第32話 「黄金井爪はどんな手を使っても勝ちたい①」

「はーい、あがり! 爪くんの負けーッ!」


 ――クッソムカつく。


 俺は十枚以上残った手札を床に叩きつけた。ニヤニヤと煽るような翼の表情が俺をどんどん腹立たしい気持ちにさせていく。

「しっかしまぁ」

「まさかねぇ」

「弱い、な。黄金井」


 ――うるせぇ!

 新年早々、嫌な気分にさせられた俺は床に寝転んだ。正直今すぐにでも帰りたい。

「ババ抜き、オセロ、ウノ、ジェンガ、ダイヤモンドゲーム……」

「全部最下位って、ある意味凄いな」

「わりぃかッ!」

 ったく、と俺は不貞腐れた。

 折角の冬休みでゆっくり出来るかと思ったら、いきなり翼のバカに「新年会やるからすぐに来て!」とか呼び出されて、来てみたらこういう頭の使うゲーム三昧かよ――。

 どうでもいいけど、翼はご丁寧にピンクと赤の振袖姿で現れやがった。曰く、「お正月だし、どうせ女の子になっているならこういうこともやってみないとね」だそうだ。似合ってはいることは認めるが、もう少しこう、恥じらうとかないのかコイツは。

「ここまで勝負事に弱い人は初めて見たわ」

 ――るせぇッっての!

 灰神にこう言われるのは更に腹が立つ。コイツが女じゃなければぶん殴っているところだ。

「お前、前に言ってたよな。『地元じゃ負け知らず』って」

「あれは喧嘩の話だ! だったらやるか、オイッ⁉」

「まぁまぁ、落ち着いてください」

 どこまでコイツらは煽ってくるんだ。普段俺が威張っているような態度をしているのが余程気に入らないのだろうか。

「さて、次は何の勝負する? 将棋? 百人一首?」

「ま、どれをやっても多分最下位になることはないだろうメ。爪がいる限りは、メ」

 メパーの奴が横目で俺の方を見てくる。ちなみに、メパーもゲームに参加している。つまり、俺はコイツに負けたってことだ。


 ――あぁ、もうやってらんねぇッ!


「帰る」

 俺は苛立ちがMAXになり、立ち上がった。

「ええッ⁉ もう帰っちゃうの⁉」

「こういう遊びは性に合わねぇんだよッ!」

「そう。お疲れ様」

「それじゃあ、今年もよろしくお願いします」

「気を付けて帰れよ」

「また新学期、学校でな!」

 ――コイツら。

 俺のことを引き留める気配もなく、飄々とした様子で見送っていく。

 マジでやってらんねぇ。俺は最大限に達した怒りをなんとか表に出さないようにしながら、灰神の家を出た。


 正直、今すぐにでもオトメリッサをやめてやりたい気分だった。



 しばらく、俺は外を歩き回っていた。

 いつの間にか商店街の外れの方まで足を延ばしていた。こないだのハロウィンとはまた様子が打って変わってはいるが、相変わらず人は多い。街中は門松やら注連縄やらの正月飾りに彩られていて、ちらほらと着物姿の人もいる。

 早いところは三が日から開店しているが、シャッターが閉じている店も多い。ここ数年で店舗の移り変わりも激しくなっているせいで、知らなかったような店がいくつも見かける。

 俺はふと、久しぶりに端っこにあるビルの前まで来た。

「もう、閉まっちまったんだな」

 鼠色のビルに聳える、地下へと続く階段。ここには昔、俺が通っていたゲームセンターがあったはずだ。

 ゲームセンターとはいっても、最新のゲーム機を取り揃えているような店じゃない。古い、レトロなゲームばかり備えられていて、カウンターには不愛想なオッチャンが独りで新聞を読みながら座っているだけの店だった。それでも俺は、ここの居心地の良さが好きで、中学の頃はダチ数人と一緒にここで格闘ゲームに明け暮れている日々を過ごしていた。

「ったく、潰れちまいやがって」

 様子を見ようとは思ったが、流石に階段を降りるまでの気分にはならなかった。


 ――あの頃は楽しかったな。


 懐かしい日々をふと思い出す。一緒に格闘ゲームをやったダチの中には、あの岡田もいたっけな。その頃はまさかアイツが女になるとか思いもよらなかったけどさ。

「格ゲーなら負けないんだけどな」

 ふっと苦笑いをこぼす。

 格闘ゲームとか、ス〇ブラとか、そういうゲームだったら絶対アイツらと対等に勝負できる気はする。だが、よりにもよって頭を使うようなアナログなゲームばっかやりやがって。これじゃあまるで俺がバカみてぇじゃんよ。

