第29話 「蒼条海は聖夜に誓いたい②」
十二月二十四日、午後四時半。
公園にはたくさんの人間で賑わっていた。家族や数人の友人連れみたいなのから、明らかに恋人同士のような男女たちが半分以上を占めている。
俺は寒さで凍えた掌をはぁ、と吐息で暖めながら大時計の下で佇んでいた。川辺はまだ来ない。アイツの時間のルーズさには呆れるほどだが、五時に待ち合わせであることを考慮すればまだ来ないのは当然なのかも知れない。
「今のところ、闇乙女族らしき情報は何もない、か」
あれから特に奴らは目立った動きを見せている様子はないようだ。前回のハロウィンのような、あからさまな予兆はない。心配しすぎなのかも知れないが、用心しておくに越したことはないだろう。勿論、このまま何も起こらないのが一番なのだが。
「お待たせ、蒼条くん!」
ようやく川辺が姿を現した。彼女は寒い中、白い吐息を荒げながら急いでこちらに走ってくる。
「遅いぞ、川辺」
「もう! 蒼条くんが早すぎるんだよ!」
それは否定しない。自分でもそんな気はしていたところだ。
「で、どこへ行くんだ?」
「あ、うん。もう少ししたら一斉にイルミネーションが点灯するから、ゆっくり歩きながら見て回ろう!」
もう少し、か。
公園内は少しずつだがイルミネーションが光り始めている。十二月だから既に日もかなり落ちていて暗くなっている。
それにしても、だ。
「寒い、な」
「そうだね、寒いね」
そう言いながら川辺はぎゅっ、と俺に身体を押し当ててきた。
「何のつもりだ」
「あ、ごめん。嫌、だった?」
「ったく。そういうのはだな……」
「あっ!」俺の発言を遮って、川辺が何か言ってきた。「イルミネーション、点灯するよ!」
川辺が合図するとほぼ同時に、公園内の電飾が一斉に明かりを灯った。暗くなってきたのも相まってか、光の濃さがより一層際立って見える。
「うわぁ、凄い!」
「あ、あぁ。確かに凄いな」
思わず俺は圧倒された。ただの電飾だと思っていたが、これほどまでに惹きつけられるものだとは思わなかった。
雪だるま、クリスマスツリー、サンタとトナカイ――。様々な形に彩られた公園内に、次々と人が集まっていく。俺たちはゆっくりと公園内を見て廻って、その都度川辺のスマホで撮影もしていた。
――悪くないな、こういうのも。
いつの間にか雰囲気に飲み込まれている自分がいた。寒さが強くなってきたが、それを忘れてしまうほどに楽しんでいる気がした。たまにはこういうのもいいのかも知れない。
「どう? 来てよかったでしょ?」
「う、む……。予想以上だったな」
「もう! 素直じゃないんだから!」
川辺がふふふ、と微笑む。何をそこまで笑うことがあるのだろうか、とは思ったが、俺も思わず釣られてふふ、と微笑みかけた。
ふと、近くにいる二人の男女に目が行った。女性の方は手に何やら赤い箱を持っている。しかもご丁寧に緑のリボンでラッピングされている。
「ねぇねぇ、さっきのペンギンに貰ったこれさ、何が入っているんだろうね?」
「どうせその辺の商店の粗品とかだろ? あんまり期待するなって」
――ペンギン?
