第9話 「灰神影子は彼らの漢気に期待している」
私はそこでビデオを止めた。
皆は未だに唖然と画面を見つめている。まぁ、無理もないでしょうね。
「これが皆をここに集めた理由よ」
「そういうわけだ。お前たち、岡田を助けるのに協力してくれ!」
そう。私がここに皆を集めた理由はひとつ。
岡田という男子生徒を攫ったルビラはこう言った。
『どうやらあなたが顧問をしている柔道の大会が来週あるそうじゃない? そのときに他のオトメリッサを全員連れてきなさい。もし来なければ、この子を女性に……、いえ、闇乙女族へと変えてあげる 』
全員を連れてくる――。
勿論、オトメリッサ全員が来たところで彼を無事に返してくれるなんて保証はない。でも、もし来なければ彼は確実に“GODMS”を吸い取られて闇乙女族へと変えられてしまう。
それが今回だけとは限らない。こういったことが続いたら、確実に世界は闇乙女族に支配されてしまう。
そして、その為に今日私は彼らを呼び寄せた。
ガラの悪い不良少年――、
いかにもなインテリ大学生――、
植物大好きな小学生――、
脳筋そうな教師――、
そして――、
経歴が不詳の、記憶喪失の少年――。
彼らは自らの“GODMS”を解放して、魔法少女オトメリッサに変身して戦うことが出来る。現状、唯一と言っていいほど彼女らに対抗する手段だ。
ただし、ルビラに関して言えば、彼女は確実にこれまで戦った相手よりも別格に強い。全く接点のない彼らが協力しなければ、間違いなくルビラに勝つことは不可能でしょうね。
さて、協力できるのだろうか……。
「なぁ、お前はやってくれるよな? 黄金井」
「あん? うっせぇよ黒塚。てか、てめぇがまさか魔法少女やっているとかマジきめぇんだけど」
「それはお前も同じだろう!」
――あれ?
黄金井君と黒塚さんが、なんか慣れたかのような言い争いを始めた。
「えっと、二人って……、知り合いなの?」
「知り合いも何も、この黒塚……」
「黄金井爪は俺の教え子だ」
――え?
まさかの接点あった。
「担任の先生だったの?」
「……そうだよ」
黄金井君がぶっきらぼうに返す。
――マジか。そりゃ辛いわな。
担任と生徒、しかも二人とも男同士で魔法少女のチームをやれとか気まずすぎる。私ならまずできる自信はない。
「だが、岡田は……」
「アイツの話をすんじゃねぇよ!」
「お前、まだアイツのこと……」
――え、何々?
「……許せるわけねぇだろ」
「もう過ぎたことだろ! いつまで根に持ってんだ!」
「うるせぇッ! アイツのせいで、俺は、俺は……」
いや、何があったよ少年。
あの攫われた岡田って少年とも因縁持ちなの、この黄金井君は。
「よ、よく分かったわ……」
――分かんないけど。
私は頭を抱えた。まさか、そういう展開になるとは思っていなかった。
なんだろう。女の子に変身するとかそういうこと以前に色々やりづらすぎる事象が出てきたような気がする。
他の皆は、そんなことないと信じたいけど……。
「俺もパスだ」
はい、悪い予感的中!
蒼条君も案の定そっぽを向いて断ってきた。
「……えっと」
「まず、あんな恥ずかしい恰好なんぞ二度と御免だ。それに、今度の土曜日はまた研究のレポートで忙しいからな。そんなことにかまけている暇はない」
冷たくあしらう蒼条君。なんか、彼のイメージっぽいといえばそうなんだけど、こう率直に言われるとため息しか出てこない。
あとは、緑山君だけど……。
「ぼ、僕も、ごめんなさい……」
申し訳なさそうに頭を下げる緑山君。いや、本当に申し訳ないのはこちらだよ。こんな戦いに巻き込んでしまって、大人として面目ない気持ちで一杯なんだよ。
「緑山君……」
「あの、その……。実は、次の土曜日は、お父さんと一緒に植物園に行く約束があって……。お父さん忙しくて、久しぶりに一緒に遊べるから……その……、ごめんなさい!」
だから謝らないで!
段々、自分の方が悪いことをしている気になってきた。
「ということで、俺もやめておく!」
――え?
黒塚さんまで、断るの!? この流れで!?
