第34話 「黄金井爪はどんな手を使っても勝ちたい③」

『それじゃあルールを説明するわよぉ。あなたたちの誰か一人が勝てば、私たちはここから立ち退く。勿論、バニーになっちゃったお客さんも解放するわぁ。勝負の内容もあなたたちで決めてもらっていいわよぉ』

『一人が勝てばいいのか。随分とナメられたものだな』

『ふはは、これぐらいハンデや。ウチはどんな勝負でも手加減せぇへんでぇ! さぁて、誰からいくかしらぁ?』

 凄みを利かせるウサギ女。最早、腹立つを通り越してなんか面白い。

『よっしゃ! まず俺がいくぞ!』

 黒塚が表立って前に出てきた。オールドタイプの極道風スタイルじゃなければ結構格好いいんだけどな……。

『あなたねぇ? いかにも頭悪そうだけどよろしくてぇ?』

『おっと、これでも教員試験突破しているんだがな!』

 ――身分バラしやがった。

『あらそう。で、何の勝負するのかしらぁ?』

『そうだな……』黒塚は店内をざっと見回す。『あれでどうだ?』

 黒塚が指さしたのは、悪趣味にも金色に輝くスロット台だった。

『あらぁ、スロット。いいチョイスじゃないのぉ』

『どちらかが揃うまでの一発勝負でどうだ?』

 こんな胡散臭い勝負を一発だけとか、いかにも黒塚らしい。

『一発なんて、大丈夫なんですか?』

『はっはっは! 普段から目押しに関してはプロレベルだと自負しているからな! 今度桃瀬にも教えてやるぞ!』

 パチスロと一緒にしてんじゃねぇよッ! んで生徒になんつーこと言ってんだ、ウチの担任はッ!

 と、そんなツッコミをしている間に、二人はそれぞれスロット台に着席した。

『行くわよぉ』

『おうッ!』

 途端に騒がしかった店内が一気に静まり返る。ようやく緊張感が漂ってきた。

『よーい……、スタート!』

 翼の合図と共に、リールが回り始めた。

 スロットが回転する音が店内に響き渡る。声一つも出さずに二人はじっとスロット台と睨めっこをしている。また手を動かす気配はない。

 じっと、ジャラジャラと流れるリールを見つめていく。

 そして――、

『よぉし、ここだああああああああああッ!』

 一斉に黒塚がボタンを押してリールを止めた。

 結果は――、


 7、


 7、


 そして……、


 7。

『よっしゃああああああああッ! スリーセブンきたあああああああああああああッ!』

『おおおおおおッ!』

『勝ちましたねッ!』

 皆が一斉に歓喜の声を挙げる。まぁそりゃあ嬉しいだろうけど――。


 俺は嫌な予感がした。というか、結果は分かっているのだが。

『あらぁ、おめでとう。と、言いたいところだけど……』

 ウサギ女が一気にリールを止めた。


 7、7……、7……、


 そして、もうひとつ、7。


『なっ……』

 ようやく黒塚も含めて気が付いた。

 相手の方が、リールの数が一つ多いということに。

『糠喜びさせちゃったみたいでごめんなさぁい。でも、勝ちは勝ちだからぁ』

『貴様、卑怯だぞッ!』

『始まる前にきちんと台を確認しなかったあなたが悪いのよぉ。つべこべ言わず観念しぃや!』

 ウサギ女が指をパチン、と鳴らした。


 黒塚の身体がいきなり光りだす。身体が徐々に小さくなっていき、丸みを帯びた身体に形成していく。

 胸が大きくなっていく。そして、なにやら頭の上に長い耳が生える。

 やがて、光は収まっていき……、

『うわああああああッ! なんだこれはあああああああああッ!』

 黒塚の姿は女になっていた。

 いつものオトメリッサのときみたいなショートヘアに、小柄な身体。ただし、胸はいつもよりも大きい。そして、着ているものは、黒い光沢のあるハイレグに黒い網タイツ。そして頭には長い耳のカチューシャ。

