第19話 「桃瀬翼は感動する気が微塵もない」

 僕たちは一旦地上に降りて、岡田さんの元へ駆け寄った。

 影も形も残さず消滅した、なんてことはないようだ。

 人の姿に戻っており、どうやら死んではいないようだ。少しだけ辛そうにはぁ、はぁ、と肩で息をしている。

 だけど……、

「岡田……」

 学生服の胸元が膨らんでいる。目元も睫毛が伸び、髪も長くなっている。

 つまりこれって……。

「……すまなかったな、黄金井」

「元に戻ったかと思ったら、女のままか……」

 爪くんはチッと舌打ちをした。

「いいよ、これは俺がお前を傷つけた罰だ」

「罰って……、お前はそれでいいのかよ!」

「あぁ。ま、死ぬわけじゃないからな」


 ――なんだなんだ?


 いきなり雰囲気が変わったぞ。さっきまで僕らは思い思いに新必殺技を出しまくって無双三昧だったじゃない。ここにきていきなり青春ドラマに方向転換されても困るよ。

「お前が傷つけたわけじゃない。俺が勝手に傷ついたんだ」

「一緒だよ。俺がやったことに変わりはない」


 ――えっと。


 このシチュエーションどうすればいいんだろうか。

「青臭い友情物語、嫌いではないな」

「植物たちは教えてくれました。喧嘩はお互いの本音を知ることのできる一番の機会だって」

「岡田の気持ち、そして黄金井の気持ち、しっかりぶつけてこい!」

 うーん、他の皆はこんなんだし、ここは黙ってみておこう。

「俺がグレたのはお前のせいだと思っていた。けど、やっぱり違った。俺が自分から堕ちてしまっただけなんだ」

「いや、中学の時、お前を裏切ったから……。バカだよな、俺って」

 なんかすっごい訳アリっぽいね。

 爪くんが不良になった理由、気になってきたな。多分、相当深い理由なんだろうな。

「最初はそう思っていた。けど……」

「今でも変わらないぜ。俺が、俺が……」

 さぁ、来るぞ。一体、どんな理由なんだろう?

「やめろ! 言うな!」

「俺が、あの時……、お前が、授業中に早弁をしていたことをチクらなければ、そんな風にはならなかった――」


 ――?


 ――??????????


 ――はい?


「うるせぇ! もう過ぎたことなんだよ!」

 爪くんがカッコつけて怒鳴っているけど、確かにもう過ぎたことだよね、それ。

「いや、俺が悪いんだ!」

「悪いのは早弁した俺だッ! お前が罪悪感を抱く必要なんてねぇッ!」

 うん、全くもってその通りだと思います。

 っていうか、それでグレた爪くんって……。

「だけど、あの後……」

「黙れッ! チクられてパニくった拍子にペットボトルのお茶を倒して、お漏らししたと誤解されたことなんて根に持ってねぇよ!」

 ――どうでもいい暴露ありがとうございます。

 きっと本当はかなり根に持っているんだろうなぁ。くだらないことに変わりはないけど。

「俺は、俺は……」

「もう、何も言うな……」

 もう何も言えないのはこちらのほうです。

 とりあえず僕は、はぁ、と呆れ気味にため息を吐いた。


「うむッ! 素晴らしい友情だなッ!」

「……僕、少しうるっときました」

「悪くないな、こういうのも」

 他の皆に視線を向けると、いつの間にか泣いていた。あのぉ、早弁のことをチクられただけなんですけど~。どこにそんなに感動する要素ありましたか?

 結論。

「心配して損した」

「あん? なんか言ったか!?」

 ――どうしようか、これ。

 一気に戦闘する気力を失ってきた。感動的なシーンなんだけど、感動する気が微塵もない。とりあえず感動すればいいのだろうか。最早感動って何だろうか。そしてこの一文だけで感動という単語が何度出たのだろうか……。

 やれやれ、と僕はふと足下を見る。

 一枚の赤い羽が落ちている。これは、先ほどのホークアクジョが落とした物だろう。姿は戻ったけど、どうやらコイツだけは消えずに残っているみたいだ。

「影子さん」

 ルビラは一旦放置して、僕は影子さんを呼んだ。

「何かしら?」

「あなた、天才科学者ですよね?」

 僕が尋ねると、影子さんは照れながら、

「そ、そそそそそそうねぇ! そんなこともないけど……」

「頼みがあります」そう言って、僕は先ほどの羽と、一本の口紅を取り出した。「これで、みんなが作ったようなルージュを作り出すことはできますか?」

 そうだ。僕だけ自分に合った遺伝子データが見つからなかったから、他の四人が使ったようなルージュはないのだ。一応、あと一本だけ未使用の口紅が見つかったから一応持ってはきたけど、これならもしかして……。

