第14話 「灰神影子はこの場所を守りたい」

 ――負けた?


 ――オトメリッサたちが?


「そんな……」

 メパーの話を聞いて、私は愕然とした。信じれない……、あのオトメリッサたちが敗北してしまうなんて。

「メ……。考えてみたら、みんな実質まだ二回目の変身だったメ。そんな初心者がいきなり敵の本拠地に向かうのは無謀だったメ。もっと修行とか、新必殺技とかアイテムとか準備してから……」

「冷静に分析しとる場合かああああああああッ!」

「メええええええええッ!」

 もうほとんど八つ当たりの気持ちでメパーを思いっきりぶん回した。そうでもしなければ気が済まない。

「オトメリッサがッ! 負けるとかッ! ありえないからッ!」

「いやいやいや、現実を受け止めるメッ!」

「だあああああかあああああらああああああッ! なんでアンタはそんなに冷静なのよおおおおおおおおおおおおおッ!」

「メエエエエッ! まだ、死んだわけではないメッ!」

 ――えっ?

 それを聞いて、私はメパーを振り回すのをやめた。メパーはきゅううううっと目を回している。

「どういうことよッ⁉」

「お、オトメリッサたちが倒れて……、それから……、ボクは物陰から隠れて、様子を見ていたメ」

「ふぅん……、何もせず、ねぇ……」

 私は怖い顔でメパーを見据えた。

「メメメメメ! それ以外何もできなかったから仕方ないメ!」

「まぁいいわ。で?」

「で……、麻痺毒で意識を失ったオトメリッサたちは奥の部屋へ連れていかれたメ。それで、こっそり後をつけていくと、そこは何やら研究室みたいな場所だったメ。オトメリッサは何かカプセルじみた物体の中に入れられて、培養液的な物で漬物にされていたメ……」


 ……。


 私は言葉に詰まった。

 コイツを場外まで思いっきり投げ飛ばしてやりたい気分だったけど、今はそんなことをしている場合ではない。

「で、アンタは一人でこっそり逃げ出した、と――」

「メメメメ! 一応、アイツらの隙を見て助けよう試みたメ! でも、カプセルの蓋がボクの力じゃとても開けられなくて、仕方なくこうして助けを求めるしか……」

 そこまで聞いて、私はふぅ、とため息を吐いた。

 一応コイツなりに助けようとしたことは分かった。確かに、そんな状況なら逃げるしかなかったのかも知れない。

「……分かったわ」

「メ……」

「とりあえず、その場所を案内して頂戴。こうなったら私が助けに行くしかないでしょ」

 やれやれ、と私は首を振ってメパーを擦った。

「うう、申し訳ないメ……」

「大丈夫、アンタにそこまでは期待していないから」

 メパー……、さっきは振り回してごめんね。

 私は心の中で謝りながら、再び拳を握った。


 ――と、そのとき。


「あらあらあら、やっぱり漢気が一杯溢れているわねぇ」

 聞き覚えのある声が、私の耳元に聞こえてきた。

「ルビラッ!」

 目を配ると、上空に赤いドレスの女が浮かんでいた。その傍らには、黒い羽根が生えたハイレグの女もいる。おそらくあれがメパーの話していたホークアクジョ――岡田くんなのだろう。

「あら? そこにいるのは、オトメリッサたちのオマケじゃない」

 ――オマケ、だと?

 私は怒りが沸々とこみ上げてきた。どこまで神経を逆撫ですれば気が済むのだろうか、この女は。

「ここにアンタがいるってことは、まさか!」

「ふふふふ。予定とは大分違う形にはなってしまったけどね。アナタが予想している通り、ここにいる連中の漢気をたくさん吸い取ってやるわ」

 ――マズい!

