第31話 「蒼条海は聖夜に誓いたい④」
「よし、出来上がり! 俺特製のローストチキンとローストビーフ! やっぱクリスマスっていったらこれだろ!」
黄金井が得意そうな顔で料理を出してきた。
皿からは香ばしい良い香りが漂ってくる。チキンのほうは絶妙に艶やかな茶色が添え物のブロッコリーや人参と相まって綺麗だ。ビーフも赤い色の付き方が絶妙で、添えてあるマッシュポテトの白い色との色合いがこれまた綺麗だ。
「メ……、味見味見っと」
「あ、コラ!」
黄金井が抑止する間もなく、メパーが一切れ勝手に食べた。
「メ! これは……」メパーの顔が一瞬にして火照った「チキンの香ばしさに、塩コショウがいい塩梅で効いていて、口の中にジューシーな味が解き放たれるメ……。ローストビーフも肉汁がじゅわっと口の中一杯に広がり、柚子胡椒が利いたソースがいいアクセントになっていて……、至福だメェ……」
「あったりめぇだろ。てか、お前味覚とかあんのか」
「一応、ボクは人間と一緒の物を食べるように作られているメ」
――そうだったのか。
灰神の奴も無駄に凝った設定をするもんだ。
「おうおう、黄金井は肉料理か! 肉もいいが、野菜食え野菜ッ!」
今度はどこからか黒塚さんが大きな鍋を運んできた。
「ケッ、アンタ料理とかできんのかよ」
「はっはっは! あたぼうよ! 料理は化学、だからな! というわけで、俺特製の野菜ポトフとオニオンドレッシングのサラダ、おあがりよ!」
鍋の中には具だくさんのスープが入っている。その傍らにはレタスの緑とトマトの赤色が鮮やかな
サラダも並べられている。こっちも黒塚さんが作ったのか。
「メ、これも味見していいメ?」
「おう! 食え!」
メパーが恐る恐るスプーンにそれぞれ掬って口に入れる。そしてまたもや火照ったような表情になり、
「メ……、ごっつい兜からは想像もつかない優しい味わいだメ。暖かいポトフはコンソメの味で野菜の甘みを上手に引き出して、塩も上手に控えめにしているメ。オニオンドレッシングのサラダはピリッとドレッシングが利いていて、それがキュウリやトマト、レタスのさっぱりした味をそれぞれ引き出しているメ。これまた至福だメ……」
「はっはっは! 恐れ入ったか! いつもトレーニングの後に作っているからな!」
――なるほど。
二人とも料理はそれなりに出来るみたいだ。
「皆さん料理上手で凄いです。僕はお菓子なら、と思ってブッシュドノエルとカスタードプディングを作ってきました」
葉が差し出したのは丸太の形をしたケーキと、カップに入った黄色いプリン。
やはりというか、メパーが少しだけ欠片を口に頬張り、そしてまたもや顔が火照りだした。
「メ……。チョコレートの甘みが隠し味のラズベリーと絶妙にマッチしていて、口の中を舞踏会に変えていくメ。プリンもまた、カラメルソースの苦味が卵本来の優しい甘さと冷たさにアクセントを加えていて、これまた至福だメ……」
「植物たちは教えてくれました。『甘さは優しさ。与えすぎてもなさすぎてもダメだ』って」
そんなに旨いのか。デザートも楽しみになってきた。
「ねぇ、メターちゃん」
「なぁに? 影子」
「もしかして、オトメリッサのみんなって女子力高い?」
「うん。影子、ボロ負けだよ!」
メターに諭され、灰神は落胆した表情を浮かべた。
「みんな凄いなぁ。僕なんかおにぎりと卵焼きぐらいしか作れなくて……」
そう桃瀬が言うと、灰神は少しだけホッとした様子で、
「そ、そうよね。記憶喪失の桃瀬くんが料理なんて……」
「あまり上手くできなかったけど、召し上がれ!」
桃瀬が差し出したのは、白の中にピンクや緑、紫の粒が入ったおにぎり。形はハートや星など様々に握ってある。そして、綺麗な渦の形を巻き上げた伊達巻き。
「こ、これは……」
メパーが案の定、一口ずつ食べた。
「メ……。おにぎりは絶妙に口の中で御飯がほろりとほぐれて、具の微かなしょっぱさがどことなく懐かしさを思い出させるメ。卵焼きも葉のプリンに負けないほど卵の甘みが口に広がり、出汁の香りが鼻腔に広がって、田舎の実家を思い出させる味わい、マジ至福だメ……」
どうやらこれも旨いみたいだ。コイツの実家はここだというツッコミはやめておくとして。
「良かった、口に合ったみたいだね」
「それはいいが、お前のその格好……」
俺はふと気になって桃瀬に尋ねる。
コイツの格好は赤いサンタの帽子に、これまた赤いケープに赤いスカート。丈がそこそこ短いのが気になるところだが。
「あ、これ? クリスマスだから折角だしね。さっきの闇乙女族見たらなんかやりたくなってド○キで買ってきちゃった」
あぁ、それでか。アイツの格好がまさかの伏線になるとはな。まぁ、割と似合っているほうだから問題はないと思うが。
「ぐぬぬ……、そういえば蒼条くんは? もしかして、何も作っていないの?」
――こっちに来たか。
