第20話 「桃瀬翼は強い相手がいるという現実が楽しい」

 僕たちはそれぞれ、漢気を解放して武器を構えた。

「ひとつだけ言っておくけど……、もう皆に羽を生えさせるだけのは難しいかも」

「俺もだ……、全員をスピードアップさせるのはちとキツいな」

「はっはっは! なぁに、それぐらいどうってことない!」

「俺らは俺らで、自分が出来ることをやるだけだ」

「はい、植物たちもそう教えてくれました!」

 ――みんな。

 姿かたちは女の子だけど、みんなからは頼もしい限りの漢気を感じ取れる。このメンバーならきっと、どんな敵にも勝てる!

「なにを……、ゴチャゴチャ言っているんだアアアアアアアアッ!」

 間髪を入れず、イーグルアクジョが大きな翼をはためかせてきた。

 ぶわああ、っと大風が僕ら目掛けて吹き荒れる。

「ぐっ……」

 前に進むことはおろか、砂埃で目を開けることもままならない。先ほどのホークアクジョも似たような攻撃をしてはきたけれど、強さでいえばこちらの方が断然上だ。

「な、なんて強風だ……」

「ふふふふ、これぐらい、まだ序の口だ……」

 ドレスの女姿だった頃の笑い方だが、野太さのせいか威圧感が増している。僕は何とか一歩ずつ歩み寄ろうとするが、足を地面から離した瞬間に後方へと後退りしてしまう。

 こうなったら――、

「漢気、大解放ッ!」

 みんなに羽を生やすことは出来ないけど、僕一人だけなら――。

「そうはいくかッ!」

 僕が羽で飛び上がろうとした瞬間、いきなり何かの攻撃で叩き落とされた。

「ぐっ!」

 ――速すぎる!

 幸い、そこまで高い位置からではなかったからダメージは少ない。だけど、こうもあっさりと飛ぶ動きを中断させられるなんて……。

「ウィングッ!」

「ま、これぐらい……」

 僕は痛む身体をなんとか立たせた。腕には引っ搔いたような傷跡が残っている。

 強風は止まっているが、いつの間にかイーグルアクジョの位置は変わっている。僕が飛び立ったあの一瞬のうちに、相手は僕を攻撃したのだろうか。

「スピードならこっちのほうが……、漢気、だいかい……」

「……遅いッ!」

 またもや一瞬――。

 ザッという地面を擦る音が聞こえたかと思うと、イーグルアクジョの姿がいつの間にかクローの背後に移っている。

 と思いきや、

「ぐああああああッ!」

 クローの脇腹に、同じような引っ掻き傷の痕が出来ている。血が滴り落ち、クローは必死で抑えながらその場に膝をついた。

「クローッ!」

 リーフがクローの近くに駆け寄っていった。

「だ、大丈夫だ……」

「無理しちゃダメだよ。ウィングさんも……。漢気、大解放」

 リーフが創り出した盾から暖かな光が溢れる。ゆっくりだけど、クローの傷も少しだけ塞がっていく。僕もその中に入って、腕の傷を癒すことにした。

「す、すまねぇ……」

「ありがとう、助かったよ……」

「ううん、いいんです。それよりも……」

 あぁ、と僕たちは相槌を打った。

 これじゃあ埒が明かない。あまりにも相手のスピードが速すぎる。スピードタイプのクローでさえ、あの一瞬で攻撃されたぐらいだ。

 しかも相手は羽が生えている。当然、飛び立つことも出来るから、上空からの攻撃も意味がない。

 そして、今残っているのは……。

「ぐっ……」

 鈍い金属が擦れ合う音が聞こえてきたかと思うと、そこはマリンが必死で槍を振り回しながらイーグルアクジョと戦っていた。

 音から察するに、巨大な体躯にふさわしい堅い皮膚のようだ。鳥類の癖に、なかなか厄介だ。

「これでも喰らえッ! 漢気、大解放ッ!」

 インセクトが思いっきり睨みつけながら殴りかかった。

 だが、イーグルアクジョはそんなのを物ともする気配はなく、

「甘いッ!」

 左腕を振り回してインセクトを薙ぎ払った。

「ぐあああああああッ!」

「インセクトッ!」

 あの力自慢のインセクトをも、こうもあっさりと……。

「ふんッ!」

 遂には接戦していたマリンをも、自慢の翼で思いっきり吹き飛ばした。

「ぐああッ!」

 ゴン、と背後の壁に激突したマリンは、そのまま地面に崩れ落ちた。

 僕は固唾を呑んだ。こんな、強い相手……、どうやって倒せばいいんだ。

「口ほどにもないなぁ、オイッ!」


 ――強い。


 これまでの闇乙女族とは別次元に比べ物にならないほど、相手は強い。もうただ、それだけの言葉しか出てこない。


 ――ダメだ。


 一気に僕は弱気になった。

 何が漢気だ、何が魔法少女だ――。己の無力さを、ただひたすら心の中で嘆くしかなかった。

 こんな強い敵――。

「ふふふふふ、ふははははははははは」


 強い、敵――。


 強い? 敵……?