 この武道館では、既に柔道の試合が行われている。しかも、今日は全て男子の部……。当然、ここにいる男の子たちに危険が及ぶ。

 それだけじゃない。この武道館の周囲は小さな公園になっていて、今でも一般の男性たちがくつろいでいる。今日は柔道の試合もあって、送り迎えや応援に来ている父兄たちもたくさん見かける。このままでは彼らも巻き添えになりかねない。

「……ルビラ、様」

 ホークアクジョがはぁ、はぁ、と息を荒げている。

 このままでは……。

「さぁ、まずはあなたからいきなさい、ホークアクジョ」

「はい……」

 ホークアクジョは真っ赤な翼をバサッと大きく広げ、上空へと飛び立った。

「や、やめろ……」

 私が止めようとしたのも束の間、ホークアクジョの翼から一斉に無数の羽根が飛んできた。まるで散弾銃のように地面に向けて発射されたそれは、地上にいる人たちに当たり……、

「うわぁッ!」

「キャッ!」

「ああああああああッ!」

 一件乱射しているように見えたが、その羽根は明確に“男性のみ”に命中し、そして彼らを次々と女へと変えていく。

 逃げ惑う人たちが見える。でも、女性には目もくれないのに対し、ここら辺にいる男性たちはほとんど女性に変えられてしまっている。

 ――こんな。

「ふふふふふふふふ、あーっはっはっはっは! なかなかやるじゃないの、ホークアクジョ」

「ルビラ様に喜んでいただけて何よりです……」

「この調子で館内にいる連中の漢気も吸い取るわよ」

 ――そんな。


 ――そんなことさせて、


「そんなことさせて……」

「ん? 何かしら?」

 私は拳をぐっと握りしめた。


「そんなことさせて、たまるもんですかあああああああああッ!」 

 広場に響き渡るほど大きな声で、私は叫んだ。

 そうだ――。

 この場所で、こんなことは絶対させるわけにはいかない。

 ルビラがこの場所を指定してきたとき、私は決心していた。この武道館で、好き勝手な真似は絶対にさせないって。だからこそオトメリッサたちの漢気を信じていた。まぁ、まさかあんな予想外の行動を取るなんて思わなかったけどね。

「……影子」

「メパー……、こうなったら私たちだけで何とかするわよ」

「メ……、何とかってどうするメ?」

 私はふっと笑みをこぼした。

 こんなこともあろうかと、念のために用意しておいたものがある。私は懐から“それ”を取り出した。本当に使うことになるとは夢にも思わなかったけど。

「これが何か、分かるかしら?」

「メ……、まさか、それは……」

 メパーも流石にこれは予想外だったに違いない。

 そう、私が取り出したもの……。それは、オトメリッサたちが変身する際に着けている、あのブレスレットだった。

「私が変身して戦うしかないでしょ」

「メ……。正気か、メ?」

 そりゃそんな反応になるでしょうね。私だって、使えるとは思っていない。

「一か八か、でしょ」

「だってそれは漢気がなければ……」

「だったら今だけでも私が漢気を見せるしかないでしょ。まぁ、私は女だけど……、女だってね、漢気がないわけじゃないの!」

 ――なんて啖呵を切ったけど。

 これは本当に賭けだ。このブレスレットを開発したのは私だけど、自分自身で試してみたことは一度たりともない。(まぁ、桃瀬君たちに渡したときも碌にテストしたわけじゃないけど)

「……そんな、失敗したら影子はどうなるメ?」

「さて、それもしっかり研究データとして自分自信で試してみないと、ね」

「どうしてそこまでメ……」

 メパーに聞かれて、私は緩く肩の力を落とした。

「ここはね、思い出の場所なの――」

「メ……? 思い出?」

 ――そう。

 ここは、私の、いや、“私たち”にとっての、思い出の場所。

「そうよ。ここはね、ジューンニーズの『バラシ』がかつて初めてライブを行った、思い出の場所。こんな小さな武道館でライブをして、それでもようやく客席が満員になって……。でも、ファンの間では始まりの一歩として聖地として崇められている場所なの。十周年記念ソングのMVでは、そのファンの期待に応えてここで撮影されて……」

 私は語った。バラシのことは初期から追いかけている身として、この場所はしっかりと守らないと……。心に誓い、私はルビラをしっかりと見据えた。

「メ……、どんな理由かと思ったら、メチャクチャしょうもない理由だったメ……」

「あん? 何か言ったかしら?」

「いえ、何でもないメ……」

 私はメパーを睨みつけていた目を再びルビラに戻し、もう一度しっかり見据えた。

「ルビラ! これ以上、あなたの好き勝手にはさせないわ!」

「ふふふふふ、あなたが戦おうっていうの? 面白いじゃない、やってみなさい」

 私はすぅ、っと深呼吸をした。

 ――これが、私の最初で最後の、魔法少女への変身。


 意を決して、私はブレスレットを装着した。


「オトメリッサチャージ、レディーゴーッッッ‼」

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