第21話 「桃瀬翼とオトメリッサどもは裸の心で感慨に耽る」

「終わったな……」

「長い戦いだった……」

「疲れましたね……」

「あぁ、すっげー疲れた……」

 皆、何もない場所を見つめながら思い思いに呟いていく。

 イーグルアクジョの姿は、もうない。完全に消滅したと考えて良さそうだ。

 僕はといえば、あまりにも疲労がピークに達してその場に座り込んでしまった。

「で……」

 砂埃が収まり、ようやく視界がはっきりとしてくる。

 全員、変身が解けて男に戻っているみたいだ。


 ――のはいいんだけどさ。


 腕を組んで仁王立ちしている兜さん、

 眼鏡をクイッと直す海さん、

 顔を赤らめている葉くん、

 そして、握りこぶしを作りながら歯を食いしばる爪くん。


 黄土色の砂埃が晴れた後に見えてきたのは……。


 肌色の大きな、四つの塊だった。


「なんで……、みんな、裸……?」

 僕は唖然となってしまう。そんな僕を見た皆もまた、一斉に、目を逸らしていく。

「どうやら、オトメリッサ・インフィニティゴドムスの反作用のようね」

 腕を組みながら、影子さんが近づいてきた。

「反作用って……」

「魔法少女とはいえ、かなりの漢気を放出したからねぇ。着ている物も消滅してしまったようね」

「そんな反作用があるんですか? ってか、そんな物を僕たちに渡したんですか!?」

「仕方ないでしょ。いくら私が天才とはいえ、突貫作業であんな物を作ったら多少の失敗だってするわよ」

 ――そんないい加減な。

 ため息混じりにそう言いそうになったけど、この人はこういう人だってことはこの一週間で痛いほど理解している。

 とにかく、ルビラを倒せたから、まぁいっか。

「それよりも、お前……」


 ――ん?


 そういえば、みんな僕からあからさまに目を逸らしている。

 てっきり気恥ずかしいのかなって思っていたけど、男同士なんだしそこまで恥ずかしがることないじゃないか。

「……どうやら気付いていないようだな」

「翼さん、ですよね……。念のために確認ですけど」

「うん。見れば分かるでしょ」

 さっきからみんな何を言っているんだろう。

「お前、自分が今どうなっているのか分かっているのか?」

「分かっているも何も、僕もみんなと同じ裸……」


 ――あれ?


 そういえば、さっきから自分の身体がふわふわしているような気がする。

 僕は視線を下に落とした。

 見覚えのある膨らみが二つ、見える。服の上からしか見たことがないけど、実際はこんな風になっているんだ。へぇ……。

「あの……」

「お前……」

「女に、なっているぞ……」

 女になっている、だって。

 みんなだってそうじゃない。さっきまで女の子に変身して戦っていたわけだし。

 今は変身が解けて――、


「変身が……、解けて?」

「いい加減、自分が置かれている状況を知った方がいいメ」

 メパーが呆れながら僕に手鏡を見せてきた。

 そこには長い髪の少女が映っている。胸もそこそこある。そして、何故か裸……。

 あれ?


 これって……。

「僕、もしかして……」

「メ」

「変身が解けても、女の子になってる?」

「そういうことだメ」

 僕は一瞬間を置いて、すぅ、っと息を吸った。


「あー、本当だ……」

「やっと気付いた。てか、反応うすっ!」

 僕は困惑しながら胸を抑えた。やっぱり柔らかい。

「えと、これ、一体、どういう……」

「どうやらこれも反作用ね……。みんなと違ってかなり一気に漢気を発散させたから、身体がついていけずに女の子になってしまったようね」

 なんでもかんでも「反作用」って言葉で片付けるつもりだな、この人は。

「どうしよう、これ……」

「うーん、ただ漢気自体は身体の奥底に眠っているから、一応オトメリッサに変身して戦うことはできるとは思うけど……」

 ――そういう問題じゃないと思うけど。

 あと、この人まだ僕たちを変身させて戦わせる気マンマンだ。僕は呆れてもう一度ため息を吐いた。

「どうしよう。このままじゃあ、僕……」

 そこでふと、僕は冷静に我に返った。

 考えてみたら、僕って今記憶喪失なわけで。で、身寄りもない。男に戻ったところでどうしていいのか分からない。そもそも、知り合いだってここにいる面々以外特にいない。それに、変身している間だけとはいえ、女の子の身体はそこそこ慣れているわけで。