その瞬間、今まで和気藹々としていた気分から一転、一気に嫌な予感に襲われた。まさか、と信じたくないところではあったが……。
その時――、
俺がなんとなく奥の方に目を向けると、
「そこのお熱いお二人さん、オラがクリスマスプレゼントあげるッペン」
――なんかいた。
あからさまに、怪しげな生き物が。公園の奥の方に。
赤いサンタ服と帽子を被った、俺の脚の大きさぐらいしかないペンギン。白い大きな袋の中から次々と赤い箱を取り出して、道行く男女に渡している。
「ペンギンさーん、ボクにも欲しい!」
小さな子どもがペンギンに近付いていった。
「ダメだッペン! このプレゼントは恋人同士じゃないとあげられないッペン!」
「何だい、けちぃ!」
子どもはバツが悪そうにプイッと踵を返して親元へと戻っていった。
恋人同士じゃないと渡せないプレゼント。ますます怪しいな。
さて、どうしたものか――。俺がなるべく奴と目を合わさないように思案を巡らせていると、
「あ、ごめん。ちょっとお花摘みに行ってもいいかな?」
川辺が突然、もじもじとしながら恥ずかしそうに言ってきた。
「お花……?」
あぁ、そういうことか。一応それぐらいの意味は俺でも知っている。
ナイスタイミングだ、川辺――。
俺は「行ってこい」と促した後、そそくさと走り去る川辺を見送った。そして彼女の姿が見えなくなった後、俺は再び視線をペンギンに戻し、ゆっくりと奴に近付いた。
「おっ、そこのお熱いお二人さんも……」
「――待て」
俺は腕を組みながら仁王立ちし、ペンギンを思いっきり見下ろした。
「な、なんだ君はッペン! お、オラに何か用だッペンか?」
「しらばっくれるな、ドン〇ホーテのペンギン」
「オラはド〇キホーテのペンギンじゃないッペン!」
「どっちだっていい。貴様、闇乙女族だな」
俺はわざと低い声で言い放った。
ペンギンはギクッと明らかに血の気が引いた表情で、俺の方を見てくる。
「な、何のことだッペン?」
「とぼけても無駄だ。何を企んでいる?」
「い、いやいやいや、オラは人畜無害な、ただのペンギン――」
「ペンギンは喋らん」
「そういう常識言うとモテないッペン」
「モテる気などさらさらない。それよりも、お前は闇乙女族か? 正直に答えてもらおう」
するとペンギンは「ペペペ」と突然不敵な笑みを浮かべた。
「バレちゃあしょうがないッペン」
「やはり、貴様……」
「お前の想像通りだッペン。オラは闇乙女族のエンペラーペンギンアクジョだッペン」
――やはりか。
思った通りだった。ただ、海洋生物学を専攻している俺でもコイツのペンギンの種類までは全く分からなかったが、それはどうだって良い。
「また漢気を奪おうとしているのか? 大方、先ほど配っていたプレゼントに何か細工でもしてあるのだろう」
「ペペペ、そこまで分かっているとは、やはりお前は……、噂のオトメリッサだッペンな」
成程、俺たちの情報も奴らの仲間内にある程度は出回っているようだな。
「そうだと言ったら?」
「ここで始末をしてやる、と言いたいところだッペンが、ちょうどいい。仕込みが完了したところだから良いものを見せてやるッペン」
――仕込み、だと?
そんなものさせるものか、と俺が構えた瞬間だった。
「蒼条くーん! お待たせ! って、あれ? 何そのペンギ……」
タイミング悪く、川辺が戻ってきてしまった。
「おい、川辺! すまないがあっちに……」
「ペペペ、いいところに来たッペン」エンペラーペンギンアクジョはにやり、と微笑み、「我々が狙うのが男だけだと思ったら大間違いだッペン!」
そういって、エンペラーペンギンアクジョは手に持った大袋の口を川辺に向けてきた。
――マズい!
「川辺! 逃げろ!」
「えっ……?」
と、俺が呼びかける間もなく、
ビュンッ!