 ――やっぱこうなるのか。


 一瞬のうちに黒塚の姿はバニーになってしまっていた。

『はい、完了。それじゃあ、ウサギちゃんは檻に入っていなさぁい』

 いつの間にか傍らに置かれていた巨大な檻。手下のバニーは黒塚の腕を掴んでそこに押し込めた。

『こうなったらオトメリッサに変身しちまうか。オトメリッサチャージ・レディーゴーッ!』

 バニーになった黒塚が叫ぶ。

 だが、身体が変化する気配はない。ただ、静寂が戻った店内に叫び声のエコーがいつまでも響き渡っているだけだった。

『へ、変身できない……』

『どうやら、GODMSもほとんど奪われたみたいね。ゼロではないけど、変身するだけの力は残っていないようね』

『そういうことよぉ』

『クッ、この状態じゃ力も……』

 確かに、いつもの黒塚なら今のぐらい振りほどけそうなものだけど……。

『ノンノン。暴力は嫌いって言ったでしょぉ。アナタの力はその身体に相応しいほど弱体化しているわよぉ』

『な、なんてこった……』

 どうやら戦闘力も落ちるみたいだな。思ったより恐ろしい奴だな、コイツ。

『さてさて、お次は誰かしらぁ?』


 ――あぁ、うん。ここまできたらもうオチは知っているけど。


『次は僕が行くよ!』

 今度は葉が手を挙げた。

『坊ちゃん、威勢がええやないけ。じゃが、子どもだからっちゅうて手加減はせえへんでぇ』

『よ、葉くん。無理しないでよ。絶対アイツまた卑怯な手を使ってくるから』

『大丈夫です。植物たちは教えてくれました。例え数%の可能性でも、諦めたらゼロ%になってしまうって』

 葉はにっこり笑って、もう一度ウサギ女を睨みつけていた。

 いや、恰好いいけどさぁ。この後の結果、予想付いているんだけど……。

『さぁて、何の勝負するのかしらぁ?』

『これでどうですか⁉』

 葉が懐から、何か一枚カードを取り出した。トランプとかじゃない。ご丁寧にスリーブに入ったそれは……。

『そ、それは……』

『DPキングカードゲーム……』

 あぁ、小学生の間で流行っているあのカードゲームね。中身はあまり知らんが、チラっとアニメを観たことはある。

 流石にそれは相手にしないだろう……。

『あらぁ、あなたもデュエリストなのねぇ。いいわよぉ、相手になってあげる』

 ウサギ女も懐からデッキを取り出した。


 ――って、ええんかいッ!

 つーかお前も持ってんのかよッ! 守備範囲広いなオイッ!


『さぁ、デュエルスタンバイよぉ!』

 葉とウサギ女が向かい合って、デッキをシャフルする。そして葉がコインを宙に飛ばす。

『表……。それじゃあ、僕が先行です』

 デッキから七枚カードを引き、一枚カードを出す。

『木属性マナを二枚生贄に捧げて、ブラッドウッド召喚。ターンエンドです』

『なるほど、それじゃあ私は地属性マナを二枚生贄に捧げて、デルタラビット召喚。ターンエンドよぉ』

 さっぱり分からん。

 どういうルールなのか、全然理解が追い付かない。

『リーフコボルト召喚……、相手のデッキから一枚自分の場に召喚できる……』

『ダメよぉ。ウサミミカード発動。相手の召喚したモンスターを自分の場に出すことができるわぁ。というわけで、あなたのコボルトちゃんと、さっきのブラッドウッドちゃんを出すわねぇ』

 どんどん二人は慣れた手つきでカードを出していくが、次第に葉の顔に余裕がなくなっていく。ぶっちゃけどういうことなのだってばよという感じだが、葉が劣勢だということは良く分かった。

『う、このままじゃ……』

『お願い、死なないで葉! あんたが今ここで倒れたら黒塚さんや海さんとの約束はどうなっちゃうの⁉ ライフはまだ残ってる! ここを耐えればラビットアクジョに勝てるんだから!』

 外野から影子の声が煩く響いた。アンタちょっと黙ってろ! 色んな意味で!


 ――で。


 あっという間に、デュエルは終わって、


『ま、負けました……』


 ――ほらな。


 青ざめた顔つきで、葉が項垂れている。

 試合の内容は良く分からなかったけど、頑張ったよお前は。知らんけど。

『まさか、あんな手を使うなんて……』

『僕も迂闊でした。あんな手に負けてしまうなんて……』

 どんな手なのかは良く分からなかったが、とにかく卑怯な手段を使われたってことは間違いなさそうだ。

『はぁい。坊ちゃん、残念だったわねぇ。それじゃあ、お約束通り――』

 ウサギ女はまたしても指をパチンと鳴らした。

 葉の身体が光り始めた。あとの描写は概ね、黒塚のときと同じ通り。

『うわああああああああッ!』

 いつものオトメリッサのときと同じような緑色のポニーテール。メンバーの中で一番大人びた身体だったからか、胸はいつも通り大きい。そして、黄緑色のハイレグに、またもや網タイツ。そして勿論、黒い大きな耳。

