第15話 「灰神影子は意外と自分の年齢を気にしている」

 私は高らかに変身のワードを叫び、ブレスレットを着けた腕を大きく挙げた。

 次第に腕、そして全身に灰色の光の粒が私の周囲を覆っていく。これが、私の漢気“GODMS”……。ほんのりと暖かい感覚が心地いい。

 身体を覆ったGODMSの粒は、私の身体に変化を与えていくように感じた。やがて光が収まると私の服は薄汚れた白衣からグレーのまだら模様が入った白衣に変化した。


「影の科学者、オトメリッサ・シャドーッ!」

 

 変身を終えた私は、大きく叫んだ。

「いや……」

 メパーが何かを言いたそうにため息を吐く。

「いやって何よ?」

「なんか思わせぶりなことやってもらって何だメが……、全く見た目が変わっていないメ!」

 あうう……。

 そこに突っ込むな、と言いたい気持ちを抑えた。一応、マイナーチェンジ気味に白衣にグレーの模様が入っているんだけどね。

「ふっ、何かと思えば、とんだ肩透かしね」

「なんとでもおっしゃいッ!」

 本当にイラつくわ、このルビラとかいう女……。

 私は思いっきり睨みつけて、親指を下に向けてやった。コイツにはこれぐらいやってもバチは当たらないだろう。

「な、なかなかの漢気だメ……」

 果たしてこれは漢気なのだろうか?

 と、そんなことを気にしている場合じゃない。

「ホークアクジョ。なんだかよく分からないけど面白そうだからコイツをやっておしまい」

「……御意」

 ――来る!

 私は思いっきり戦闘態勢を構えて相手の出方を伺った。

 ホークアクジョが翼を広げて、大きく羽ばたきながら飛び上がった。

「てやああああああああああああッ!」

 私もそれに併せて大きく飛び上がり、拳を振りかざした。

 ブンッ!

 と、我ながら大きな音を挙げて拳が空を切り裂く。

「はっ!」

 文字通り「手刀」と化した私の拳を、間一髪のところでホークアクジョが避けた。ただし、羽根が二三枚ほどヒラヒラと舞い散ってはいく。

 今度はホークアクジョが自らの翼を太刀のように薙ぎ払ってきた。

「チッ!」

 なんとか私は跳びあがって、翼の上に乗っかる。一緒に跳びあがり、ホークアクジョの肩に掴みかかって上空へ舞い上がり、相手の背中に一発、思いっきり蹴りを入れた。

「ぐあああああッ!」

 相手もかなりのダメージを喰らったのか、大きなうめき声を挙げた。

「まだまだよッ!」

「お、おのれ……」

 睨みつけてきたホークアクジョを睨み返す。

 再び空へと舞い上がったホークアクジョは、一度翼を閉じたかと思うと、一気に広げて何本もの羽根を逆立ててきた。

 ――マズい、あれは。

 と私が一瞬躊躇っている間に、無数の羽根が一斉にこちらへ矢のように射出されてきた。

「ううううううううッ!」

 ほとんどは避けることが出来たけど、何本かは私の身体を掠めた。服も腕と脇腹あたりに数か所ほど切り傷ができている。

「だ、大丈夫かメ?」

「心配ない。ただのかすり傷よ」

 メパーが心配そうにこちらを見てくる。

 私のことを呼び捨てにしてくる癖に、こういうところは優しいんだな。

「いつものオトメリッサたちよりも激しい肉弾戦を繰り広げているところ悪いメが……、影子ももう年なんだから無理するなメ」

 ――前言撤回。

 やっぱりコイツは私のことをナメてる。

「もう降参かしら?」

「まだまだよ。私がこれぐらいでやられるわけないでしょ!」

「本当に無理するなメ! 影子はもう、にじゅうは……」

 メパーがさりげなく私の個人情報を漏らしそうになった瞬間、私の手はメパーを思いっきりチョップしていた。メパーは「ぐふううううッだメ!」と鈍い声を挙げてきゅううううっと下降していく。

「あらあら、仲間割れ?」

「あんたも私の歳になれば分かるわよ。あ、もしかして、もう結構いい歳だったりして。まぁ、漢気吸い取らなきゃ若作りできないようなオバさんだもんねぇ。ごめんなさあああい、気が付かなくてえええええええ!」

「な、なんですってええええええええええッ⁉」

 私が吐いた悪態に、ルビラは額に力を込めて目を尖らせた。

 ――作戦成功!