「いや、俺も作っている。今、オーブンで――」そう言うと、キッチンのほうからチーンという音が聞こえてきた。「おっと、どうやら出来たようだな」
俺はキッチンに行き、ミトンを手に装着してオーブンから料理を取り出した。ミトン越しに料理の熱が手に伝わってくる。
うむ、上手くいったみたいだ。我ながら香ばしい匂いに頷いてしまいそうになる。
「もしかして、蒼条くんも?」
「今焼けた。サーモンとホタテのグラタンと、エビのトマトピッツァ。熱いから気をつけろよ」
俺は料理をテーブルに置いた。どうせ食べるだろう、と思い、少しだけメパー用のを小分けにしておく。
「メ……これは!」メパーは小分けにした料理を食べた「ホワイトソースのふんわりした塩味、サーモンの塩味とホタテの甘み。チーズのトロリとした食感が口の中一杯に広がるメ。ピッツァもサクサクした食感の後にトマトソースの酸味が来て、それがプリッとしたエビの味を引き出して、バジルの香りが鼻腔を突き抜けて……至福だメ……」
うむ、どうやら俺の料理もメパーの口に合ったようだ。
そして、灰神はと言えば……、
「ワタシ、リョウリ、デキナイ、オンナトシテ、ジシン、ナクシタ……」
――うん。
そっとしておこう。
と、思った矢先、玄関からピンポーンと呼び鈴が鳴る音が聞こえた。
「来たかな?」
「来たようだね」
「蒼条、迎えに行ってこい!」
――全く。
俺は言われるがまま、玄関に出迎えに行った。
「よう」
「あ、こんばんは……」
そこに立っていたのは、マフラーを巻いて寒そうにしている川辺だった。
そう――。
闇乙女族を倒した後、俺はふと目が覚めた。
川辺が心配そうに俺を介抱してくれていた。どうやら彼女にとっては俺が逃げている途中で敵に気絶させられていたと思っているみたいだ。
そこに他のメンバーが変身を解いた状態でやってきた。そして、
「良かったら、川辺さんもパーティやろ!」
と、空気の読めない発言を翼が発してきた。
最初は当然戸惑った川辺だったが、成り行きなのか「はい」と答えてしまい、こうしてわざわざ来てくれたというわけだ。
ちなみに、後で知ったのだが他の卵を植え付けられた女性たちは全員無事みたいだ。何気に被害者を完全にゼロにできたのは今回が初だ。敵の特性のおかげではあるが、結果オーライだし少し誇らしい気分だ。
「でも、良かったの? 確か、蒼条くんが研究で個人的にお世話になっている先生の家なんでしょ? 私が来ても……」
「構わん。他に来ているのがその親戚の男ばっかだ。少しぐらい華があったほうが盛り上がるだろう」
俺はそう言って、パーティを行うリビングへと案内した。
「いらっしゃい!」
「ど、どうも……」
「ねぇねぇ! この料理見て! これ全部僕らで作ったんだよ! あ、そのグラタンとピザは蒼条さんが作ったの!」
「へぇ、美味しそう! 蒼条くんって料理できるんだね」
「ま、まぁな。ていうか、お前らはしゃぎすぎだ!」
――全く。
今年もこうやって終わるのか。
「楽しそうな人たちだね」
「スマンな。うるさい奴らばっかで」
「でも親戚の男ばっかって言っていたけど、女の子もいるよ」
おっと、そうだった。桃瀬は女になっていたことをつい失念していた。
「ま、まぁそれは置いといて……」
「ふふっ。でも、二人だけで静かなクリスマスもいいかなって思ったけど、皆で賑やかなのも悪くないね」
――そういうものか?
いつもは一人で研究室に籠っているか、レポートを書いているかの俺。
そんな自分の人生が変わったのは、オトメリッサを始めてから。
――あぁ、そうか。
俺はいつの間にか、これが当たり前になっていたのかも知れない。誰かが傍にいる、それがごく自然なことなのだと。
俺はふっと、微笑んだ。
「絶対、守ってやるからな」
「えっ……」
俺がぼそりと呟くと、途端に川辺は顔を赤く染めた。
――守ってやる。
この、平穏な日々を。
そして、俺たちの仲間を。
俺は心の中で誓った。
まだまだ戦いは終わらない。だが、いつか絶対に終わらせてやる。
その時はまたこうして、盛大にパーティをやろう。
「なんか、今日の蒼条くん、いつもと違うね」
「そう、か?」
「うん。っていうか、最近変わった。すっごい良い意味で、ね」
川辺はウインクを俺に投げかけた。
――変わった、か。
俺は気が付かなかったが、そう言われて悪い気はしない。
女に変身するのはまだ慣れないが、こういうのも良いのかも知れないな。
「ありがとう、――リッサさん」
――えっ?
今、川辺、何て言った?
「えっと、川辺……」
「さぁ、パーティ楽しもう! 今日は飲むよ!」
川辺の意気揚々とした態度に、俺は「お、おう……」と戸惑うばかりだった。
「っていうか、今回珍しく真面目な話だったね」
「そういうこと言わないの。それよりも、みんな!」
「「「「「「「「「メリー・クリスマアアアアアアアアアスッ!」」」」」」」」」
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