『それじゃあ、あなたも檻に入って頂戴ねぇ』

 そんなこんなで手下のバニーに檻に入れられる葉。

『あ、悪夢だ……』

『ところがどっこい……、夢じゃありません……! 現実です……! これが現実……』

 ウサギ女が嫌らしい顔つきで煽ってくる。本当にムカつくな、コイツ。

 残された海と灰神、そして翼の顔は穏やかではなかった。緊張が高まり、冷や汗がひたすら流れている。

『あとは男の子が一人に、女の子が二人、ねぇ。お嬢さん方は二人とも凄い漢気を感じるけど、生憎女の子をバニーに変えるのは面白味に欠けるのよねぇ。そういうわけだから、次はあなたが来たらどうかしらぁ?』

 そういって、ウサギ女は海さんを指名した。

『う、うむ……。こうなっては仕方あるまい』

 海さんはなんとか気持ちを落ち着かせながら、前に出た。

『さぁて、何の勝負をするかしらぁ?』

 海さんは目を閉じて、しばらく考え込んだ。相手はどんな手を使ってくるか分からない奴だからそりゃあ困惑するだろう。しかも二度も仲間がバニーガールになった姿を見せられているわけだし。

『ふっ、ならばチェスで勝負だッ!』

 ――チェスか。

 確かに、さっきの新年会でも圧倒的にチェス強かったもんな、海さん。流石理系といったところか。


 頭の良い海さんなら、いい勝負が出来るに違いない。


 ――ま、でも結果は分かっているんだけどね。

『いいわよぉ。あなたから先行で来なさい』

『あぁ……』

 体面にチェス盤を挟み、二人の勝負が始まった。


 ――数分後。


『チェックメイトよぉ』

 案の定、海さんは負けた。

 いや、本当に一瞬のうちの勝負だったわけだが……。


 あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!

 俺は奴がポーンを相手側の位置にたどり着かせたと思ったらいつのまにか金に成っていた……。  な……、何を言ってるのかわからねーと思うが俺も何をあったのかわからなかった……。頭がどうにかなりそうだった……。

 催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ…

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。

 つまり早い話、ウサギ女の勝手なルールで負けたということだ。

『卑怯だぞ、貴様ッ! 日本チェス連盟に訴えてやるからなッ!』

『言ったはずよぉ。ここでは私がルールだってぇ。っちゅうわけやぁから兄ちゃんも覚悟しときぃな』

 そうして、またしてもウサギ女が指を鳴らし、その後の描写は割愛。

 早い話が、海さんがまたしてもバニーガールにさせられてしまった。勿論、オトメリッサのときと同じような女性の姿で、胸はやっぱり大きい。

『く……』

 海さんは最早言葉が出てこなくなったみたいだ。

『ど、どうするんですかこれ……』

『ううむ、俺たち全員囚われてしまったからな』

『クソッ。あとは桃瀬に任せるしかないか……』


 ――ん?


「オイ、ちょっと待て」

 俺はふと気が付いた。

 桃瀬がここに来ているってことは? コイツはウサギ女と勝負したのか?

 勝ったなら全員が解放されているはずだし、負けたらコイツもバニーにされてしまっているはずだ。こうして俺を呼びに来たってことは、まさか……。


『あーあ、とうとうあなたたちだけになっちゃったわぁ。どうする? 来るのかしらぁ?』

『う、うん……、どうしよう……、影子さん』

『わ、私に聞かないでよ。流石に嫌よ、私バニーなんてガラじゃないし』

『僕も、流石に……。バニーはちょっと……』

『やめてくれ翼。その言葉は俺らに効く』

 海さんたちは既に涙目になりかけていた。

『あ、ごめんなさい。でも、このままだと……』

 物凄く揉めている。なんていうか、もうメチャクチャだ。

『さぁて、やんのか姉ちゃんらぁ』

 で、相手のウサギ女は更に歪んだような顔芸で煽ってくる。

『や、や、や……』

 ――や?

 翼がウサギ女を睨みつけながら、ゆっくり口を開いた。


『やってやるよッ! 僕らよりももっと、ずうううううっと凄い、凄腕の勝負師連れてきてやるんだからッ! 覚悟しろッ!』


 ――は?


『ほう、おもろいのぉ。それじゃあ、少しだけ待っててあげるから、その凄腕の勝負師さんとやらを連れてきて頂戴ねぇ』


 凄腕の、勝負師?

 まさか、それって――、


「おい、桃瀬。まさか、俺を呼びに来た理由って……」

 俺は傍らにいる桃瀬翼を思いっきり睨みつけた。

「うん、後はよろしくねッ! てへぺろッ!」

 舌を出したまま、にっこり微笑む桃瀬。


 ――うん、コイツ。


 とんでもないハッタリを、かましてきやがった。

 よりにもよって、今回一番役に立たない俺を、無駄に立てて。

「死ねエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」

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