニー姿を目に入れるのがキツい。少しだけ目を逸らして、俺はなんとか視界に入れないようにした。
「ちなみに何の勝負したんだ?」
「……年齢」
――は?
「なんだそりゃ?」
「歳が上の方が勝ち、というルールで。まさか、相手が千二百歳超えているとは思わなかったけど」
――アホだ。
闇乙女族の特徴をすっかり失念していやがる。それでよく天才科学者を自称できたものだなコイツは。コンプレックスだとか言っていたけど、そうまでして勝ちたかったのか。
「で? ボウヤ。引き返すなら今のうちよぉ」
「ケッ。誰が引き返すかよ」
俺は唾をペッと吐いて睨みつけた。
「兄ちゃんオモロいのぉ。威勢だけは認めてやるさかい。あと、後で床掃除しときぃな」
相手も負けじと睨んでくる。
なるほど、実際に見ると威圧はヤバい。一見ちょっとリアルなバニーガールだが、よく見ると背丈が並大抵じゃない。
だが、こんなのに怯むような俺じゃない。
「で、勝負だが……」
「何にするのかしらぁ? 私は何でも構わないわよぉ」
一気に態度を変えるウサギ女。この切り替えの早さもどことなく不気味だ。
「一応尋ねるが、ここは以前ゲームセンターだったはずだ。閉店した後もブレッシング・ファイト2の筐体がずっと置いてあったはずだが……」
「あぁ、あれ? 確かにあったけど、あんな野蛮なゲームはウチのような高貴なお店には似つかわしくないのよねぇ。そういうわけだからぁ、とおぉぉぉぉぉっくに処分しちゃったわよぉ」
――やはりダメか。
ワンチャンあれがあったら勝てると思ったんだが。カードゲームでもいけたぐらいだし。だが、どうやらそうは問屋が卸さないらしい。
「……少し考えさせろ」
「いいわよぉ、じぃぃぃぃぃぃぃっくり、考えて頂戴」
俺は眉間に皺を寄せながら考え込んだ。
腕相撲でもやるか? いや、相手は力任せの勝負は嫌うはずだ。簡単にジャンケンとか? いや、運の要素が強すぎる。ここは確実に勝てる勝負を選ばないと。トランプは……、本末転倒だな。〇ケモンとか〇マブラとか……、これも相手が乗るとは考えにくいし、乗ったところでまたしても卑怯な手を使わないとも言えない。
「クッソ……」
「うふふふふ、悩んでる悩んでる」
ウサギ女は達観した表情で微笑んできていやがる。腹が立つ気持ちを抑えて、俺はしばらく考え込んだ。
しばらく俺は考え込んだ。時計の短針の音が、チク、チク、と鳴り響いている。
――敢えてまたチェスでもやるか?
――早口言葉対決でもやるか?
――トランプか? コイントスか? 表面張力対決か? 限定じゃんけんか?
どれをやっても勝てる気がしない。
「……ねぇ、まだぁ?」
ウサギ女が徐々に痺れを切らしてきた。
「もう少し待ってろ」
「じっくり考えてとは言ったけど、私だって流石に限界はあるわよぉ」
ウサギ女の顔が険しくなってきている。あまり待たせたらどうなることか分からない。
「それじゃあ、こうしよう。おい、翼」
「うん、どうしたの?」
俺は呼び寄せた翼に、紙を一枚差し出した。
「どーーーーーーーーーしても、勝負が決まらなかった時のために、お前が勝負内容を決めてその紙に書いてくれ。で、どーーーーーーーーーーーーーーーーーしても、決まらなかったら、その紙を開け」
「う、うん……。でも……」
「いいか、俺が本当に、本当に、ほんっっっっっっっとおおおおおおおおおおに、決められなかったら、だからな! ウサギもそれでいいか⁉」
「はいはい……。どうでもええからさっさと決めろや」
最早ウサギ女は退屈そうに呆れ果てて頬杖を突いている。
再び俺は考え出した。
――アレもダメだ。
――コレも無理だ。
考え出したらキリがない。勝負に弱い俺が、絶対に勝てる方法を選ばなければ決して勝てない。やはり翼に書いてもらった勝負でやるか、と思ったが別の意味でコイツは不安だ。
「書いたよ」
翼は折りたたんだ紙をそっと俺たちの前に差し出してきた。
「サンキュー。ただ、まだ開くなよ。ギリギリまで考えてやるからな」
「チッ……。はよしろや」
――それから数分。
「いや、これでもダメか……」
「オイ」
「チクショウ、どうする……」
「オイ、コラ」
未だに俺が悩んでいるのに、完全にウサギ女がイライラしているようだ。
「あぁ、クソッ! 何を選べば……」
「決まらへんやったらその紙に書いてあるのでええやろッ! さっさと始めろやッ!」
「るせぇッ! まだ考えるんだッ!」
「往生際が悪いのぅッ! ええ加減にせぇっちゅうんじゃッ!」
「勝負は焦った方が負けっていうだろ。てめぇもちったぁ待ってろやッ!」
「待てるかいボケエエエエエエエエエエエエエエッ!」
とうとう完全に痺れを切らしたウサギ女は勢いよく立ち上がった。
「おい、てめぇッ!」
俺が制止しようとする間もなく、ウサギ女は机の上の紙を手に取った。
「これでええやろッ! とっととおっぱじめ……」
そこまで言って、手にした紙を広げて――、
「ど、どうしたの……」
「ラビットアクジョの様子が、おかしい……」
一同はこの状況をじっと眺めている。
「なっ、こ、これ……」
ウサギ女は顔を一気に引きつらせた。
「おっと、その紙には何て書いてあったんだ?」
「あ、グッ……」
ウサギ女はそっと、広げた紙を机の上に置いた。
そこに書かれていたのは――、
『忍耐力勝負。最初にこの紙を開いたほうの負け』
――ふっ。
「あはははははははは、どうやら勝負あったみてぇだなッ!」
俺は思いっきり笑ってやった。できるだけ、嫌味ったらしく。
「グッ、こんなの無効やッ!」
「あれ、お前言ったよな。『決まらなかったらこの紙の内容でいい』って」
「あぐっ、うっ……」
ウサギ女は言葉を詰まらせた。
「言っただろ。勝負は焦った方が負けだって。というわけだ。俺の勝ちッ! 文句あっかッ⁉」
俺はこれでもかというぐらい顔を嫌らしく歪め、相手に笑いつけてやった。
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