第25話 「桃瀬翼はハロウィンを楽しみにしている②」
そんなこんなで、あっという間にハロウィンフェス当日。これでもかというほどに晴天で、絶好のハロウィン日和だ。
商店街のあちらこちらには色んな仮装した人たちがまばらにいる。昼間だというのにお酒を片手に飲んでいる大人たちも少なくはない。
そして、僕たちはというと……、
「と、いうわけで、モチーフを統一して衣装を一新しました!」
「……なるほど」
腕を組みながらはぁ、とため息を吐いているのは海さん。群青色の甚平に腰蓑、そして手には長い釣り竿を持っている。
「はっはっは! なかなか似合っとるぞ!」
高笑いをしているのは黒塚先生。ちょんまげのカツラを着け、やたら派手な陣羽織に日の丸が描かれた扇子を持っている。そして極めつけに、額には桃が描かれた鉢巻が巻かれている。
「うぅ、なんでこんな恰好……」
顔を赤くして恥ずかしがっている葉くん。そりゃそうだろうね。何せ、赤い頭巾にスカート姿という明らかに女の子の恰好なのだから。手にはなぜか藁で編まれた篭を持っている。
「モチーフって、まさか……」
「そう。童話よ。いいでしょ! これなら老若男女問わずに分かりやすいし」
見たところ海さんが浦島太郎、黒塚先生が桃太郎、そして葉くんが赤ずきんちゃん、といった采配だろう。童話モチーフはまぁいいとして、どういうチョイスなのかは理解に苦しむ。
ちなみに僕は……、
「桃瀬くんもなかなか似合っているわよ。私の眼に狂いはなかったわ!」
うーん……。
その自信はどこから湧いてくるのだろうか。
「いや、似合っているな」
「はい……、綺麗です」
「おう、桃瀬なかなかいいぞ!」
どうやらみんなからの評判も上々みたいだ。
僕が着ているのは、水色のドレスに透明な靴。頭には金色に光るティアラも着けている。
「お姫様ドレス、作るの大変だったわ……。でも苦労した甲斐があったわね。シンデレラはやっぱり女の子の憧れよねぇ」
眼鏡を光らせて高笑いする影子さん。やっぱりこの衣装はシンデレラだったのか。
ついでにいうと、影子さんは魔女の恰好をしている。こないだ僕が着ていたやつをそのまま使っているだけなんだけどね。多分シンデレラに合わせたつもりなのだろう。
――って、あれ?
そういえば、爪くんは?
と、僕は辺りを見回してみる。
「おい、なんなんだ、この恰好は……」
あ、来た。
いつものように怒りとぶっきらぼうさを含めたかのような声でこちらのほうに向かってくる。
そして、その格好はといえば……、
「あらぁ、お似合いじゃない」
「うるせぇ。俺のガラじゃねぇだろこんなん!」
白いジャケットに、キラキラした装飾。首元にはこれまた白いヒラヒラのタイが垂れさがっている。
この恰好は、まさか……、
「やっぱり、可愛いシンデレラには恰好良い王子様がいなきゃね!」
「ふざけんなっての! こんなヒラヒラした衣装、着てられっか!」
「着てるじゃん、なんだかんだ言って。それとも前のサイなんとか人のほうがいいかしら?」
「……チッ」
観念したのか、爪くんは舌打ちだけしてそっぽを向いた。
そして、僕の方をじっと見つめる。
「……お前、男だった、よな」
「うん、こないだまで」
それだけ言って、爪くんはまたもやそっぽを向いた。そしてぼっそりと「……似合っているぞ」とだけ呟く。耳のあたりが紅くなっているけど、そんなに恥ずかしいのかな?
