第24話 「桃瀬翼はハロウィンを楽しみにしている①」
なんだかんだで僕が女子生徒としてこの学校に通い始めて、もう一ヶ月が経とうとしていた。
「ねぇねぇ、桃瀬さんって、こないだ陸上部でまた新記録出したんだって?」
「うん……、まぁあの日はそこまでコンディションが良くなかったんだけどね」
「えええええええッ⁉ あそこまでの記録はうちの陸上部初だよッ! みんな凄い期待しているんだから、もっと誇りに思っていいよッ!」
女の子の友達も増えて、段々楽しくなってきた。最初は女の子の身体も慣れなかったけど、影子さんや黒塚先生も色々とサポートしてくれて、僕は何不自由なく学園生活を謳歌していた。
そんなこんなで、僕は友達と和気藹々な雰囲気で下校しているわけだけど……、
「チッ……」
後ろから舌打ちが飛んでくる。僕らの会話がよほど面白くないのか、目を細めて睨みつけてくる。
これが誰の視線かというと……、
「ちょっとぉ、黄金井」
「さっきからあたしらの後をつけてくるのやめてくれる?」
「あん? うっせぇ! 俺もこっちの道なんだよッ!」
――あーあ。
いや、帰りに影子さんにうちに寄るように、ってさっき連絡が来たせいなんだけど。他の皆は僕たちがオトメリッサだということを知っているわけじゃないし、説明のしようがないんだよね。
「あー、もしかして……」
「黄金井、桃瀬さんのこと好きなんでしょ」
「だよねー。いっつも桃瀬さんのことを睨みつけてるし」
「ば……、馬鹿言ってんじゃねぇよッ! だれがこんなおと……」
そこまで言いかけて、爪くんは口を噤んだ。多分、「男だ」ってバラしそうになって良心の呵責でやめたのだろう。ただ、心なしか爪くんの顔が物凄く赤い。
「まぁまぁ、僕は構わないから……」
どうしていいか分からないから、とりあえず宥めてみた。爪くんはまた「チッ……」と舌打ちだけして、少しずつ歩くスピードを落として僕らから離れていった。
しばらく歩いていると、商店街に差し掛かる。中はカボチャのモニュメントやらオバケの絵やらが飾ってあり、どこか賑やかな雰囲気になっている。
「あ、そっか」
「もうすぐ商店街のハロウィンフェスなんだっけ」
「はろ、うぃん?」
僕は首を傾げる。
実は生まれてこの方、ハロウィンなんて行事をやったことはない。そもそも記憶自体がないんだけどね。具体的にどんなことをやるのかすらの知識もない。
「あのね、商店街の皆で仮装して、色んなお店を回るの」
「行ったお店で『トリックオアトリート!』って言えばお菓子を貰えるんだよ」
「へぇ……」
なんだか面白そうだけど、仮装かぁ。
と、ふと脳裏に過ぎるのがオトメリッサへの変身姿だ。あれは仮装ではないことだけは確かなんだけど。
そんなことを考えていると、道を箒で掃除しているおじさんが目に留まった。
「あ、たつろうおじさんこんにちは!」
「おお、マイちゃんかい。学校の帰りかな?」
どうやら知り合いだったみたい。見るからに優しそうなおじさんだ。
「ハロウィンフェス、楽しみにしているね!」
「お、来てくれるのか! それなら是非、ウチの模型屋にも寄っていってくれよ」
「うん! それにしても……」マイちゃんはおじさんが掃除している足下を見る「随分散らかっているね。なんか空き缶とか紙屑とかすっごい多い」
「あぁ。近頃、ガラの悪い連中がねぇ、夜中にこの辺りで騒いでメチャクチャやっているんだよ。ハロウィンが近付いていて浮かれているせいなのかねぇ」
――ガラの悪い連中、ねぇ。
僕はふと、背後にいる爪くんのほうを見る。
「……なんで俺の方を見る?」
「大丈夫、爪くんはこういうことをするタイプじゃないってことは分かっているよ」
「ありがと……じゃねぇッ! 俺はそんなみみっちぃことしねぇッ!」
一瞬照れたような顔になった気がしたけど、多分気のせいだろう。
