第6話 「緑山葉はケジメをつけたい(後編)」

 ――えっと。

 まず髪を触ってみる。なんか、凄い伸びてるし、後ろのほうがなんかまとまってふさふさした感触がある。

 ――で、次は。

 胸を触ってみる。なんだろう、やたら大きい。同級生の女の子でも、ここまで大きい人はそうそういない。

 ――で、一番怖いところ。

 こっそり、股の間を触ってみる。傍からみたらただの変態かも知れないけど、今は、その……、一大事だから仕方がない。

 そして、触ってみるが……。

「ない……」

 見慣れたあのモノが、なくなっていた。

「うーん、いいわね、その反応。TSものはこうでなくっちゃ」

 あの保健医(?)さんがうんうん、と頷きながらこっちを見てきた。

「えっと、これってもしかして……」

「ちゃんと自分の姿を見てもらった方が早いわね。メパー!」

「メ!」

 彼女の背後から、虫か鳥みたいなものが飛んできた。いや、見るからにそれは虫でも鳥でもなかった。羽は生えているけど、白くてフサフサした塊に目が付いていて、かろうじて手だと分かる部分には、一枚のコンパクトを持っている。

 で、そのコンパクトの鏡を見ると……。


 長い睫毛に、緑色のポニーテール。ストールとチューブドレスチックな衣装に、大きな胸。下に視線を移していくと、僕よりも少し年上ぐらいの少女の姿がそこに見える。

 でも、これは紛れもなく……、僕の姿だ。

「お、お、お、お、お、お、お、お、お、女の子になってるううううううううううううううッ⁉」

 僕は絶句し、目が点になった。

 え、僕にはあの綿毛ついていないよね? ていうか、服も変わっているし……。なんだか少しお姉さんになっているし。スカートが短くてスースーする。

「メパー、あとはあなたに任せるわ! 私はこの先生と他の人たちを介抱してくる!」

「メ! さぁ、オトメリッサ・リーフ。あいつらに奪われた漢気を取り返すメ!」

 漢気を、取り返す……?

 またもや意味不明な台詞を吐いたけど、多分あのタンポポ女と戦えということなのだろう。

 けど、これでどうやって戦えばいいのだろうか。

「まずは漢気“GODMS”を解放するメ!」

 ……えっと。

 そう言われても、どういうことなのか全く分からない。

「どうすれば……」

「むにゃむにゃ……、ん? 君、誰? 女の子には用はないんだけど」

 あ、マズい……。

 僕が困惑している間に、眠っていたあのタンポポ女が起きたみたいだ。

「漢気を込めて、とにかく叫ぶメ!」

 だから漢気ってどういうこと⁉

 とりあえずは叫べばいいのか?

 とにかくやるしかないと思い、僕は一瞬目を瞑った後、思いっきり見開いた。

「漢気解放ッ!」

 そう叫ぶと、僕の周りにさっきと同じような緑色の光の粒が現れ出した。しかし先ほどと違っているのは、僕の右手の辺りに集中している。

 やがてその光の粒が消えたかと思うと、何かずっしりと重い物が僕の手に握られていることに気が付いた。先端に刃のついた重い武器……、これは、斧?

「メ! それでアイツを倒すメ!」

 ――まさかの斧。

 魔法少女というからにはもっと可愛らしい武器がくるものかと予想していたけど、斜め上だった。しかも僕は斧なんて使ったことはないし、力もそこまであるわけではない。

「ふぁぁ……、え? 私を倒すの? いいよ、やれるものならやってみて」

 あまりにこちらを舐めてかかったような口調でタンポポ女が挑発してきた。

 ――来る!

 僕は軽く呼吸をしながら、タンポポ女を見据えた。

 地面が一瞬、ボコッと盛り上がったかと思うと、ひび割れた土の中から細い根が飛び出してきた。

 先ほどと同じく根で僕を縛る気か、と察し、僕は思わず手にした斧を振りかざす。バキッ、という音と共に根が勢いよく真っ二つに切断された。

 これが、僕の力……?