「いやなんでよ!? アンタ教え子を助けることに意気揚々としていたじゃない!」
「それがだな……。週末は俺が兼任しているバスケ部の試合と日程が被ってな。柔道部には申し訳ないが、そちらの方に応援に行くと約束してしまって……」
――ちょっと待ちなさいよ。
アンタ、さっきまで岡田君を助ける気マンマンだったでしょ!? それがまさかの来られないとかアリ!?
これ、どうすんのよ!? この調子じゃ桃瀬君も……。
「みんな! いい加減にしてよ!」
あ、この子はなんかやる気みたいだ。
「桃瀬君……、君は……」
「皆、自分の事しか考えていないじゃないか! 岡田君のことだってそうだし、そのまま闇乙女族を放置していたらもっと被害が出るかも知れないんだよ! それを止められるのは僕たちだけなんだから、もっと自分がやるべきことを考えなよ!」
――ええ子や。
一番何を考えているのか分からない子だけど、どうやら一番正義感に溢れている性格みたいだ。
「うう、それは……」
「チッ……」
「ウム……」
「クソッ……」
彼に叱咤されて、他の皆も流石にしゅんと項垂れた。
「ま、まぁいいわ。そうね……」
私は話を進めることにした。
「灰神さん、僕はやりますから!」
「ありがとう……」
君だけだよ、そんなことを言ってくれるのは。
けど……。
桃瀬君だけが来たところで意味はない。ルビラという女は『オトメリッサを全員連れてくるように』と言ってきたのだ。
「……仕方ないわ。無理強いはできないし」
私は咳ばらいを挟み、観念して大人らしい話をすることにした。
「灰神さん、でも……」
「まず、成り行き上とはいえ、こんな戦いにあなたたちを巻き込んだことを謝るわ。本当にごめんなさい」
私は彼らに頭を下げた。ここはしっかり謝罪するのが大人というものだろう。
「ま、まぁ分かればいいんだが……」
「ただ、桃瀬君が言っているように、このまま闇乙女族を放っておくわけにはいかないわ。ルビラはおそらく、闇乙女族の中でも上位の存在――言うなれば“幹部”ね。配下の闇乙女族から分かるように、彼女は漢気を吸い取った人間を自分らと同じ闇乙女族へと変化させることのできる力を持っているみたい。おそらくここで一気に漢気を吸い取って闇乙女族を増やすつもりでしょうね」
「そんなこと絶対させるもんか!」
桃瀬君だけガッツポーズで真面目な表情をしている。他の皆はただ黙っているだけだけど。
「調べたところによると、ルビラは自分たちが封印された遺跡に潜伏しているみたいね。そこには強力な結界が張ってあって、ちょっとやそっとじゃ立ち入ることはできないわ。ここは彼女に乗っかって、相手が指定した柔道大会で決戦を仕掛けるのが得策だと思う」
「そんなことをしたら一般人にも被害が出るだろ」
蒼条君が冷静に返してくる。
「ええ、無論それは承知よ。でも、こうなった以上、それ以外にないわ。勿論、あなたたちが戦わなかったらその被害は更に拡大するでしょうけど、ね」
……。
そう言ったら、皆が揃って黙り込んだ。
流石にこれで考え直してくれると期待している。ただ、無理矢理は私としても心苦しい。
「今日は木曜日。まだあと二日あるわ。それまでにしっかり考えて頂戴。勿論、私も、メパーも、しっかりサポートするから」
「メ!」
メパーが意気揚々と声を挙げた。
「戦う意志がある人は、明後日の十時、柔道大会の会場に来なさい。勿論、降りたかったら降りてもらっても構わない。けど私は期待しているわ。あなたたちの勇気と、“漢気”に、ね」
私は彼らを見据えた。まだ皆悩んでいるのか気難しい顔を浮かべている。
「うん、分かった!」
「……仕方ないな」
「……あぁ、しゃーねぇな」
「うん……」
「おう!」
それぞれ思い思いに返事をしていく。
そんな煮え切らない雰囲気で、この会議は解散した。
重要な決断。
あの闇乙女族と戦えるのは、彼ら――いや、“彼女”らだけしかいない。
私は信じている。
魔法少女オトメリッサたちの、“漢気”を――。
そして、土曜日――。
柔道大会が開かれる、町外れの武道館。
私には、この状況が信じられなかった。
まさか、こんなことになろうとは――。
「……なんで、なんでこんなことに」
時刻は、十一時半。
「なんで、なんでなんでなんでなんでなんでッ!?」
私は怒りを通り越して泣いてしまいそうだった。
約束の時間は、十時。
「なんで、こうなってんのよおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
私は思いもよらなかった。
誰一人、この場に来ないという結果になろうとは――。
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