第33話 「黄金井爪はどんな手を使っても勝ちたい②」

「メ。とりあえず、何が起こったのか記録してあるから見てみるメ」

 メパーの目からホログラフのような映像が流れる。なんだか奇妙な絵面だが、黙って観てみることにした。

 話は一時間ほど前に遡る――。

『ここよ。闇乙女族の気配を察知した場所は』

『ここは……』

 影子たちがやってきたのは、商店街の片隅にある、鼠色のビルの前。

 っていうかここって……。

『少し前まで古いゲームセンターがあったみたいだけど、半年ほど前に閉店したの。でも、どういうわけか最近ここに人が出入りするようになって、そしてそのまま戻ってきた人はいないっていう噂よ』

 やはり、あのゲーセンだった。まぁ、それはいい。

 問題は、コイツらの恰好なんだが――。

『どうでもいいが、灰神。何故わざわざこんな恰好を?』

 そう疑問を呈する蒼条さんの恰好は、紺色の派手なスーツに、サングラス姿。髪もオールバックに纏めていて、どこかのチンピラみたいだ――、というよりもそれにしか見えない。

『なんで僕まで……』

 葉の恰好も同じような深緑のスーツに、またもやサングラス。流石に無理ありすぎだろ。小学生だぞ、コイツは!

『はっはっは! 面白くなってきたぞッ!』

 黒塚の恰好はと言えば、ダボッとした派手な鯉口シャツに黄土色の腹巻。顔には特殊メイクで傷跡がついている。なんでコイツだけこんな古いスタイルなんだよッ! 無駄に似合っているけどさッ!

『いい? 今から私たちはこのゲームセンターに乗り込むの。この地域を仕切っている極道という設定でね』

 と答える灰神は、黒い着物に、上品に纏められた和髪になっている。あの短時間でよく準備できたな、とツッコみたいが黙っておこう。

『影子さんの極道のイメージ、絶対おかしいですよ』

 葉が泣きそうな声で項垂れる。そういやコイツ、本物の極道の息子だったっけ。

『こういうのは形から入ることが大事なの。あと、私のことは“女将”もしくは“姐さん”と呼びな!』

『おう! じゃなかった、へいッ姐さんッ!』

 黒塚だけはどうやらノリノリのようで、物凄い意気揚々と返事をした。

『さぁ、それじゃあ入るよ!』

『へい、お嬢ッ!』

 前言撤回。ノリノリなのは黒塚だけじゃなかった。

 翼は目を輝かせながら手を振り上げて階段を下りていく。そして、コイツだけさっきと変わらず振袖姿のままだ。お嬢っていう設定的に問題ないと判断したのだろうか。そもそもその設定って本当に必要なのか?

『ねぇ、ママー。なんか変な恰好した人たちがいるよ』

『あれは成人式にイキろうとしたら日にちを間違えてしまった馬鹿な人たちです! 関わっちゃいけませんッ!』

 遠くで親子が奇異の目で見ていることを歯牙にもかけず、一同はゲームセンターの中へと入っていった。


『いらっしゃいませーッ!』

 中に入ると、目が痛くなるぐらい煌びやかな内装が目についた。何やらスロットマシーンやら、緑色の台に並べられたトランプやら、これじゃあまるでカジノだ。更には、十人は超えるであろうバニーガールたちがお出迎えときた。

「こ、こんな、俺の、思い出の、ゲーセンが……」

 行きつけだったゲーセンがこんな状態になってしまい、俺は眩暈がした。闇乙女族め! 返せ、俺の青春時代を!

「だ、大丈夫? 爪くん……」

「あ、あぁ……」

 俺はなんとか体制を取り戻して、映像の続きを見ることにした。

『おいおい、姉ちゃんらッ! 誰に断ってここで商売しとんじゃいッ!』

 入るや否や、黒塚の怒声が店内に鳴り響いた。

『あら? お客さんじゃないんですかぁ?』

『お、俺らは、その、グレーゴッド会のもんだ! えっと、責任者呼べッ!』

 蒼条さんはぎこちない演技でバニーガールたちを睨みつける。うちらのチームの中で一番まともだと思っていた蒼条さんが……。このアホどもに付き合わなくていいんスよ、無理しないで。あとグレーゴッド会って何?