「なかなかやるじゃない」

 もう一本、別の根が僕の方へと襲い掛かってきた。一瞬目を瞑ってから再び斧を振り回した。またもやバキッという音と共に根が切断される。

「はぁ、はぁ……」

 少しだけ息があがるけど、そこまでしんどいわけじゃない。女の子の姿になっているから非力なのかと思っていたけど、そんなことはない。

「じゃあ、これならどう?」

 タンポポ女の頭が再び綿毛をポンっ、と咲かせてきた。

 あれはまさか、さっきの……?

「いや、さっきのとは少し様子が違うメ!」

 ふわふわの生き物が僕の考えていることを察したのか、忠告してきた。

「ふわぁ……」

 と、相変わらず欠伸をするタンポポ女だったが、どこか様子が違う。頭の綿毛を一本抜いた後に、それをふっと吹きかざし――、


 ドゴンッ!


 僕の頬を何かが掠めたかと思うと、いつの間にか背後の地面に窪みができていた。僕の頬からはツーッ、と血が滴り落ちる。

 今のはわざと当てなかっただけだ――。

「次は当てるよ~」

 緊張のあまり、ごくり、と唾を飲み込むしかなかった。

 あんなのが当たったら、と思うと怖くて仕方がない。相手はとぼけたような顔をしていながら、確実にこちらの息の根を止めようとしているのは確実だ。

 と、考えている間に、タンポポ女は頭の綿毛を一気にむしり取った。ひとつずつじゃない、ということは……。

「漢気を更に解放するメ!」

 ――えっと。

 解放って、これ以上? 一体、漢気って何なの?

 と、またもや困惑していると、タンポポ女が再び綿毛にふっ、と息を吹きかけようとしていた。もう仕方がない。やるしか……。


「漢気、大解放ッ!」


 僕が叫ぶと同時に、タンポポ女は綿毛を飛ばしてきた。

 ドゴッ!

 大きな音が僕の前で耳をつんざくように鳴り響いた。が、僕自身にダメージはない。

 漢気を大解放した瞬間、僕の前に集まった緑色の粒が、葉っぱへと形を変え、それらは集合して一枚の大きな壁……、いや、盾に変化していた。

 ――凄い。

 盾があの綿毛爆弾を全部防いだ。葉っぱで出来ているのに、ビクともしない。

「ふあぁ、やるじゃない。けど……」

 僕が呆気に取られている間に、地面から再び根が足首を絡めとった。

「これぐらい、また斬ってしまえば……」

「……ぐすん」

 ――え?

