第13話 「黄金井爪はこの瞬間を待っていた」
「お、岡田……」
黒いハイレグ状の服を纏い、手に黒い羽根の生えた女……。コイツはさっきまで、確かに俺がよく知っている人物だった。けど、今はこのように全くと言っていいほど別の人物……、いや、別の生き物に変貌しちまっている。
「オトメ……リッサ……」
ややくぐもったような声でこちらに圧を掛けてくる。
「岡田、お前、なんでそんな姿に……」
コイツの姿がまだ信じられなかった。
昔は良く家に遊びに行ったり、ゲームやサッカーもしたりと連れ添ったような仲だ。俺が不良になってしまうきっかけを与えた奴とはいえ、こんな訳の分からない生き物にされてしまっては言葉に詰まる。
「あーっはっはっはっは! そうね、教えてあげる。私はねぇ、漢気を吸い取るだけじゃなくて、こうやって吸い取った子を闇乙女の仲間にしてあげることができるのよ」
――な。
「なん、だと……」
「ここに連れてきてから、たっくさんの漢気を吸い取ってあげたのよ。ただ、この子の漢気はなかなかの量だったからね。折角だから男でいられるギリギリのところで寸止めしてあげて、アナタたちの目の前で闇乙女に変貌してしまうところを見せてあげようと思ってねぇ」
――なんて奴だ。
俺は拳を握り、ルビラを睨みつけた。
コイツも同じ闇乙女の者だが、やることが一味違いやがる。間違いなく、戦ったら強い。
「こんな力、お前は只者ではないな」
「当然よ。私は闇乙女族の中でも上位種、言うなれば幹部だからね。こういった他の者とは違う力も持っているのよ」
不敵な笑みを浮かべるルビラ。
益々この女から放たれるオーラが強くなっていく。
――こんな。
俺は闇乙女へと変わってしまった岡田をもう一度睨みつけた。
そして、ゆっくりと深呼吸をして、剣を構えた。
――これで。
ふっ、と俺は笑い、剣を素早く振るった。
――心置きなく岡田と戦えるな。
「てやあああああああッ!」
俺は間髪を入れずに突撃して剣を振るった。流石にこのタイミングでの攻撃は相手も予測していなかったのか、かなり目を丸くして避けた。
「ちょっと、いきなり……」
「チッ、外したか。次は当てる!」
俺はもう一度剣を構えた。次は漢気を大解放するか。
「あの……、相手が岡田だってこと忘れていないメ?」
メパーは呆れたように聞いてくるが、
「知るかあああああああああッ!」
「いや、少しは躊躇えメ」
「俺は、俺は……、この時を待っていたんだ‼ 岡田に復讐してやる、この時を……」
俺は再び剣を振り下ろすが、また躱される。チクショウ、なかなか動きが素早い。
「……みみっちい奴だメ」
「うん、僕も同感」
「うるせぇッ! てめぇらは黙って見てろッ‼」
俺は神経を集中させて、再び剣を構えた。周囲にGODMSの粒が次第に集まってくる。周囲の空気も、先ほどよりずっと敏感に肌に感じる。
「まさか、爪くん……」
「漢気、大解放ッ!」
俺は一気に漢気を解放させて、もう一度相手に飛び掛かった。ひゅん、と素早い空気を割く音と共に、俺は剣で薙ぎ払った。流石に今度は相手も避け切れず、すんでのところで右腕に傷が出来た。
次は当てる、と俺もまた剣を振りかざす。だが、次は岡田――ホークアクジョも鋭い爪を剥き出しにした腕で受け止めた。先ほどの傷はどうやらあまり痛くはないらしい。
「……強い。さっきの泥団子とは大きな違いだ」
後ろから翼が何か言っているが、こっちはそれどころじゃない。
俺は剣に力をどんどん入れていくが、相手も負けじと腕に力を込める。剣と腕が拮抗しながら、お互い強く睨み合う。
と、一旦お互いが弾かれた。俺ははぁ、はぁ、と何度も呼吸を繰り返した。
「黄金井ッ!」
後ろからインセクトの声が聞こえたと思うと、何かが俺の横を勢いよく掠めた。
と、気が付くとホークアクジョの横で大きな衝撃と共にこれまた大きな岩が地面を抉っている。
「く、黒塚……。邪魔すんじゃねぇよッ!」
「はっはっは! 俺はお前と岡田の担任だからな。生徒同士の喧嘩を止めるのも、教師の仕事だ! ま、威勢がいいのは良いことだがな!」
「てめぇ……」
と、俺が黒塚に意識を取られていると、
「無視するなッ!」
再びホークアクジョがこちらに腕を振りかざしてきた。
――ヤバッ!。
そう思い、俺がはっと気が付くと、
「漢気、大解放ッ!」
その言葉と共にドシュッ! という鈍い音が辺りに鳴り響く。