「ええい、ホークアクジョ! こうなったらとどめを刺しておしまい!」

 相手は激高しているのか、声にかなり怒りが見られる。

 こうなったらこちらの勝ちだ。こういうのは冷静さを欠いた方が負けるって昔から相場が決まっている。

 さて、ここらでいっちょやってやりますか――。

「漢気、解放ッ!」

 私はその言葉を叫んだ。

 すると再び私の周囲にGODMSの粒が溢れ出してくる。

「メ……、これは……」

 メパーが大きく目を見開いた。

 GODMSの粒は、私の右腕に集中していく。やがてそれが淡く光を強めていくと、一本の日本刀に変化していった。

「いざ、参る!」

「なんで科学者なのに日本刀なんだメ……」

「こまけぇこたぁいいんだよ!」

 私は抜刀すると、刀を上段に構えた。

「こしゃくな真似をおおおおおおッ!」

 ホークアクジョが上空から私に目掛けて飛び掛かってきた。


 ――ふぅ。


 私は目を瞑り、深呼吸をする。鋭く空を切り裂いてくる音が聞こえる。微かな風の鼓動も感じ取れる。

 三……、


 二……、


 一……、


「オトメリッサ・影の一尖ッ!」


 呼吸を合わせ、私は一気に目を見開く。と同時に、刀を瞬時に振り下ろした。

 音もなく、刀の切っ先は私の下の方へと向けられる。そのまま静かに私は刀を腰の鞘に納めた。


 ズサッ!


 と静かに音が私の耳に届いた。と同時に、ホークアクジョがまるで不時着した飛行機のように地面へと叩きつけられてきた。

「ぐっ……」

 再び私は「ふぅ……」とため息を吐いた。

 地面にはもがくように立ち上がろうとするホークアクジョがこちらを睨みつけている。

「や、やったメか……」


 ――おい、メパー。


「ま、まだまだだ……」

 なんとか立ち上がったホークアクジョは再び翼を広げて、地面を蹴った。

 まだやるのか……。っていうか、メパー、さっきのはフラグだぞ。

 と突っ込む間もなく、ホークアクジョは上空からまたもや羽根を逆立ててきた。

「めえええええええッ!」

「しぶといわねッ!」

 私は鞘に納めた刀を再び握りしめた。

 もう一度目を瞑り……、いや、なんか埒が明かないから目は開いておこう。目をしっかり見開いて上空をしっかり睨んだ。

「メ……、影子……」

 今度は多分本当に心配しているのだろう。メパーは物陰から私のことを眺めている。

 ――今度は絶対に仕留めてやる!

 そう心に誓った私は、一層集中力を高めた。


「漢気、だいかい……」


 その瞬間――。


 何かがドサッ、と倒れる音がした。

 私の身体に冷たくて柔らかい感触と、湿った土の匂いが漂ってくる。なんだ、これ……。

「か、かげこおおおおおおおおおおおッ!」

 ――あぁ、そうか。

 メパーの叫びと共に、私が今置かれている状況がようやく理解できた。

 私の身体は、地面に密着していた。というよりも、倒れていたと言った方が正しい。

 一気に疲労が全身に行き渡り、いつの間にか変身も解けている。(まぁ、変身はほとんどマイナーチェンジだったからいいんだけど)

「あーっはっはっは! どうやら年寄りの冷や水だったようねぇ!」

 ――あぁ、五月蠅い。

 ルビラの嫌味ったらしい台詞すらも、心の中でそう思うのが精一杯だった。

 寧ろどうでもいいや、という気分にすらさせられそうだ。

「かげこ、かげこおおおおおおおおおッ!」

 ――ごめんね、メパー。

 やっぱりこの歳で無理しすぎたのがいけなかったのか、と自省する。一か八かの賭けだったけど、結果は失敗だったか。なんだろう、泣けてきた……。

「ふふふふふ、大分手こずらせてくれたみたいだけど、どうやらここまでみたいねぇ」

「か、影子はまだ負けていないメ!」

 ありがとう、メパー。でもね、ぶっちゃけもう負けています……。主に年齢に。

「そう。それじゃあ、ここらで良い物を見せてあげるわねぇ」


 ――良い物?


 不敵に笑うルビラは指をパチン、と鳴らした。

 闇のような粒が集まり、何かに形成される。人の形?


 ――いや、あれは。


 私はそこに現れた者たちを見て、信じられなかった。

 人の形は五つ。

 それも、みんな見たことのある……。

「あれは……、まさか……」


 ――オトメリッサ?


 捕まっていたと思われていたオトメリッサたちが、ようやく姿を現した。

 ただし、目は死んだ魚のようにトロンと生気を失い、カラフルな服も全員黒がメインになっている。クローも、マリンも、リーフも、インセクトも(コイツは元々黒ベースだけど)、そしてウィングも……。漢気どころか覇気の欠片も見られない。まるで、糸の切れた操り人形みたいだ。

「メ……、これって……」

「ふふふふ、ようやく彼女らの出番がきたようね」

 どういうことだ、と私はひたすら困惑していた。

「あなた……、オトメリッサたちに、何を……」

「折角のお客様がいらしたからねぇ。きちんとお土産を渡しただけのことよ。“改造”というお土産を、ね……」


 ――改造。

 そんな馬鹿な、と最早言葉に詰まるしかなかった。


「なんてことをメ……」

「オトメリッサ……、ついでにこの子たちの呼び名も少しばかり変えさせていただくわよ」


 そう言って、ルビラは手を大きく掲げた。


「さぁ、暴れなさいッ! “ダークメリッサ”たち!」


 

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