第26話 「桃瀬翼はハロウィンを楽しみにしている③」
……。
う、ん……。
「こ、ここは……」
重たい瞼を必死でこじ開けながら、僕はゆっくりと上体を起こす。
ぼんやりとした視界が次第にはっきりしてくる。いかにも高貴そうな花の良い匂いがしてくると思ったら、目の前に黄色と白の花が咲き誇る花壇が広がっていた。
そして、その後ろに聳えるのは、まるで童話に出てくるかのような、巨大な城。うちの学校よりもずっと大きく、中央には巨大な時計がこれ見よがしに備え付けられている。
僕はしばらくその城をじっと眺めていた。
「う、うぅぅぅ……」
どこからか低い声が聞こえてきた。
ふと近くを見ると、爪くんがうめき声を挙げながら眠っている。いや、気絶していると言った方が正しいだろうか。
「爪くん、爪くんッ!」
「うぅぅう……」
揺さぶって起こそうと思ったけど、起きる気配がない。
仕方がない――。
僕は懐から、エナジードリンク「レッドベル」を取り出した。後で飲もうと思ってずっと持っていたけど、ここはこう使うしか……。
「ちょっと失礼」
僕はレッドベルのプルタブを開け、そして爪くんの口元に近付ける。少しだけ口が開いた瞬間を見計らい、一気に中身を口内に流し込んだ。
「あがががががががあッ!」
突如爪くんの目がガッと開き、おもむろに跳び起きた。
「あ、やっと目が覚めた」
ごくん、と一気に爪くんは飲み干し、僕を睨みつけながら口元を拭った。
「ゲホッ、ゲホッ! お前、何してくれてんだッ! てか、なんの伏線もないアイテムを、ゴホッ、いきなり使うなッ!」
「だって、爪くんなかなか起きないんだもん」
「ゴホッ、だからってな、ゲホッ、やりかたってもんが、ゴホッ!」
どうやら完全にむせたみたいだ。そりゃそうなるよね。良い子は絶対に真似をしないようにね。
「それよりもさ、これ……」
僕は目の前に聳える城を指さした。
「なんだこれ? 城、か? 一体、なんでこんなところに……」
「分からないけど……、もしかしたら、行方不明になった人たちはこの中にいるのかも知れないね」
「だろうな。探すしかない、か……」
「だね。でもその前に……」
一応、僕は手に持った缶が邪魔なので中身を飲み干した。
「おい、それってもしかして間接キ……」
そこまで言って、爪くんは顔を赤くしながら黙り込んだ。ちょっとだけその様子が気にはなったけど、とりあえず先に進むしかないようだ。
僕たちは恐る恐る、城の中へと入っていった。
外の絢爛な雰囲気の期待を裏切らず、中は煌びやかな大広間が広がっている。だけど、入っていきなりこんな部屋って造りがあまりにも雑すぎじゃないか……?
僕が戸惑っていると、部屋の傍らに他の人間が二人ほどいることに気が付いた。
「あれは……」
見覚えのある海賊姿の男たち。間違いない、僕らをナンパしてきた奴らだ。
とぼとぼと何かに引き寄せられるかのように前に進んで行き、途中で立ち止まった。ボーッと、魂が抜けたかのように両腕をだらしなく垂らしながら虚空を見上げて、特に何もない場所でじっとしている。
「ようこそ、いらっしゃい……。今宵は舞踏会を楽しんでいってくださいな」
どこからか、女性の声が聞こえてきた。
「おい、あれ……」
「しっ……」
僕は爪くんの声を遮った。
しばらくじっと眺めていると、奥の方から黒いローブの女性が現れた。魔女、みたいな恰好で、頭には三角帽を深く被っている。そして、その顔には……、何故か、カボチャのお面を着けている。
「さて、それじゃあ御召し物を着替えませんとね。舞踏会にふさわしい、素敵なドレスに、ね……」
そういって女性は指をパチン、と鳴らすと、突然二人の男の身体が光りだした。
次第に彼らの身体がふくよかになっていく。いや、服がモコモコと膨れだしている。地面に擦れそうなほど大きなスカートに、胸元が開いたドレス。頭には銀色に輝くティアラが着けられている。
あっという間に、二人の姿はガラの悪い海賊から美人のドレスの女性へと変貌してしまった。
「さぁ、こちらへどうぞ……」
女は二人を奥の部屋へと案内していった。
「やっぱり、闇乙女族かよ」
「どうやらそうみたいだね。とりあえず、ついていこう」
僕たちは先ほどのローブの女が向かった先へついていった。
いかにも、というほど大きな扉がそこにはあった。
ごくり、と僕は唾を飲み込んで恐る恐る扉を開けた。扉はゴゴゴ、と重くて鈍い音を立てながらゆっくりと開いていく。
「これは……」
扉の先には、大きなダンスホール。豪華絢爛なシャンデリアの光が目に痛いほど部屋を照らしている。
そして、その中にいるのは数人のドレス姿の女性……。
「あら……」
「まぁ……」
「新しいお客様だわ……」