 ――つまり。


「特に困らないから、まぁいっか」

 という結論に達した。

「いいんか、お前はそれで」

「ま、なるようになるんじゃないかな」

「はっはっは! なかなかのポジティブ思考だな!」

「こういうのはポジティブとは言わん。思考放棄と言う」

 ――やれやれ。

 とりあえず、僕もみんなもこのままじゃあ帰ることができないんだけど。

「さぁ、あなたたち! いつまでもグダグダしているわけにはいかないわよ! 闇乙女族はまだ完全にいなくなったわけじゃないわ!」

「はぁ!?」

 うん、予想通り、まだ戦いは終わらないってヤツらしい。

「てめぇ、いけしゃあしゃあと……。ルビラ倒して終わりじゃねぇのかよ!?」

「うう、まだ女の子に変身しなけりゃならないの?」

「全く……。とんでもないことに巻き込んでくれたな」

 で、兜さんを除く他のみんなはやっぱり不満げのようだ。

「何よ! あなたたちが捕まって遅れた間、誰が頑張っていたと思ってるの!?」

「ええと、それはありがと……」

「緑山。感謝する必要などない」

「ふむ……。それよりも、これからどうする? 流石に裸のままでは帰ることができないぞ」

「うーん……」

 ここはひとつ、影子さんに頼んで替えの服を持ってきてもらうとするか。僕は女の子になったままだけど、この際何でもいいから何か着ないと落ち着かない。


「こらああああああああッ! そこの君たちいいいいいいいいいいいいいッ!」

 広場の入り口のほうから、誰かの声が聞こえてきた。

 まっすぐこちらに向かって、警察官の恰好をした人が二人走ってきた。片方は女性、もう一人は男性。そして、二人とも見覚えがある。

 間違いない。この前、交番で僕の相手をしてくれたお巡りさんたちだ。一人、ルビラにやられて女性にはなっているけど顔は覚えている。

「ヤベ……」

「ここで騒ぎがあったと聞いたが……、何で君たち裸なんだッ!」

「えっと……」

「その……」

 ――本当にどうしよう?

 もうこれ、言い訳が出来ないぞ。このままじゃあ僕たちはただの露出魔じゃないか。

 けど、闇乙女族の仕業と言っても果たして通用するだろうか。もう少し現実的な言い訳をしたほうが……。

 僕はしばらく、適当な言い訳を考えていた。


「コイツのせいでーす」

 ――えっ?

 爪くんが影子さんを親指で指して淡々と言い放った。

「なっ……」

「おい、それは本当か!?」

「本当でーす。俺ら、この白衣の人に身ぐるみ剥がされましたー」

 いやいや、これはいくらなんでも……。

 間違いだ、と僕は言おうとした。けど、よく考えたら確かに影子さんのせいかも知れない。ルージュの改造に失敗したのも影子さんだし、そもそも魔法少女の力を与えたのも――。

「ちちちっちち、違います!」

「すまない……、俺も流石に、女性の追いはぎがいるとは思わなくてな……」

「うう、僕も抵抗したんです。でも、獣のような顔があまりにも恐ろしくて……」

「どうやら一服盛られている間に服を脱がされたらしい。俺としたことが……」

 ――みんな。

 好き勝手に影子さんに濡れ衣を着せていく。

「いやいやいやいやいやいや、嘘です! お巡りさん、信じてくださいッ!」

「とは言われてもねぇ……」

「ほら! 桃瀬くんも! 何か言ってよ!」

 ――何か言ってって。

 はぁ、と僕はため息を吐いた。

 こうなったら言うことはひとつしかない。

「影子さん……」

「桃瀬くん……」

 影子さんの目に涙が滲んでいる。流石に耐えきれなくなってきたのだろう。

 僕は意を決して、言葉を放った。


「いくらで売れました? 僕の下着」


 しばらくの沈黙――。

 影子さんは引きつった笑みをこぼしている。けど、こればかりはしょうがない。だって、元はといえばやっぱり影子さんのせいだもん。

「どうやら、詳しく話を聞く必要がありそうだな」

「いや、だから、私のせいじゃありませんって! 信じてください!」

「はいはい……。続きは署のほうでね……」

 そう言ってお巡りさんたちはガチャリと影子さんの腕に手錠をはめた。

 そしてそのまま、あっという間に影子さんはパトカーに乗せられて行ってしまった。

「終わったな……」

「長い戦いだった……」

「疲れましたね……」

「あぁ、すっげー疲れた……」

 みんなは影子さんを乗せたパトカーを眺めながら、呟いた。ってかこれ、さっきの台詞のテイクツーじゃん。

「メ……」

 んで、メパーは完全に言葉を失ってしまっていた。


 こうして――。

 長い魔法少女としての戦いは、五人の裸の人間と、数人の被害者(性転換)と、一人の逮捕者を出して――。

 ひとまず、第一幕を閉じたのだった――。


 それよりも、誰か早く服を持ってきて……。

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