「表に貼ってあったポスターとかもビリビリに剥されちゃうし……。ハロウィンフェスの告知とか、警察に頼まれて貼ってあった指名手配写真とか、もうダメになっちまったよ。挙句の果てに、折角作ったモニュメントもいくつか壊されちまってね……」
「酷い……」
――なんて奴らだ。
僕は拳を握って怒りに震えた。
「おじさんは大丈夫なの?」
「あぁ、今のところ住民に被害は出てないよ。それに、毎日のように暴れていたみたいだけど、一昨日あたりから急に静かになったんだよ。不思議なことにね。ワシらとしてはこのままでいてくれることを祈るばかりだよ。何せ、商店街の一大イベントなんだからね! 変な連中に邪魔されちゃたまんないよ!」
「うん……、そうだね!」
おじさんがにこやかに挨拶をするので、僕も釣られて笑顔で返した。折角の楽しそうなイベントだし、無事に終わって欲しいもんね。
それにしても……、
一昨日あたりから急に静かになったっていうのが、僕にはどこか引っかかるところがあった。
「って、ヤベッ!」
爪くんが時計を見て、急に焦りだした。
僕も時計を見ると、既に十七時を回っていた。マズい、十六時までには影子さんのところに行くって言ったのに……。
「急ぐよ、爪くん!」
「お、おい……。待てって……」
そう言って、僕たちはそそくさとその場を走り去った。
「急ぐって……」
「あの二人、ホントどういう関係なんだろう……」
取り残された他の友達がそういう会話をしていたのを、僕らは知る由もなかった。
「おっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおいッ!」
影子さんの家に到着して早々、僕らは影子さんに剣幕の表情で怒鳴られた。
「ご、ごめんなさい」
「で、ここに呼び出したワケは!?」
――ちょっと爪くん。
いかにも早く帰りたいという気持ちが言葉に現れているよ。気持ちは分からないでもないけど。
「やっと来たか」
「お疲れ様です」
「おいおい、お前ら遅すぎるぞ!」
奥から海さん、葉くん、黒塚先生の声が聞こえてくる。
ドタドタと鳴る足音と共に、彼らが玄関に姿を現す。
「って、え……?」
なんか他の三人の恰好がおかしい。海さんは黒いマントを纏って口元に鋭い牙が生えているし、葉くんは茶色い犬のような獣の被り物をしているし、黒塚先生に至っては全身にこれでもかというぐらい包帯を巻いている。
「なんだなんだ、その恰好は……」
「あぁ、これはだな……」
「ハロウィンの仮装に決まっているでしょ」
影子さんが話を遮ってきた。
「はろうぃん、だぁ? またガラにもないこと始めやがって。アンタそんな陽キャじゃねぇだろ」
「ほほう、随分と喧嘩売ってくれるじゃない」
引き気味で笑う影子さん。勿論、これは怒りを抑えているということは凄く理解できる。
「影子さん、もしかしてハロウィンのパーティでもやろうっていうんですか?」
「まぁ、当たらずとも遠からず、ってところね」
「と、言いますと?」
僕が尋ねると、影子さんは眼鏡をグイ、っと直した。
「商店街のあたりで、メパーから反応があったのよ」
「反応って、まさか……」
「そう。闇乙女族よ」
――またか。
闇乙女族。男たちの漢気を吸い取って生き永らえる種族。この間、闇乙女族の幹部であるルビラを僕たちが倒して以降しばらく姿を見せなかったけど、まだまだ戦いは終わっていないってことか。
「だが、今のところ目立った動きは見せていない」
海さんが冷静に腕を組みながら話しかけてきた。多分、この恰好は吸血鬼なんだろうな。
「特に何もしていなのか……」
「おう。俺もあそこの商店街にはちょくちょく顔を出すが、特に変わったところは見ないしな」
包帯まみれの黒塚先生が腕を組みながら話した。今更だけど、その恰好はもしかしてミイラ男のつもりなのかな?