『かしこまりました。オーナー! お呼びですよ!』

 バニーガールの一人が呼び出すと、奥から誰かが出てきた。

『はぁい。何か御用かしらぁ?』

 オーナーと呼ばれて誰が出てくるかと思えば、コイツのバニーだ。が、他の連中とは姿かたちが違う。

 金色の派手なレオタードに、白い肌。というか、白すぎる。よく見ると肌にはびっしりと体毛が生えている。更には耳もカチューシャではなく、本当に生えている。

 コイツ、間違いない。闇乙女族だ――。

『貴様……』

 海さんたちも流石にたじろいだ。

『こんにちはぁ。私が当カジノのオーナー、ラビットアクジョですぅ!』

 ――やっぱそうだったか。

 ゴクリ、と唾を呑む音が聞こえてくる。

『き、貴様がオーナーか⁉ 誰に断ってここで商売しとんだッ⁉』

 少し緊張気味ではあるが、葉が凄みをつけて闇乙女族を睨みつけた。流石、ガチ極道の息子といったところだ。

『あらぁん、ごめんなさぁい。でもぉ、一応役所に届けは出してあるんだけどぉ』

 出してんのかよ! つーか受理すんなよ役所! 違法だろッ!

『姉ちゃん、ここはウチらのシマだってことは理解しとるか⁉ きっちりショバ代払ってもらうかんな!』

 もう一度、葉が睨みながら怒鳴りつける。

 すると、ラビットアクジョは突然『ふふふふ』と笑い出した。

『坊ちゃん、ヤクザごっこも大概にしときぃな! ウチはそういうふざけた真似が大っ嫌いなんやッ!』


 ――なんだなんだ?


 ウサギ女が顔を歪めて突然豹変しだしたぞ。ぶっちゃけ、葉たちよりもよっぽどヤクザしているし。

『オーナーこわぁい』

 他のバニーガールが怯えると、ウサギ女は表情を戻して、

『あらぁ、ごめんなさぁい。でもぉ、ここは暴力禁止なんですよぉ。破ったら、あなたたちもここで働いてもらうことになっちゃいますよぉ。この子たちのように、ね』

『この子たちのように? じゃあ、やっぱりここにいるバニーガールは……』

『そうでぇす! みーんな、このカジノにやってきたお客さんでぇす! ゲームに負けた代償に漢気をちょおおおおおっと貰って、ついでに欲望もちょおおおおおおおおおおおおおっとだけ貰って、今は店員として働いてもらってまぁす!』

 ――やっぱそのパターンか。

『私たち、一攫千金を夢見てここに来たんですけど……』

『もう稼ぐとかどうでもよくなっちゃって』

『今はここで働けるだけで幸せですぅ』

 欲望も奪った、ってことは、欲が無くなってしまったってことか。無機質にニコニコ笑うバニーガールたちが気味悪く思えてきた。

『そういうわけや。客やないんやったらとっとと帰りぃな! まぁ、ここまできたらタダで帰すっちゅうわけにはイカンがな』

 また豹変しやがった。顔を歪ませるウサギ女はにらめっこでもしているのかというぐらい気持ち悪い。

『なるほどな……。どうやら、こんな茶番じゃなくてギャンブルで勝たないことには立ち退くつもりはないようだな』

『話が早いやないかい。頭のええ奴は嫌いやないで』

 そこまで聞くと、灰神はふぅ、とため息を吐いた。

『やはり脅しで何とかなる相手じゃなかったみたいね』

『分かっているなら意味なかったですよね、この恰好』

『いや、屈してくれたらいいなー程度には思っていたけど。まぁ、これでも事前に下調べした上でここに来ているのよ』

『じゃあ、あの新年会の目的って……』

『そう。みんなの勝負力を試していたの。結果は一名を除いて予想以上だったわ。そういうわけだから今回彼は戦力外だけど、その分他の皆で頑張って』


 ――オイ、てめぇ。


『ふっ、仕方あるまい』

『極道ナメられたままじゃ恰好付かないですからね』

『はっはっは! 黄金井の分までいっちょやるかッ!』

 意気揚々と三人が前に出る。

「……で?」

 俺は一旦映像を観るのを中断して、翼を睨みつけた。

「と、とりあえず続きを見ようよ」

 冷や汗を流しながら、翼はまた映像の方を見た。


 なんとなく結果は察したが――。

 俺は嫌な予感を胸に秘めながら、続きを観ることにした。

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