第4話 「蒼条海は早く帰りたい(後編)」

「さぁ、オトメリッサ・マリン! ここから脱出して敵を倒すメ!」

 ……で、だ。

「いや、まず詳しい説明をしろ」

 俺は変な生き物を静かに怒鳴った。

 さっきまで漢気がどうこう言っていた癖に女になって戦えというのは意味が分からない。というか、なんで女になっているのか分からない。(しかも変なハイレグもどきの恰好だし)

「詳しい説明は後だメ! 時間がないメ!」

 確かにそうだ、と無理矢理自分を納得させた。というよりもさせるしかない。

 このままじゃレポートが出来ないどころか、蛸にされてしまう。俺だけじゃなく、ここで倒れている連中も変化してしまうのか。そうなったらあの危険な蛸が増える可能性が高い。

 冷静に分析する暇はない、か。

「……どうすればいい?」

「漢気、“GODMS”を解放するメ!」

 ……ごど、むす?

 また良く分からない単語が出てきた。おそらく隠語の類なのだろうが、要するに漢気って意味だろう。

 こうなったら試しにやってみるか。

「漢気解放ッ!」

 俺は叫んだ。

 その瞬間――、

 俺の右手に青白い光が集まる。そいつは何か細長い棒のような形を作っていったかと思い、しばらくすると一本の槍が出来上がった。

「槍、か……」


 ……。


 …………。


 ………………で?

「これでどうやって脱出しろと?」

「メ……。考えていなかったメ」

「あ、アホくさ……」

 俺は段々頭が痛くなってきた。

 とにかくこの壺を脱出するしかないのだが、どうやって出るべきなのだろうか。天井までは高い。壁もツルツルしてとてもじゃないが登れそうにない。

「壁を壊す、か……」

「外は海だメ! こんなところで穴を空けたら水が入ってきてしまって皆が溺れてしまうメ!」

 ――あぁ、俺たちは海の中にいるのか。

 どうやらこの空間には空気があるみたいだが、外に出たら水の中らしい。俺はそこそこ泳げる自信はあるが、他の連中は気絶しているからマズい。というか、ここがどのくらいの水深にあるのかまだ把握できない以上は迂闊なことはできない。

 さて、どうするか――。

「オンナの気配がするタコ? いや、こんなに早く漢気が抜けるはずは……」

 外から蛸女の声が聞こえてきた。

「ちょっとマズいかも、メ」

 ――かもな。

 いや、これはチャンスかも知れない。もしかすると……。

「さっき捕まえた奴タコ?」

 そういって、

 ――ドシン!

 という音ともに巨大な柱、いや、触手が上空から降ってきた。なんとかそれを避け、触手は周囲をガサゴソとさする。

 ――コイツだ。

 俺は触手に槍を刺して、そこに掴まった。

「ん? なにかチクッとしタコ?」

 あまり痛覚はない部分らしいが、触手の動きはやがて止まり、上空へと引っ張られていく。

 ヌルヌルしていて今にも槍が抜けそうではあったが、俺は必死でしがみついた。

 天井まで、あと一メートル――。

 

 五十センチ――、


 十センチ――、


「いまだッ!」

 俺は壺の出口に掴まり、勢いよく外へ出た。

「タ、タコおおおおおおおおおッ!」

 外は海。壺の中から水中へようやく出た。

 流石に視界が悪い。動きも鈍くなっている。この状態だと動きづらい……。

「漢気を大解放するメ!」

 壺の中から、あの変な生き物の声が聞こえてきた。

 ――言うとおりにするしか、ないか。

「漢気、大解放ッ!」

 そう叫ぶと、身体がふわりと軽くなったような感じがした。

 ――息が、できる?

 水圧に屈することなく、外の水中空間へ俺は上下左右に動いた。普通に水泳するより、断然動きやすい。視界もくっきりと見える。

「そうか、これが――」

 今、漢気を大解放した力――、どうやらそれによって俺は水中でも自在に動けるようになったらしい。

 さて、これならあの蛸女も――。

「だ、誰だお前タコおおおおおおおおッ!」

 ようやく蛸女の全貌が見えた。

 身体は俺と大して変わらない大きさ。美人ではあるが、赤黒い肌がどことなくヌメっている。胸には申し訳程度にサラシが巻かれているが、そこそこ大きい。

 そして下半身には、上半身よりもかなり大きな脚が、


 一、二、三、四、五、六、七、八――、


 九――、


 十……。


「って、イカじゃねぇかあああああああぁぁぁぁッ!」

 俺は思わずツッコんだ。

 さっきからオクトパスアクジョとか呼ばれているからどんな姿なのか冷静に観察していたら……。

「失礼なッ! オクトパスって言っているタコッ!」

「いや、その脚ッ!」

「毎日ムダ毛の手入れしているタコッ!」

 ――そこじゃないッ!