「うーん、それだけの情報じゃ心許ないよね」
僕がそう頭を悩ませていると、
――あっ。
「何か知っていることがあるみたいね」
「はい……、実は……」
僕はさっき商店街のおじさんに聞いたことを話した。夜中に騒いでいた連中がいたこと、そして一昨日を境にそいつらの気配がなくなったこと――。
「なるほどね」影子さんは納得したような顔をした。「実はね、こないだ夜中に商店街の裏路地に男性が数人、何かに吸い寄せられるように入っていくところを目撃したって情報があるの。そのまま彼らはすっと姿を消してしまって……」
「ホラーですねぇ」
「おそらくその男性たちが、その荒らしまわっていた連中でしょうね。確証があるわけじゃないけど、これで合点がいったわ。つまりこれまでのことを纏めると……」
そういって、影子さんの背後から何かふわふわしたものが飛んできた。
一瞬メパーか、と思ったけど、何故か頭にリボンが着いている。
「良い子のみんなァァァァァァァ! お久しメリッサアアアアアアアアッ!」
……。
なんだ、これ。
僕が困惑していると、そのメパーもどき(メター)はいかにもなプロローグ的な話を語り始めた。
その内容が前話のアレになるわけなんだけど……。
「ま、これまでの情報を纏めるとこんな感じかしらね」
「良い子のみんなぁ、その足りない脳味噌で理解できたかなぁ?」
うん、この綿毛二号の生意気さはメパーといい勝負だということは理解できた。
「で、それと仮装と何の関係があるんだ?」
爪くんが面倒くさそうに聞いた。確かに、それもそうだ。
「商店街のあたりに闇乙女族が潜んでいるとすると、もし奴らが本格的に動くなら人が一杯いるハロウィンフェスの日を狙うんじゃないかと思ってね」
「それで、僕らもこうやって仮装して潜入捜査しようってことになったんです。狼男の恰好なんて僕には似合わないんですけどね……」
葉くんが照れくさそうにしているけど、正直凄く似合っている。ていうか、それ狼だったんだ。てっきりワンちゃんの類かと……。
「と、いうわけだからね……」影子さんは二つの分厚い紙袋を手渡してきた。「アンタたちも着替えてきなさい!」
「はぁぁぁぁぁッ⁉ 何で俺らまでッ⁉」
「グダグダ言わないの。みんなだってやっているんだから、ここは協力するところでしょ」
「ふざけんなよ、オイ、コラッ!」
「着替えは奥の部屋使ってね。あ、翼くんは女の子だからちゃんと別々の部屋で着替えるのよ」
「だから、オイ……」
怒鳴りながら爪くんは奥の部屋へと追いやられていった。
――参ったなぁ。
まぁ、ここは影子さんの言うとおりにしよう。僕は紙袋を広げて、着替えることにした。
数分後――。
「どう、ですか?」
僕が着替えたのは黒いローブに、長い三角帽。いわゆる魔女みたいな恰好だ。
「おっ、桃瀬。なかなか似合っているじゃないか」
「可愛いです!」
「そ、そうかな……」
なんだか僕は照れてしまう。この間まで男だったから、こんな可愛い恰好をするなんて思いもよらなかったけど、これはこれで楽しいかもしれない。
「ところで、黄金井は?」
海さんが聞いてくる。
「そろそろ着替え終わるんじゃないかしら……」
と、そのとき、奥の方から足音が聞こえてきた。
そこから現れたのは――、
「オッス! オラソウ・ゴクウ! 世間じゃ何でも、はろうぃんって行事でみんな浮かれてんだと。オラすっげぇワクワクすっぞ!」
オレンジ色の拳法着を身に纏った、爪くんの姿だった。何故か髪の毛もいつもよりツンツンに逆立てている。ちなみに、拳法着の真ん中には大きく「爪」という字が書かれている。
これ、あれだよね。有名な某竜の玉を集める――、
「って、なんでだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
爪くんの声が屋敷中に響き渡った。
「あら、いいじゃない。なかなか似合っているわよ」
「いや、ざけんなあああああああああッ! かなりアウトだろうがこれえええええええええええええッ!」
「大丈夫よ、鬼を滅する漫画の羽織物とか着ている子とかもたくさんいるし」
「却下だッ!」
爪くんは息を荒げながら、思いっきり影子さんを睨みつけた。
「ううん、あまりお気に召さなかったみたいね」
「当たり前だ!」
「分かったわ」影子さんはやれやれ、といった感じで首を振りながら、「それじゃあ当日までに別の衣装を用意しておくから、とにかく潜入はしっかりやってね」
「チッ……」
バツが悪そうに舌打ちをする爪くん。
なんていうか、大丈夫かなぁ、この潜入捜査。
けど――。
僕の心の中で、なんだか震えあがるものがこみ上げてきた。
恐怖なのか、それとも、久しぶりに戦える喜びなのか……。
段々と、ハロウィンフェスが楽しみになってきた。
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