第16話 「灰神影子は最早何もできない……」

「ダーク……、メリッサ……」

 突如として現れた五人の姿を見て、私は絶句した。


 オトメリッサ・マリンも――、

 オトメリッサ・クローも――、

 オトメリッサ・リーフも――、

 オトメリッサ・インセクトも――、

 そして、オトメリッサ・ウィングも――、


 みんな生気を失った表情で、黒っぽい衣装に変わっている。(しつこいようだがインセクトは元々黒っぽいからあまり変わっていない。だがそこにツッコむ余裕はない)

 ルビラは「改造」と言っていたし、メパーはオトメリッサたちが捕まってから何か変なカプセルの中で培養液的なものに漬けこまれていたと証言している。

 これは、いわゆるアレ?

 “悪堕ち”ってヤツ……?

「メ、メメメメメメメメメメメ!」

 メパーがひたすら小さな目を丸くして狼狽している。

「アンタ、オトメリッサたちを……」

「ふふふふふふ、この子たちの力は相当なものだからねぇ。折角だから闇乙女族にスカウトしてあげたのよぉ」

「な、なんてことを……」

 私は必死で立ち上がろうとした。けど、脚にも腕にも力が入らない。痛みがあるわけではなく、力を入れようにも穴の開いた浮き輪のようにすぐに抜けてしまう。

 ――ダメだ。

 思った以上に消耗が激しい。GODMSはおろか、体力もない。

「どうやらあなたに戦う力は残されていないようねぇ。まぁ、そこで見ていなさいな、死にぞこないのアラサー女さん」

 ――あぁ、クソ。

 このご時世、女性が女性に対してそういった発言をすることもセクハラだと知らないのだろうか。改めて思った、私はこのルビラとかいう女が大っ嫌いだと。

 だが、このままでは……。

「クッ……」

「影子……」

「さぁ、ダークメリッサたち。やっておしまい」

 ルビラの合図と共に、ダークメリッサたちが一目散に分かれる。

 広場にはほとんど一般の人はいない、と思っていた、はずだったが……。

「なんか公園のほうが騒がしいけど……、まぁいっか。サッカーやろうぜ」

 よりにもよって、このタイミングで数人ほど新規の一般人がやってきてしまった。何が起こっているのか知る由もなく、彼らはサッカーボールを片手に公園に入ってくる。

「あなたたち! 今すぐ逃げなさ……」


 私が忠告する間もなく――、


 素早い動きでウィングの姿をしたダークメリッサが彼らのほうに近付いた。

「えっ……」

 少年は目の前の少女に呆気に取られるのも束の間……。

 ダークメリッサのウィングは少年に口を近づけ、すぅ、っと息を吸い込んだ。

 そして、みるみるうちに少年の身体は丸みを帯びて、柔らかくなっていく。髪も伸び、胸も大きくなり……、脱力したのか彼は手に持っているボールをポトン、と弱い音を立てて落としてしまった。