一瞬目を閉じたが、自分の身体には特に痛みがないことが分かると、俺はゆっくり目を開いた。
「……大丈夫、ですか?」
俺の目の前で、葉――オトメリッサ・リーフが大きな葉っぱの盾を創り出していた。そいつのおかげで俺は助かったわけか。
「葉……」
「全く……。いきなり無茶な戦い方をするんですから。でもまぁ、でも植物たちが教えてくれました。憎しみの感情も、使い方次第で正義の力となる、って。その感情をどう使うかはあなた次第ですよ、爪さん」
そう言って、屈託のない笑顔をこちらに向けてくるリーフ。
全く、情けねぇ。
小学生のガキに、諭されちまうなんてな。俺もヤキが回ったか。
「こしゃくな……」
ホークアクジョがとうとう翼を思いっきりバサッと広げた。そして、地面を蹴るようにして静かに飛び上がった。
「ゲホッ、ゲホッ……」
部屋に舞った砂埃で俺は思わず咳き込んでしまう。だが、ここで負けてはいられない。俺はなんとか目を見開き、相手の方を睨みつけた。
が、再び羽を煽ぎ、砂埃が部屋中に蔓延してしまう。クソッ、これじゃあ迂闊に近付くことなんて……
と、思ったその時、
「オトメリッサ・スプラッシュジャベリンッ!」
渦巻く水飛沫を纏った槍が俺の横を掠め、ホークアクジョの左の羽を直撃した。背後にはいかにも槍を投げましたというポーズを取っている海――オトメリッサ・マリンがいた。
「ったく、せっかちすぎるだろ。しっかり冷静になって物事を考えろ」
ふっ、と不敵な笑みを浮かべるマリンを見て、俺も同じように笑いながら、
「アンタにだけは言われたかねぇよ」
と皮肉混じりに返した。
「き……、貴様ら……」
地面に落とされたホークアクジョは左の羽を押さえながらゆっくり立ち上がっていく。
「まだまだだよッ! オトメリッサ・ウイングアローッ‼」
また何かが横を掠めた。と思うと、ピンク色の矢が今度はホークアクジョの右翼に当たった。
「翼……」
「ホント、一人で突っ走っちゃダメだよ。僕だって戦いたいんだからさ。もっともっと、暴れたいじゃんッ! 思いっきり、ねッ‼」
暴れたいって……。
前から思っていたけど、コイツもしかして戦闘狂ってやつなのか? とぼけた顔をして、今まで喧嘩してきたどの不良どもよりもずっと恐ろしいな。
「そういうことだ、黄金井」
「もっと効率の良い方法でいくぞ」
「僕たち皆の力を合わせましょう」
「そうだよ。僕たち皆で『魔法少女オトメリッサ』なんだから!」
――みんな。
こんな感覚、久しぶりだ。確かに今までつるんでいた連中はいたけど、共に戦うなんて意識は薄かった。俺はあくまでも孤高の存在、それでしかない。
だけど、これはこれで……、
「あぁ。なんだか楽しくなってきたじゃねぇかッ‼」
俺は高笑いと共に、握り拳をみんなに突きつけた。それを見て、他の皆も同じように拳を突き上げた。
よし、こうなったら全員の力を合わせてやろうじゃ――。
「そうね、楽しくなってきたわね」
――ひゅん!
ルビラの声と共に、俺の身体は硬直した。
首筋に何か痛みが奔った。恐る恐る、痺れる手を何とかして動かすとそこには何かが刺さっている。これは、羽根、か……?
「るび、ら……。てめぇ……」
と、背後にいたはずのルビラの姿を見る。
「ふふふふ、ようやくこの姿をあなたたちに見せる時が来たようね」
そこにいたのは、俺たちが先ほどまで見ていたドレスの女ではなかった。
岡田が変身したホークアクジョと同じような赤いハイレグ状の服。そして、同じく赤い翼。ルビラの面影は残っているが、そこにいたのは完全に闇乙女族の異形な姿だった。
「……なにを、した」
俺だけじゃない。ウイングも、マリンも、リーフも、インセクトも……、段々身体の自由が利かなくなって地面に突っ伏していく。皆、俺と同じように首筋に赤い羽根が刺さっている。
「これが私の本当の姿。そう、私は『イーグルアクジョ』と呼ぶのが本来正しいのよ」
――な、なんてこった。
俺の意識がどんどん朦朧としてくる。
チクショウ、ここに来て……。
「も、もうダメ……」
「大丈夫、悪いようにはしないから。ふふふ、あなたたちのことは有効的に利用させてもらうわね」
――クソ、が。
俺たちの意識は段々遠のいて、そしてそのまま視界が真っ黒になっていった。
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