「ったく、なんで俺が……」
「いいじゃないですか、爪さん。僕なんか狼だったのが赤ずきんちゃんですよ。食べる方から食べられる方ですよ。差がえげつないです……」
泣きながらフォローを入れる葉くん。多分、あまりフォローにはなっていない気がする。
「ま、今日はあくまでも潜入捜査だけど、折角のお祭りなんだから一杯楽しみなさいね! もし万が一何かあったらブレスレットに話しかけたらメパーに繋がるから、それで連絡取って!」
「このブレスレット、そんな機能もあったんですね」
「メ! 実はあったんだメ」
へぇ、と僕は感心しながらブレスレットを眺めた。
「それじゃ、ここで一旦解散! さぁて、お祭りだしどこかで良い男でも――」
そう言って影子さんは去っていった。なんか邪な本音が漏れている気がするけど、まぁ影子さんだからなぁ。
「しゃーねぇな。とっととこんなこと終わらせて帰んぞ」
「おう! 気合入れていくかッ!」
相変わらず、黒塚先生の気合の入り方は違うな。
よし、僕も気合入れていくか!
なんてことを考えていると、
「あ、もしかして桃瀬さん?」
近くから女の子の声が聞こえてきた。この聞き覚えのある声は……、
「あ! マイちゃんにユアちゃん!」
クラスメイトの女の子の声だった。
振り向くと、そこには仮装した二人の姿がある。マイちゃんは黒い修道女の衣装、ユアちゃんは真っ白な天使の衣装。二人とも凄く似合っている。
「うわぁ、それってもしかしてシンデレラ?」
「桃瀬さんかああああわあああああああいいいいいいいいいいいいッ!」
えへへ、褒められちゃった。
なんだか僕は嬉しくなってしまう。元男だってことも忘れてしまいそうになる。
「おう、お前らも来ていたのか!」
「あ、黒塚先生! 桃太郎の恰好似合っていますね! いかにも日本一って感じで!」
「はっはっは! お前らもなかなかお洒落だぞ! 今日はお互い楽しもう! ただ、あまり羽目を外しすぎないようにな!」
「はーい、分かっています!」
流石黒塚先生だ。気さくな対応で上手いこと生徒たちの心を掴んでいる。普段の授業もなかなか分かりやすいし、実は結構人気のある先生なんだよな。
「それにしても……」
二人が今度は爪くんのほうをじっと見つめる。
「なんだよ」
「なぁああんで、黄金井がこんなところにいるの?」
「わりいかよ!」
「アンタ、こんなイベント全然来ないでしょ。文化祭の手伝いとかもサボりまくっているし」
「それに、何その恰好? 王子様とか、超ウケるんですけど!」
――あぁ。
これ、マズいやつじゃないかな?
ふと爪くんの顔を見る。仏頂面だけど、こめかみの辺りがピクピクと痙攣している。多分、相当怒りがこみあげている気がする。
「待って。シンデレラと、王子様……」
「もしかして、やっぱり黄金井と桃瀬さんって……」
「付き合ってねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッ!」
爪くんが全力で否定した。
「……と、とりあえず、俺は先に行っているぞ」
「ぼ、僕も……」
傍にいた海さんと葉くんがそそくさと立ち去った。居たたまれなくなったんだな、と僕は悟った。
さて、これどうしたもんか……。
と、そのとき、
「おっ、なんか可愛い子が一杯いるじゃん」
「そこの君らさぁ、俺らとハロウィウンフェス回らねぇ?」
声を掛けてきたのは、絵に描いたようなチャラい兄ちゃん。しかも恰好が海賊ときている。
「あ、その……」
「困るんですけど……」
「なんだよ、いいじゃんか! そこのシンデレラのお嬢ちゃんもさぁ……」
あ、僕もナンパに含まれているみたいだ。
なんか元男として複雑な気分だ。知らない人にこう言われるのは悪い気はしないんだけど、正直パスしたいところだなぁ。なんか頭悪そうだし。
「おい、てめぇら!」
間から爪くんが声を掛けてきた。
「あん? お前、何?」
「もしかして彼氏?」
「それはキッパリと否定しておくが、目障りだから失せろ」