何かが袋から発射されてしまった。
「きゃあッ!」
「ぺぺぺぺ、喰らったようだッペン」
川辺はその場にいきなり蹲ってしまった。
「貴様、川辺に何をした⁉」
「その女の腹をよく見るッペン」
俺は言われるがまま、川辺の腹を見た。
何か楕円形の白い物体がそこに貼りついている。大きさはラグビーボールよりは少し小さい程度か。それを川辺は抱えたまま地面に膝をついている。
「くっ、何だこれは……。離れろ!」
「い、いたッ!」
俺は無理に引き剥がそうと試みるが、楕円形の物は川辺に引っ付いたままだ。引っ張るたびに川辺は痛そうに苦悶の表情を浮かべる。
「甘い甘い、子どもがドリンクバーでふざけて混ぜたジュースより甘いッペン! その卵は女の腹から引き剝がすことはできないッペン!」
「き、貴様……」
「さぁ、ショータイムだッペン!」
その瞬間――、
「きゃあッ!」
「うわあああッ!」
「ぎゃあああああああッ!」
一斉にボワン、という破裂音が辺りに轟く。どうやら先ほどのプレゼントが突然爆発したらしい。
そして、その爆発と共に現れた白い煙が薄れていくと、
「い、痛い……」
「何これ、卵?」
「おいおい、俺の子……じゃねぇよな」
カップルの女性たちが川辺と同じように白い卵を腹に抱えたまま蹲ってしまった。
男性たちはそんな女性を心配そうにしゃがんで介抱している。
「一体、何を……」
俺が川辺から離れてエンペラーペンギンアクジョに近付こうとした瞬間、
ビリッ!
と全身に強烈な痺れが奔った。
「ペペペ、こうなった以上、その女からは離れることはできないッペン」
「なん、だと……」
「いずれその女はペンギンアクジョとなり、腹に抱えた卵を今度はお前ら男の腹に植え付けるッペン。そうしたら今度は二人で番となり、次第にお前の漢気もどんどん奪っていくッペン。やがてお前らカップル、そして産まれた子ども、全てがオラと同じエンペラーペンギンアクジョとなって地上はエンペラーペンギンアクジョに埋め尽くされるッペン!」
そういうことか。
「随分まどろっこしい真似を……」
「ペペペ、将を射んとする者はまず馬を射よ、漢気を奪うならまず伴侶となる女性も狙え。時間は掛かるが我々の仲間も増やせて、漢気も吸い取ることができ、更にはクリスマスでいちゃついているリア充どもを殲滅させられる、一石三ペンギンだッペン!」
最後、少し本音が混じっているような気がしたが……。そんなことを気に掛けている場合じゃない。
このままでは俺だけではなく、他のカップルも、そして――、
「蒼、じょう、くん……」
川辺が更に苦悶の表情を浮かべている。
折角のクリスマスを、台無しにさせてなるものか!
「大丈夫だ、川辺。俺が何とかしてやる」
「ペペペ、どうするつもりだッペン?」
エンペラーペンギンアクジョが挑発してきた。
が、俺のやることは決まっている。
「川辺から離れることができないのであれば、ひとつしかあるまい」
「う、うう……」
――待ってろ、川辺。
「川辺。少しだけ、目を瞑っていてくれ」
「え、だって、でも……」
「俺を信じろ」
俺が力強く言うと、川辺は分かった、と言って目を閉じた。
川辺から離れることができないのであれば――。
この場で変身して戦うしかあるまい!
「オトメリッサチャージ、レディーゴー!」
俺はブレスレットを掲げて、なるべく川辺に聞こえないように小声で叫んだ。
その瞬間、ブレスレットから光が溢れだして俺の身体を包み込んだ。
水色に変化した光の粒が、俺の身体を包み込んでいく。段々、胸が痛くなるが、しばらくして重いという感触へ変化していく。尻もどことなく大きくなっていく。
髪が一気に伸びていき、絡み合いながら、右側のほうへ結ばれていった。
服も光の中で、変貌を遂げていき……、
やがて、光が消えた。
「溢れる知識の海、オトメリッサ・マリン!」
変身を終えた俺は、エンペラーペンギンアクジョを思いっきり睨みつけた。
「ぺぺぺ、変身したッペンか」
「覚悟しろ。貴様だけは絶対に許さん! 今まで出会った闇乙女族の中でも、一番腹が立つ」
「ほう、だったらどうするッペン?」
「こうするに決まっている。漢気解放ッ!」
奴の挑発めいた態度に気持ちを抑えながら、俺は叫んだ。
その瞬間――、
俺の右手に青白い光が集まる。そいつは何か細長い棒のような形を作っていったかと思い、しばらくすると一本の槍が出来上がった。
俺は手に持った槍の先端を相手に向けた。
「魔法少女オトメリッサとして、貴様を絶対倒す!」
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