「な……」

「うわあああああああああッ!」

 他のサッカー仲間が一気に逃げていく。が、数人ほど他のダークメリッサに捕まり、同じように口を近付けられて女の姿へと変貌していく。

「や……」


 ――そんな。


 本来、闇乙女族からみんなを守るために力を与えられたオトメリッサたち。その彼女らが、一般の人たちの漢気を吸い取って、闇乙女族と全く同じことをしている。

 絶望だ――。

「おいおい、公園が騒がしいぞ、どうなっているんだ!?」

「今日はそこの武道館で息子の大事な試合があるんだぞ!」

「こらああああああッ! 俺は警察だぞ! 邪魔するな!」

 こんなときに限って、次から次へ一般の人たちがやってくる。しかも、ほとんどが男性だ。

 皆を逃がしたいところだけど力が入らない。ようやく腕が少しだけ動くようになってきた程度だ。


 ――急がないと。


「メエエエエエエッ! そこの君ッ!」

 メパーが先ほど女にされたサッカー少年に突撃した。

「な、なんなの……」

「女になってしまったところ悪いメが、ビックリしている場合じゃないメ! 今はとにかく、他の人をここに入れないようにして欲しいメ!」

「え、えっと、でも……」

「早くメッ!」

 強い口調で少年に促すメパー。

 少年も多分色々困惑しているのだろうが、「は、はい……」と返事をしてその場を後にする。

「め、ぱー……」


 ――ありがとう。


 ナイス判断だと私は心の中で親指を立てた。

「くっ、こしゃくな真似を……。だけど、まだ館内にはたくさんの漢気が溢れている。そろそろ行くわよ、あなたたち!」

 ――そうだ。

 武道館の中では柔道の試合が未だに行われているのだ。外がこんな状況になっているにも関わらずに。

 普通中止になるでしょ、と思わないでもないけど、逆に今は建物の中に籠っていてくれたほうがありがたい。

 なんとしても、コイツらを館内に入れるわけにはいかない。

「絶対、絶対……」


 ――この場所を守ってみせる。


「何よ、まだやるつもりかしらぁ?」

 ルビラが挑発的な目で私のほうを見つめてきた。

 だけど、私は最早どうすることも出来ない。誰か、助けられる人は……。

「メ……、めええええええええッ!」

 そのとき――、

 メパーが勢いよくルビラに体当たりしていった。小さなその身体は、ルビラの額を直撃してゴチン、という音と共に額に赤い痣を残した。

「い、痛いわね……」

「メ……、お前が皆に与えた苦痛とは比べ物にならないメ!」

 メパーが強い口調で威嚇するも、ルビラにひょい、と摘まみ上げられる。

「ホント、生意気な綿毛だこと」

「メメメ! ボクはアメーバだメ!」

 ――やめて、メパー。

 誰一人戦える者がいなくなった今、メパーが無理をして頑張っていることは分かる。けど、メパーは決して戦闘用に造られてはいない。あくまでオトメリッサたちをサポートするためのものだ。

 段々自分が不甲斐なくなってきた。オトメリッサたちも元は普通の男の子たちだったのに、戦いに巻き込んでしまった挙句、闇乙女族の仲間にされてしまった。私も私で、こうなったら自分で戦おうだなんて息巻いていたのに、結果はこのザマ。思い出の場所を守ろうとして、一般人に多大な犠牲が出ている。

 そして、メパーまで……。

「邪魔よ」

「メメメメメ!」

 メパーが必死で足掻こうとするも、小さな身体をルビラにひゅん、と投げつけられてしまう。

「メパー!」

「メ……」

 地面に叩きつけられたメパーは目を回して小さな声を挙げている。


 ――こんなのって。


 あれ?

 私の頬を、暖かいものが伝っていった。なんだろう、この雫……。雨じゃなくて、もっと暖かい。


 ――あぁ、そうか。

 私、泣いているんだ。

 この歳にもなって涙もろくなって、情けない。

「や、やめて……」

 ――惨めだ。

 こんな、負け方ってない。

「あーっはっはっは! もういい加減終わらせるわよッ!」

 ルビラの劈くような高笑いが耳に届く。

 もうこうなったら、誰でもいい。

 誰か、助けて……。


「あーあ、やっと辿り着いたと思ったら酷い有様だよ。メパーまでこんなにしちゃって」


 ――えっ?


 誰かの足音と共に、どこか聞きなれた、安心感のある声が耳に届いた。

「ったく、よくもやってくれたな、てめぇ!」


 ――この声は?


「やはり急がば回れ、が正解だったか」


 ――もしかして。


「植物たちは教えてくれた、『ピンチはチャンスを得るためのジャンプ台』だってね」


 ――やっぱり。


「はっはっは! やはりヒーローはいざというときに現れないとな!」


 ――来てくれた。


「オトメリッサ、たち……」


 私が顔を挙げた先にいたのは……。

「お待たせ、影子さん」


 いつの間にか、私は泣いていた。

 でもこれは絶望の涙ではなく……。


「無事、だったの……」


 桃瀬くん、黄金井くん、蒼条くん、緑山くん、黒塚さん――。


 男の姿の彼らが、仁王立ちしながら現れた。

 その背中からは、溢れんばかりの漢気が見えた――。

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