 強い……。

 強い、強い、強い、強い、強い、強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い……。


「ふ、ふふふふ……」

 誰かが笑っている。

 似たような笑い方だけど、これはイーグルアクジョの物ではない。

「な、なんだよ……」

 この笑い声を挙げているのは――、

「ふ、ふははははははははははははははははははははははははッ!」


 ――僕だ。


「ほう、遂に気が狂ったか?」

「あー、いやいや。なんだか面白くなってきちゃってさぁ。アンタ、やっぱり強いんだもん。流石、たくさんの漢気を吸い取っただけのことはあるよねぇ」

「ふっ、おだてたところで無駄だぞ」

「いやぁ、楽しいなぁ。こんなに強い相手と戦えるなんてさぁ、今の今まで、多分記憶を失うまでもそんな経験なかったもん」

「ほう……、で?」

 僕はひたすら笑った。

 なんだか楽しい――。

 目の前に、強い者がいるという現実が――。

「やっぱりさぁ、自分より強い奴が相手じゃないと面白くないよねぇ。あのドロウンコなんか公園の砂山を壊すぐらいの気持ちしかなかったからねぇ」

 僕はゆっくりと、イーグルアクジョのほうへ歩み寄った。

「ふっ、まだ痛ぶられ足りないようだな」

「そうかも知れないなぁ。それじゃあリーフ、マリンとインセクトの回復もお願い」

「あ、はい……。でも、まだあなたの傷も完全には……」

「僕はいいからッ」

「……分かりました。けど、僕の回復にも限界はありますから」

「あぁ。とっとと片を付けてくるよ」

 僕はひたすらイーグルアクジョのほうへ歩いていった。多少回復したとはいえ、まだ身体はかなり痛む。

「往生際の悪い奴だ……」

 イーグルアクジョが羽根を飛ばしてきた。数本、僕の身体に刺さり、僕は痛みのあまりに地面に座り込んだ。

「おー、痛い痛い」

「ふん、強がりを……」

「そういえば、ひとつ気になったんだけどさぁ……」僕はイーグルアクジョの顔を見上げた。「アンタら、一体何のためにそんなに漢気を集めているわけ?」

 そう尋ねると、イーグルアクジョは眉をひそめた。

「何のため、だと?」

「そうそう。なんか必死こいて集めているようだけどさぁ、マジで何がしたいのか、ちょおおおおおおっと、気になっちゃって……」

「ふふふふふ、気になるか。まぁいい、冥土の土産という奴だ。教えてやろう」

 イーグルアクジョは僕を思いっきり見下ろしながら話した。

「お、おい……。ウィング……」

「お前、本当にどうした……」

「みんなは黙っていて!」

 僕はみんなを一喝した。

「ふふふふ、そうだ。我らは元々、女だけで部族を作ってきた一族でしかなかった。男など種の繁栄のみに頼るだけの汚らわしい存在でしかない。そんな女傑ばっかの、な。だがある日、一族の中で漢気を吸い取る研究をした者がいてな。そのおかげで、我ら闇乙女族は種など繁栄させなくても、男の漢気だけを吸い取れば永遠の生命も美貌も、そして力も! 思いのままにすることが出来るようになったのだよ! 男と交わる必要もなく、ただ奴らを餌とするだけでなッ!」

 イーグルアクジョは低い声で語った。

「ふぅん、なるほどねぇ。そこまでして力とか欲しいの?」

「力だけではない! 漢気を最も得て最強になった闇乙女族こそ! 我らの長……、女王となるにふさわしい! そう我らの掟で決まっていてな! 私は、闇乙女族の女王になるべく、この現代に蘇ったのだよッ!」