 タンポポ女から涙を啜るような音が聞こえてきた。

「メ?」

「ふえぇん、斧怖いよぉ……。私、ただのタンポポなのに、地面にひっそりと生えて綿毛を飛ばして生きているだけなのに……」

「え、えっと……」

「お水、欲しかっただけなのに……。お友達が欲しかった、だけなのに……」

 ――そんな。

 タンポポ女が啜り泣いている。地面から生えているだけの、小さな花。彼女もまた、そんな小さな命でしかない。僕はすっかりそのことを失念していた。

 こんな命を奪うなんて……。

「しっかりするメ!」

 僕ははっと気が付き、辺りを見渡した。

 周囲の土が穴ぼこだらけになっている。地面からはタンポポ女の根や綿毛爆弾のせいで、土が抉れたように荒らされている。花たちも潰されているか焦げている。


 ――こんなの。


 ――こんなの。


 ――こんなの。


「……ふざけんじゃ、ねぇよッ!」


 僕は怒鳴った。

 腹の底から、怒りを精一杯に込めて怒鳴った。僕のできる限りの目力でタンポポ女を睨みつけた。

「……え?」

「……メ?」

「ただのタンポポだと⁉ それで済むと思っているのか⁉ 友達や先生を襲って、花たちをメチャクチャにして、それで泣き落としって、随分都合がいいなぁオイッッ!」

 タンポポ女も、ふわふわの生き物も、どこか引いたような眼で僕を見ている。

 が、僕にとって今はそんなことはどうでも良かった。

「植物たちは教えてくれた。罪を憎んで人を憎まず、しかし、罪を罪と思っていない者は精一杯憎むのが礼儀だ、ってなぁッ!」

 僕は斧をこれまでにないぐらいの力で振りかざし、根を思いっきり切断した。

「ぎゃあああああッ!」

 そして僕は立ち上がり、更に力を込めて斧を握った。


「オトメリッサ・プラントトマホーク!」

 斧を投げつけると緑色の粒が葉っぱの形となって纏わりついていく。

 そして、斧がタンポポ女に突き刺さると、纏わりついていた葉っぱが次々と鎌鼬のように彼女の周囲を斬りつけていった。

「きゃあぁぁぁぁッ! 私は、ただの、タンポポ……」

 そう言って、タンポポ女は見る形もなく消滅していった。


「……メ。怖かった、メ」

 メパーはようやく言葉が出たみたいだ。

 ふぅ、と僕が一息を吐くと、僕の視線がみるみるうちに下がっていく。胸も真っ平になっているし、どうやら男に戻ったみたいだ。

「どうやら倒したみたいね」

 しばらく待っていたら、あの保健医と名乗る女性が戻ってきた。

「あ……お帰りなさい。皆は無事なんですか?」

「ほとんどの人は男に戻っているわ。さっきの先生だけは漢気を完全に吸い取られてしまって戻れなくなってしまったけどね」


 ――権藤先生。


 明日からどんな顔して僕はあの先生に挨拶をすればいいのだろうか。

 困惑気味にそんなことを考えていると、僕は再びあのブレスレットが目に入ってしまった。

「えっと、これお返しします……」

「いえ、それはあなたにあげるわ」

「でも、知らない人から物を貰っちゃダメだって……」

「ちゃんと詳しいことは説明するから。今度、ここに来なさい」

 そう言って女性は一枚の紙を差し出してきた。これは、名刺?


『灰神ラボ所長代理 灰神影子』

 その名刺にはそう書いてあった。やっぱり、保健医じゃなかったじゃないか……。

 僕がしばらくその名刺を眺めていると……。

「坊ちゃん! 遅いからお迎えにきましたよ!」

 黒いスーツの男性がこちらに近付いてきた。僕も見知った顔だ。

柳田やなぎだ! 学校には来ないでって言ったじゃない」

「すみません、でも、組長が遅いから迎えに行けとのことで……」

 パパがそんなこと言っていたのか。

 はぁ、とため息を吐きながら僕は柳田のほうを見る。

「まぁいいか。あ、でも花壇を少しだけ手入れしてから帰りたいから、ちょっとだけ待っていてもらえる?」

「は、はぁ……。そういえば、週末の水族館行きの話ですが、最近あの辺で人が海に引きずり込まれる事件があったそうで、しばらく休館とのことで……」


 柳田が淡々と色んな話をしていると、灰神さんが呆然と僕の方を見つめてきた。


「えっと、君は……」

「誰だ、アンタは?」

「あぁ、保健の先生だよ」

 柳田があまりにも恐ろしい表情でこちらを見てくるから、とりあえずそういうことにして誤魔化しておいた。灰神さんとメパーはかなり顔を強張らせて後退りしている。

「そうか……。こちらの方は、緑山組の組長の御子息、緑山葉さんだ。いつもお世話になっております。あと、できればこのことは内密に……」

「柳田。静かにして」

「ぼ、坊ちゃん。すみません」

 柳田を窘めながら、僕は荒れてしまった花壇の手入れを始めた。


 そうこうしているうちに、あの灰神さんとふわふわの生き物はいつの間にかいなくなっていた――。



「……そういうことよ」

 灰神さんが映像を止め、引きつった表情で、僕を見つめてきた。

「お前、緑山組の……」

「あまり恥ずかしいから言わないで欲しかったんだけどね」

 緑山組はこの辺り一帯では有名な極道だ。そんな組の息子が花いじりが趣味だなんて、他の人に知られると恥ずかしい。

 みんながしばらく沈黙していた。


 そんなに変だったのかな? ……花いじりの趣味。


 とはいえ、僕もこうして女の子に変身した姿を見ると、別の恥ずかしさがこみ上げてくる。他の人たちとは違い、ちょっとお姉さんに変身しているから違和感も凄い。

「さて、気を取り直して、最後のあなたにいくわよ」

「おう! いよいよ俺の出番ってわけだな!」

 筋肉質な大柄の男性が大声で返事をしてきた。

 ここに集まった中では一番年上なのだろうか、見せつけている余裕が全然違う。

 正直、この人が女になる姿が想像できない。

 一体、どうなるのだろうか……。

 困惑している中、次の映像が始まった――。

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