第22話 「オトメリッサどもはまたいつか飛び立つだろう」

 オトメリッサたちがルビラを倒して、一週間が経った。

 街は集団女性化事件の話題で持ち切りになっている。特に、一番の被害を出した武道館周辺は未だに現場検証が終わらないといった状況だ。

 被害に遭った者たちは、口々に異形の怪物たちのことを言う。警察も前例がないこの事件、捜査は難航の一途を辿っていた。


 その陰に、怪物たちと戦っていた五人の少女たちがいたことも知らずに――。



 で、殊勲者のオトメリッサたちはどうなったかと言うと、


 蒼条海は再度レポートを提出することに成功し――、

 緑山葉は無事に家族と水族館に行くことが出来た。

 灰神影子はといえば、物凄い長時間に渡る事情聴取を終え、無事に釈放されることになった。父親のコネを利用し、裏から手を回してかなりの金が動いたという噂もあったが、今となっては知る者もいない。


 そして――、


「――というわけで、岡田は女子生徒として通うことになった。みんな、頼んだぞ!」

 教卓の前にタンクトップ姿の黒塚兜、そしてセーラー服を纏った岡田の姿があった。

 そんな二人から目を逸らすように、後方の席で窓を眺めているのは黄金井爪。

「えっと、本当にみなさんをびっくりさせてしまったかと思いますが……、よろしくお願いします!」

「マジかよ、岡田!?」

「え、メッチャ可愛いじゃん!」

「体育も女子のほうになるんだよね? よろしくね!」

 案外好意的な生徒たちの反応に、岡田はにっこりと微笑んだ。

 そして静かに席に戻ると、今度は兜がこほん、と咳ばらいを挟む。

「そして、もう一人……、今日は転校生もいるんだな」

 その台詞と共に、教室中にどよめきが沸き起こる。

「え、こんな時期に転校生!?」

「男子ですか? 女子ですか?」

「女子だ。良かったな、このクラスに一気に花が増えるぞ」

「おおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 教室内のどよめきが更に強くなった。勿論、男子の声がほとんどだが。

 だが、そんなどよめきを余所に、爪はこっそり、「チッ」と舌打ちをした。

「さて、入ってこい!」

 兜がそう言って教室の外で待機している生徒を呼んだ。

 扉が開き、そこから一人の女子生徒がそそくさと入ってくる。学校指定のセーラー服の上からピンク色のカーディガンを羽織った少女は、髪もまた同じようなピンク色である。

「それじゃあ、自己紹介を――」

 兜が指示するのも待たず、彼女は自分の名前を黒板に書き始めた。

「桃瀬……、桃瀬翼って言います。色々と至らない点もあるかと思いますが、よろしくお願いします!」

 挨拶をして、にこやかにお辞儀をする少女。

 一瞬、爪と目が合うがすぐさま彼の方から目を逸らした。


 そう――。

 釈放された影子は、まずオトメリッサたちに長時間の説教をした。

 その後、記憶も身寄りもない翼に対する処遇を考えた。が、彼――もとい、彼女の身元を割り出せるようなものは一つも出てこなかった。

 何故か大金を所持している翼だったが、このままではその金もいずれ尽きてしまう。

 やむを得ない、と翼を引き取ることを申し出たのは、影子の父親だった。女になってしまった大変さを身に染みて感じているからだろうか、現状この家には女性しかいないし、と二つ返事気味で影子の家に当分住むことを許可したのだった。