彼女らは僕たちの姿に気が付いたのか、嬉しそうに微笑んでいる。
その中に、先ほど見かけた元海賊の女性がいることに気が付いた。ということは、他の人たちも……。
「いらっしゃい。まぁ、これは可愛らしいシンデレラと王子様……」
艶やかな声と共に、カツ、と足音が聞こえてきた。
と、同時に――、シュン、という音が鳴り響き、僕たちの両手両足が何かに縛られた。
「ぐっ……、なんだこりゃ」
四肢を拘束しているのは、緑色の蔓だった。その先を目で辿っていくと、そこに現れたのは――、
「手荒な真似をしてごめんなさい」
部屋の中からあのカボチャ魔女が現れた。仮面のせいでなんだか不気味な雰囲気だ。
「てめぇ、やっぱり闇乙女族か?」
「そんな乱暴な言葉遣いは似合わなくてよ。うふふ……。でも、そうね。その質問にお答えするのであれば、答えは『イエス』、です」
「ここにいる人たちは、もしかしてみんな……」
「ええ。外の世界からご案内してきました。いずれも皆、素敵な『漢気』と『悪しき心』をお持ちの方ばかりで――」
「悪しき、心?」
コホン、とカボチャ魔女は咳ばらいを挟んだ。
「申し遅れました。わたくし、パンプキンアクジョと申します。以後、お見知りおきを」
「挨拶なんざどうでもいい! 俺たちを放しやがれッ!」
爪くんはパンプキンアクジョを睨みつけながら必死でもがく。が、全くちぎれる気配もない。
「下手にあがくとあなたたちの腕のほうがちぎれますよ」
「てめぇ……」
「ふふふ、いいですわねぇ。アナタ、他の人たちに比べると悪しき心は弱めですけど、漢気は充分……」
「弱めって何だ、弱めってッ!」
爪くん、そこは怒らなくていい気はする。
「そしてアナタ……」
パンプキンアクジョは今度は僕の方を見つめてきた。
「な、何……」
「ここに女性が迷い込んだと聞いたときは何事かと思いましたが、見た目によらずなかなかの漢気をお持ちですこと。それに、何かしら……。アナタの悪しき心……、これは、一体……。まさか、これほどのものを……」
何だろう? コイツが何を言っているのか全く理解ができない。
「何がしたいんだッ! てめぇはッ!」
「ふふふ、そうですね。では教えて差し上げましょう。わたくしは他の闇乙女族とは違い、ただの漢気に興味はありません。わたくしが欲しているのは悪しき心にまみれた漢気、なのです……。あのような催し物が行われることは非常におあつらえ向きでした」
「催し物ってハロウィンフェスのこと? 悪しき心と一体、何の関係が……」
と聞いたところで、僕たちはハッと気が付いた。
「そう、あのような大きなお祭りならば羽目を外して秩序を乱す者たちが大勢来ると思いましてね」
「それであそこから悪い人だけを攫ってきた、と」
「……なまはげか、てめぇは!」
うーん、その例えはなんか違う気がするけど……。
「彼らに催眠を掛けて馬車でこちらに連れてきて、漢気を抜き、そして素敵な淑女へと変貌させ、永遠に舞踏会で踊ってもらうのです。そして、その間に残った漢気と悪しき心を吸いつくすのです。素敵でしょう? 外の世界ではどうしようもない悪を更生させるのですから」
確かに、そういうと聞こえはいいかも知れない。
「ん~、だったら今回は放っておいてもいいのかな」
「いやダメだろッ!」
爪くんに怒られた。
「ふふふ、あなた方の漢気は最後のお楽しみとしましょう。あぁ、申し上げておきますが、変身しようなどと思わないことですよ。この城、いや、この空間自体が漢気を常に吸い上げていますから、解放しようとしても一気に吸いつくされるだけですよ。ねぇ、『オトメリッサ』さんたち」
バレていたか。
僕はぐっと堪えた。このままじゃ、戦うこともできない。
「それでは、しばらくは舞踏会をご覧あそばせ……」
そう言うと、部屋の照明が一気に点いた。
同時に部屋の中に何人ものドレスの女性が現れる。恐らくは外の世界から連れて来られた男性たちだろう。
「こんばんは」
「素敵なダンスを……」
「皆様、心行くまで踊りましょう」
彼女らが次々とタキシード姿の者と手を取り合っていく。よく見たら、ドロなんとかがタキシードを着ているだけだけど。
そうして、優雅な音楽が部屋の中に鳴り響いた。
舞踏会が始まった。華麗なダンスが僕たちの目前で繰り広げられていく。ドロなんとかと悪さをしていた男性だとはとても思えないほど、煌びやかで幻想的な空気だった。
「クソッ、放せ……」
爪くんはまだ必死にもがいている。
どうしよう……。
このままじゃ……。
僕は必死で唇を噛み締めながら、ただひたすら舞踏会を眺めているしかなかった。
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