 俺はなんだかここにいてはいけない気分になってきた。


 ――それにしても、だ。


「なんだか、下が騒がしくないか?」

 気のせいかもしれないが、階段の下から微かに物音が聞こえてくる気がする。

 この店が閉店したのは半年以上前だったはずだ。もしかしたらどこかの業者が入っているのだろうか。まぁ、新年早々働き者すぎる気もしないでもないが。

 

 ――うん。


「気のせいだ」

 俺は気にしないことにした。

 ここにいても特別いい気分にはなれそうもない。とっとと別の場所で気分転換でもしよう。

 俺はそう思って、ゆっくりとその場から離れることにした。


「はぁ……」

 商店街から少し離れた、小さな神社。

 境内に俺は座り込みながら、近くの自販機で買った汁粉を一気に飲み干した。

 初詣の参拝客はほとんどいない。流石に三が日最終日にこんな寂れた神社に来る物好きは少ないだろう。

 これぐらい閑散としている場所の方がちょうどいい。家にいても姉貴たちにどやされるだけだし、静かに物思いに耽るにはもってこいの場所だ。

「あのゲーセンもなくなっちまったし、どんどん居場所がなくなるな」


 ――居場所、か。


 考えてみたら、俺は今まで自分が輝ける場所にしか身を置いていなかった気がする。喧嘩だって、ゲームだって、俺自身が勝てるから好きになった。要するに俺は勝てる勝負しかしていないのだ。

 俺にだって苦手なものは一杯ある。頭を使う遊びもだし、勉強だって、学校も――。

 そういうものが増えていく度に、俺の居場所はなくなっていく。いや、その場から逃げ出しているに過ぎないのかもしれない。負けた姿を誰かに見せるのは、馬鹿にされているような気分になるからだ。

「あぁ、クソッ!」

 今度は逆に自分自身に腹が立ってきた。

 翼たちは決して俺のことを除け者にしたわけじゃない。トランプで負けても、笑ってまたやろうと言ってくれる連中だ。居場所を退いたのは、あくまで俺自身だ。それぐらいは分かっているはずなのに……。

 

 ――ええい、俺らしくねぇッ!


 ひとまず気持ちを落ち着けようと、俺はふと周囲を見渡す。

「あれは……」

 神社の片隅に、おみくじを売っている場所があった。

 俺は立ち上がって、とぼとぼとそこまで歩いていく。巫女さんにお金を払い、俺はおみくじを一枚引いた。

「これぐらいは、いいのを引いてくれよ……」

 どういうわけか、掌が震えていた。おみくじを開こうにも躊躇してしまう。

 また負けてしまうのではないか。こんなもの運でしかないことぐらい分かっているのに、先ほどの新年会がトラウマになっている。

 ――クソッ!

 俺はおみくじを開こうか、ひたすら躊躇っていた。

 その時――、


「爪くうううううううううんッ!」

 神社の階段を急いで駆け上がりながら、俺のことを呼ぶ声が聞こえてきた。

「翼⁉ ってか、なんでここに?」

 慌てて俺の方へ走り寄ってきたのは翼だった。振袖と草履という姿で疾走してきたにも関わらず息を切らしている様子はない。相変わらずの体力オバケだな、コイツ。

「お、お前のことを探しに来たんだメ!」

 あ、メパーもいた。ついでに言えば、妹分のメタ子も横にいる。

「で、何しに来たんだ?」

「た、た、た、た、大変なんだよッ!」

「ま、ま、ま、ま、また……」

 ――まさか。

「俺のことを探しに来た理由って……」

「うん、闇乙女族がッ!」


 ――またか。


 毎度毎度、アイツらはどうしてこうも変なタイミングで現れるのか。

「で、他の皆は?」

「そ、そ、そ、そ……、それがッ!」

 なんだか翼の様子がおかしい。いつもよりも慌て方が違うような気がする。

「ヤバイことになったんだメ!」

「だからヤバイことってどういうことだ?」


「だから、だからッ! 他の、皆が、闇乙女族に負けて……」


 ――ゴクリ。


 俺は唾を飲み込んで、じっと翼のほうを見た。


「負けて、どうなったんだ?」

「負けて、みんな……」翼も俺の方をじっと見つめた。「みんな、バニーになっちゃったんだよおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 ――は?


 一体、どういうこと?

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