 ――なるほどね。

「要するに、漢気を吸い取って最強になれば女王様になれるってわけね」

「そうだ……。我らを封印から解いたあの男には感謝せねばな!」

「……くっだらない」

「なん、だと……」

 僕は冷ややかな目でイーグルアクジョを見据えた。

「ただの出世欲じゃん、それ。折角すっごい強い相手と戦えたかと思ったのに、なーんかすっごく俗物的でガッカリだよ……」

「お、おい……。挑発すんな……」

 心配そうに声を掛けるクローを余所に、

「あー、みみっちいなぁ。みみっちい、みみっちい……」

「貴様……、それ以上私を侮辱することは許さんぞ……」

 イーグルアクジョは僕に向けて爪を向けてきた。

 僕は段々、表情筋が緩んできた。

「あーあ、お前も所詮、あの泥と変わらない、ウンコ以下だってことか。いや、ウンコ“未満”が正しい、かな?」

「ほざけえええええええええッ!」

 イーグルアクジョが思いっきり爪を振りかざした瞬間、


「漢気、大解放ッ!」

 僕は思いっきりの力を振り絞って、漢気の大解放から羽を生やして上空へ飛び立った。

「ちっ、逃げたか。だが……」イーグルアクジョも翼を広げて飛び立った。「私も飛べることを忘れるな……」

「あー、そうですか、ハイハイ」僕は呆れ気味に返事をして、「ところでさぁ、僕以外にもう一人、飛べるのがいるってこと忘れてない?」

「なっ……」

 イーグルアクジョは困惑して言葉に詰まった。

「そろそろ、かな……」

「馬鹿な……、お前はもう全員に翼を生やす力はないと……」

「うん、それは本当なんだけどね」

「だったら、ただのハッタリ……」

「じゃあないんだなぁ」

 僕はふっと不敵に微笑んだ。

「一体、お前は誰のことを言っている――」


 そのときだった――。


「メエエエエエエエエエッ!」

 上空にいる僕の方へ、白い物体が飛んできた。

「待っていたよ、メパー!」

 メパーはルージュを持っている。僕が先ほど影子さんに預けた、あれだ。

「お待たせしたメ! 使うメ!」

「うん、他の皆にも預けたルージュ渡してきて!」

「メ!」

 僕はメパーからルージュを受け取ると、もう一度イーグルアクジョを睨みつけた。

「形勢逆転って奴だね」

「ほざけええええええええッ! そんなもの、さっき見たわああああああああああッ!」

「ふーん、だけどアンタは喰らってはいないよね。だったらその威力、自分の身で試してみる?」そう言って、僕はルージュのキャップを開けた。「ウィング・ルージュッ!」

 僕はそのルージュを塗る。

 綺麗な桃色の色合いと共に、僕の周りにGODMSの粒が集まっていく。


「漢気奮発ッ! ホーク!」


 僕は弓を構えた。そこに先ほどのGODMSが集まり、矢を形成していく。

 ただ、これまでの矢とは一味違う。弓から放たれると、一斉に羽根のような形に変貌し、それが小さく分裂するかのように無数の羽根に変わる。

「いっけええええええええええええええッ!」

 無数の羽根が、イーグルアクジョに向けて放出されて、全身に当たっていく。

「ぐあああああああああッ!」

 羽根の一斉攻撃を受けたイーグルアクジョは、ズサッ、という音と共に地面に落とされた。

 僕もゆっくりと地面に降りていく。

「おい、大丈夫か!?」

「うん……、みんなは?」

「大丈夫だよ、みんな傷は癒えたよ!」

「はっはっは! これしきの傷、屁でもないぞ!」

「全く……、これだから脳筋は」

 みんなが一斉に僕の方へと駆け寄っていく。その手にはあのルージュが握られている。ちゃんとみんなに返されたみたいだ。

「ぐっ、まだだ……、この、私が、負けるわけには……」

 どうやら、イーグルアクジョはまだ倒れてはいないみたいだ。

 ここらでとどめを刺さないと――。

「みんな、そのルージュの新しい力を使いなさい!」

 どこからともなく、影子さんの声が聞こえてきた。

「新しい、力……?」

「いいから、とにかくルージュの力を合わせるようなイメージで!」

 影子さんのとてつもなく抽象的な説明に僕らは困惑した。


 ――よし、こうなったらとことんやってやれッ!


「いくよ、みんな!」

「どういうつもりか分からんが……、やるしかないか」

「もう、ここまできたらなるようにしかならないよね」

「あぁ、こんちきしょうッ!」

「はっはっは! とことんやってやろうじゃないかッ!」


 僕たちはルージュを空に向かって、大きく掲げた。


「「「「「漢気、超解放ッ!」」」」」


 ルージュに僕たちのGODMSが、まるでレンズに太陽光が集まるかのに一同に集まっていく。

「うぐ……、貴様ら、一体何を……」

 これほどまでに強いGODMSに、流石のイーグルアクジョも驚きを隠せない。

 僕たちは一気に、ルージュをイーグルアクジョに向けた。


「「「「「オトメリッサ・インフィニティゴドムスッ!」」」」」


 集まったGODMSは大きな矢へと変化していった。

 僕たちは更に、力を振り絞った。


「ぐおおおおおおおおおおおッ!」

「はあああああああああああああああああッ!」


 ――これが、最後だ。


「これが、僕たちの、漢気だああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 僕たちの身体から、どんどんGODMSが溢れていく。

 もう、どれだけ気力を振り絞ったかは分からないけど――、


 やがて、GODMSの粒がルージュから放たれて――、


「ああああがががががががっがががががあああああああああああああああああああッ!」


 イーグルアクジョを、貫いた――。


「ば、馬鹿なぁあぁあっぁあああああああああああッ! 貴様らの、どこに、そんな、漢気がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 イーグルアクジョ、いや、ルビラは、けたたましい断末魔を挙げ、


 淡い光と、強烈な砂埃を立てながら――、


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 影も形もなく、消滅していった――。

 

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