爪くんはナンパ男たちを思いっきり睨みつける。流石、といった感じか、こういうときの爪くんは本当に頼りになるなぁ。
「んだとてめぇ!?」
「やんのかやらんのかどっちなんだい!?」
負けじとナンパチャラ海賊二名も睨み返してくる。
「ちょっと、黄金井……」
「流石にこんなところじゃマズいって」
マイちゃんとユアちゃんが心配そうな表情をしてくる。
考えてみたら、ここで下手なトラブルを起こしたら潜入捜査どころじゃなくなるかもしれない。折角こんな恰好までしたのに、ここでおじゃんにしてしまうわけにはいかない。
どうしよう、この状況――。
僕が少しオロオロと戸惑っていると、
「ほほう、なかなか面白そうなことをしているな」
背後から突然低い声がかなりの圧を掛けて襲ってきた。
「げ、なんだ……」
「俺はコイツらの担任だが……、何か用か?」
「い、いえ……」
腕を組み仁王立ちしている黒塚先生に、ナンパーズたちも流石にたじろいでしまう。
「話ならゆっくり聞こうじゃないか。今ならきび団子よりも美味いお菓子もあるぞ」
「け、結構です……」
「それじゃあ、俺たちは退散します!」
そう言って、ナンパ二名はその場から走って去っていった。
「先生、ありがとうございます!」
「やっぱ黒塚先生は頼りになりますね!」
「チッ、余計なことしやがって……」
爪くんはどこかバツが悪そうな顔をしているけど、とりあえずは助かった。
「はっはっは! ああいう輩は意外と小心者だからな! それじゃあ、俺はこれで!」
「はい!」
そう言って黒塚先生もその場から立ち去っていった。
「じゃあ、私たちも行くね!」
「黄金井、桃瀬さんに変なことするんじゃないよ!」
「しねぇよ、馬鹿!」
はぁ、とため息を吐く爪くんを後目に、マイちゃんとユアちゃんも立ち去っていった。
「ったく……」
「そ、それじゃあ僕たちもそろそろ……」
と、僕はふと商店街の横道のところに目が行った。
そこにいたのは、先ほどナンパしてきた二人組の姿だった。
「あの二人……」
遠くに逃げたかと思っていたけど、案外すぐ近くにいた。また何かやらかすのではないか、と思ったけど、どこか様子がおかしい。
二人とも両腕をだらんと下げ、ゆっくり一歩一歩、裏路地の奥の方へ歩いていく。先ほどの威勢のよさはどこへいったのか、まるで生きる屍みたいだ。
「おい、アイツらの様子、なんかおかしくねぇか?」
どうやら爪くんも気付いたみたいだ。
「うん……、ちょっと探ってみよう」
「おう」
珍しくやる気になった爪くんと共に、僕らは裏路地のほうへ向かった。
賑わっている表と違い、昼間なのに薄暗くて閑散としている。特に人の気配もないし、変わった様子もない。
「なんでこんなところに……」
「おい、待て」爪くんが真剣な顔で話しかけてきた。「あの二人の姿がどこにもないぞ」
――あっ。
そういえば、と僕は気が付いた。
「気を付けていこう。もしかしたら……」
と、僕が言おうとした瞬間、
「あれは何だ?」
爪くんが路地の奥の方を指さした。
「あれ、は……」
淡く光る巨大な物体がそこにあった。丸いフォルムだけど、どこか歪な形。カボチャだ、と気が付くのにそう時間は掛からなかった。そして、その先端に馬が二匹繋がっている。
「カボチャ?」
「あれって、馬車じゃ……」
その瞬間――、
「またも、見える子が来たみたいね。いらっしゃい、特別な、『舞踏会』へ……」
どこからともなく妖艶な声が聞こえてきた。
と、同時に、
「あ、れ……」
「な、急に、ねむ、く……」
突然、身体のコントロールを失うかのように睡魔に襲われた。
そして、僕たちは一歩一歩、自然に前に歩き出していく。
目の前に聳えるカボチャの馬車に、まるで吸い寄せられていくかのように――。
「さぁ、素敵な時間を楽しみましょう」
そんな声が耳に残るが、既に僕の意識は朦朧としていた。
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