 ということで、翼は影子の家に居候することになったのだった。


 そして……。

「手続きありがとうございます、兜さん」

 翼は兜にだけ聞こえるようにぼそっと囁いた。

「はっはっは、なぁに。これぐらいどうってことないぞ。あと、ここでは『黒塚先生』って呼ぶようにな」

「あ、そうでした。はぁい」

 二人だけの会話を終え、再び前を見直した。

「それじゃあ、桃瀬はそこの……、窓際近くの席な」

 兜が指さした席に、翼はとぼとぼと歩いていく。

 そして、その隣にいたのは……。

「よろしくね、爪くん」

「チッ、なんでこうなったし……」

 相変わらず仏頂面な爪が、わざとらしく顔を背けていた。


 それから、あっという間に休み時間――。

「ねぇねぇ、桃瀬さんってどこの学校から来たの?」

「どこって、その……」

「好きな食べ物とかあるの?」

「彼氏とかいるの!? それとも好きな人とか……」

「折角だからLINE教えてよ」

「ちょっと男子! 気が早いって‼」

 あれやこれやという間に、翼の周りに生徒たちが群がっていた。

 当然だが、隣の席に座っている爪はかなり頭を抱えている。

「うーん、色々答えたいところもあるけど……」

 ――覚えていないんだよなぁ。

 と、身の上を考えると思わず戸惑ってしまう。いきなり自分が記憶喪失だと言ってしまうのは、今日知り合ったばかりの同級生たちに気を遣わせてしまうように思えた。

「あのさぁ、みんな。いきなり質問攻めしたら桃瀬さん困っちゃうじゃん」

「あ、ごめん! じゃあ、一人ずつ質問していこ!」

「それじゃあ、それじゃあさぁ!」その場にいた女子が手を挙げた。「桃瀬さんって、何か部活とか入る予定あるの?」

「部活かぁ……」翼はしばらく考え込んで、「僕は、そうだなぁ……、陸上部にでも入ろうかな? こう見えて身のこなしには自信があるんだ」

「陸上部! あたしも陸上部なんだけど!」

「ホント!? よろしくね! あ、でも僕、こういう部活動って初めてだからお手柔らかにお願いね」

「うんうん、大丈夫だよ! 大歓迎! ちなみに、何か興味のある種目ってある?」

 そう聞かれて、翼は再び考え込んだ。


「興味のある種目……、そうだなぁ……」



 時を同じくして、某所にある交番――。

「やっと事情聴取終わった……」

「ここんとこ起こっている男性が女性になる事件のせいでクッタクタですね、先輩」

「ホントよぉ。ま、私もその被害者なんだけどね」

「あの科学者の事情聴取も大変でしたね……」

「あぁ、あの白衣の人ね……。全く、早口だし、言っていることは意味不明だし、なんとかメリッサとか中二病も大概にしろよって思ったわよ」

「ははは……。お疲れ様です。今日は帰ったらゆっくり休みましょうよ。ビールでも飲んで」

「あら、いいわねぇ。でも、ゆっくり休ませてくれるのかしら?」

「ちょ、ちょっと先輩……」

 顔を赤くしながら机の荷物を整理する、男女の警官。

「ふふふ、女になって、まさかあなたとこういう関係になるとは思わなかったわ」

「お、俺の方こそ……」

「今夜は寝かせな……」

「おーい」奥の方から年配の男性の声が聞こえてきた。「お前らさぁ、昼間っからイチャついてんじゃねぇよ。そんなやり取りを見せつけられる俺の身にもなってくれ……」

「あ、部長……」

「お疲れ様です!」

 二人はようやく我に返り、ビシッと背筋を正した。

 そんな二人を見て、年配の部長ははぁ、っとため息を吐く。

「まぁいいや。お疲れさん。二人とも、今日はもう上がっていいぞ」

「え、本当ですか!?」

「あぁ。ただ、帰る前にそこにあるポスターだけ表に貼っておいてくれ」

「ポスター、ですか?」

 部長が指さした先には、確かに一枚のポスターが丸められて置かれていた。

 男性の警官はそれを手に取った。

「何のポスターですか、これ?」

「手配写真だよ。何でも、隣町で数件、豪邸を狙った窃盗事件があったらしいとか」

「あ、それ私も聞きました。片っ端から金品になりそうなものを奪って、軽い身のこなしで二階の窓までジャンプしたとか、柔道四段の警備員を殴って気絶させたとか何とか……」

「ヤバッ……。どんな犯人なんですか、そいつ。オリンピック選手か何かですか?」

「それがだな……」部長は咳ばらいを挟み、「どうやら、見たところ小柄な普通の高校生ぐらいの少年だという話だ」

「まっさかー! そんなことができる高校生なんて……」

 苦笑いをしながら男性の警官がポスターを広げた瞬間――。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」


 男性警官が、鼻水と思いっきり垂らしながら大声を挙げた。

「ど、どうした!?」

「何があったのよ!?」

「せせせせせせせせせせせせせせせ先輩ッ! この、手配書の顔……」

 男性警官が広げたポスターを見て、女性のほうも「あああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」と素っ頓狂な大声を挙げてしまった。


 手配書に書かれていた顔に、二人は見覚えがあった。


 この間、交番にやってきて――、

 自身を記憶喪失だと言って――、

 河原のほうにも、いつの間にかパトカーを追い抜いて現れた――、


 あの、ピンク色の髪の少年――。


 桃瀬翼――彼と全く、同じ顔だった。



「興味のある種目、そうだなぁ――」


「“たかとび”、かな?」

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