「勿論よ! 天才の私ならすぐに作れるわ」

 影子さんは腕を組みながら得意気に答えた。

「お願いしま……」

「あ、そうだ」お礼を言おうとしたら影子さんが遮ってきた。「ついでだから、他のみんなのルージュを貸してもらっていいかしら? メパー、持ってきて」

「メ!」

 メパーは某大喜利番組の座布団運びぐらいテキパキとした動きで、みんなの元へ動いていく。

「少しだけだぞ」

「何だよ、いいところだってのに……」

「何をするつもりなの……?」

「うむ、頼んだぞ!」

 全員のルージュを回収したメパーは影子さんの元へと戻っていった。


 ――さてはて。


 何か大事なことを忘れているような……。

「き、貴様ら……」


 ――あ、忘れてた。


 ルビラが苦虫を嚙み潰したような表情でこちらを見ている。

「ルビラ……」

「いつまで臭い茶番劇を見せるつもりだ……」

 あ、うん。全くもって同感です。まさかあなたと気が合う日が来るとは思っていませんでした。

「ルビラ……。てめぇだけは……、てめぇだけは、絶対に許さねぇッ! 岡田の仇は、絶対取ってやっかんなッ!」

 爪くんが大声で叫んだ。

 まぁ、岡田さんは生きているんだけどね。女の子になっちゃったけど。

「ふふふふふふふ」ルビラが不敵に笑い、「まぁいいわ。部下たちやダークメリッサが集めた漢気が、これだけあるもの」

 そう言って――、

 ルビラの掌の上に、巨大な光の玉が浮かび上がってきた。

 おそらくあれは今まで集めた漢気だろう。

「てめぇ、そいつをどうするつもりだッ!?」

「こうするのよォォォォォォォォォッ!」

 ルビラは掌の漢気の塊を僕らに見せながら、フッ、とニヤつき、

 そして――、


 一気に、自分の胸へと押し込んだ。


「グゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 けたたましいルビラの声が響き渡る。吹き飛ばされるのはないか、というぐらいの強大な風圧がこちらに襲い掛かってくる。

「あんにゃろ……」

「何、しやがった……」

 ルビラの身体がどんどん変形していく。

 細かった腕も、ドレスの上からでも分かる括れた身体も、そして女性らしいシュッとした顔だちも――、

 全部、風船のように盛り上がっていく。

「グガガガガガガガガガガガガガアガアアアアアアアアアアアアッ!」

 甲高かった声も、次第に野太いしゃがれた声に変わっていった。

 背中からはやがて大きな黒い翼が生え、背丈も二メートル、いや三メートルは超えるほどに大きくなっていく。

「あれは……」

「最早、ルビラではない、な」

 やがて風圧が収まったかと思うと、そこにはもう既にルビラの姿はなかった。

 巨大な身体に、赤と黒の羽毛がびっしりと生えている。鳩胸どころではない、筋肉が膨張しすぎたかのような身体。脚も、腕も、そして頭も……。いや、頭は鳥のような、それでいてギョロっとした大きな目が鋭くこちらを睨みつけている。

「ふっふっふ、ふはははははははははは!」

 かなり低い声でルビラ、いや、イーグルアクジョはけたたましく笑った。

「あの量の漢気を一気に取り込んだようね……」

「マジかよ……」

「ただのバケモンだろ、あれは……」

 全員の血の気が一気に引いていくのが分かる。

 これは今まで戦った闇乙女族たちとは桁外れの存在だ。


 っていうか、気持ち悪い。


「どうやって勝てばいいの、あれ……」

「クククククク……、流石に驚きを隠せないようだな、オトメリッサ」

 そりゃ驚きますって。

 僕はゆっくり息を吸い込んだ。

 勝てるかどうかは分からないけど、今はとにかく――、

「戦うしかないッ!」

 ――そうだ。

「あなたたち!」影子さんが呼び止めた。「少しだけ、時間を稼いで頂戴。今預かったルージュ、もっとパワーアップさせてあげるから」

「うん、頼みました!」

 僕はしっかり目の前のバケモノを睨みつけた。


 ――今は、それに掛けるしかない。


「さぁ、最後の決戦だよ、みんな!」

「おうッ!」

「あぁッ!」

「はいッ!」

「押忍ッ!」


「「「「「漢気、解放ッッッッッl‼」」」」」

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