 ついでにお前は蛸の癖に毛が生えるのか、と言いたい気持ちはあったがそこは黙っておくことにした。

 ――ええい、今はツッコんでいる暇はない。

「貴様には色々と言いたいことがあるが、生憎と俺は多忙の身だからな。大人しく去ってもらうか」

「そんなこと知っタコとか! 私は漢気を吸い尽くして最強になってやるタコ!」

「ふんっ、いかにも暇人の、いや、暇蛸の発想だな。蛸ってのは頭の良い生き物のはずなのだが、どうやら貴様はそうでもないらしい」

「ほざくタコッ!」

「これは少しばかりおしおきせねばなるまいな。暇人の仕事は、忙しい者の邪魔をしないことだと知れッ!」

 俺は蛸女を睨みつけた。

「やかましいタコッ!」

 蛸女は触手を俺のほうに伸ばしてきた。が、俺はすぐに左によけて躱す。

 次は別の触手が伸びてきた。これも躱す。

 水中での動きがスムーズになっているとはいえ、スピードが出ているわけではない。寧ろ相手は十本の触手を何本も素早く絡ませながら使ってきている。

 次の触手が目前に迫ってきた。俺はまたそれを避けようと左に動いた――。

「甘いタコッ!」

 別の触手が死角から俺の左足を掴んだ。

「ぐっ!」

「ははは、このタコがッ! ざまぁみろタコ!」

 そのまま触手は俺の身体に巻き付き、あっという間に俺を雁字搦めにした。

 ――クソッ!

 ヌルヌルとしている癖に、妙に力が強い。変身前だったら既にあばらが砕けてもおかしくないくらいだ。

 このままでは絞め殺されるぞ――。

 俺は一か八か、手にした槍に力を込めた。

「うおおおおおおおおッ!」

 精一杯の漢気を込めて、触手の根元に向けて槍を投げた。俺の思惑通り、槍は刺さり、そして蛸女は「ぐえええッ!」と声を挙げて、一瞬触手が緩んだ。

 今のうちに――。

 隙をついて俺はその場から脱出し、蛸女から距離を置いた。

 なんだかんだで水中はあちらのほうが有利だ。このままでは埒が明かない。

 そう思った俺は上を見て、急いで動いた。


 ――水中がダメなら、


「地上で戦う、か」


 泳いで上へ向かっていく。光が差している。おそらく、そこまで水面まで距離はない。

「逃がすかタコッ!」

 蛸女の触手が何度も迫ってくるが、左、右、と何度も避けていった。

 ――もう少し、だ。

「いっけええええええッ!」

「おのれええええええッ!」

 大声を挙げて、俺は水面から勢いよく音を立てて跳び上がった。そのまま激しいジャンプで橋の柵まで飛び乗った。

 俺はそこからもう一度集中して漢気を解放した。すると、先ほど刺した槍がもう一度俺の右手に形成されていった。

「こしゃくなタコおおおおおおおッ!」

 蛸女の巨体が水上へと現れた。俺はもう一度、集中して蛸女を睨みつけた。

「オトメリッサ・スプラッシュジャベリン!」

 蛸女へ、思いっきり槍を投げた。槍の先端は激しく渦巻いた水が纏う。

 そして……、

「ぐあああああああああああッ! こんな負け方、酷いじゃなイカ……」

 槍は蛸女の胴体へ命中し、けたたましい声と共に、刺さった槍の先端に纏われていた水流が蛸女を包み、やがて蛸女はそのまま消えていった。


「……やっぱりイカだったのか?」

 疲れ果てた身体で息をしながら、俺は何故かそんなことを気にしてしまった。

 しばらく待っていると、水面に巨大な壺が浮かび上がってきた。そこからぶしゃあ、と噴水のように水が溢れ出し、一緒に捕まっていた人たちが吹き上げられていった。

「やったメ!」

 どうやらこの生き物も同じように出てきたらしい。

 橋の上には捕まった人たちが打ち上げられていく。まだ気絶はしているが、おそらく命に別状はないだろう。ちなみに先ほど手が蛸になっていた者もいるが、どうやら手は戻ったみたいだ。……手は、だが。

「女になった人は元に戻らないのか?」

「GODMSを完全に吸い取られたら元には戻らないメ……」

 ――そうか。

 俺はその人に対して少しばかり憐れんだ。

 が、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 気が付くと、俺の身体は元の男に戻っている。眼鏡をはめ直し、俺は橋に置きっぱなしだった鞄を急いで拾い上げた。

「……今は時間がない。後日詳しい説明はしてもらうからな」

「メ! それじゃあこの名刺を渡すメ!」

 俺は変な生き物から一枚の名刺を受け取った。

 そこには「灰神ラボ所長代理 灰神影子」という名前と共に住所が書かれていた。

「いいか、本当に今度、しっかり説明してもらうぞッ!」

「メ! それじゃあまた会うメ! オトメリッサ・マリン!」

 ――その名で呼ぶなッ!

 と、言いたい気持ちを抑えて、俺は走って帰路に着くのだった。



「というのが、彼が変身したいきさつね」

 改めて、この間起こった出来事を見させられたわけだが。


 ――恥ずかしい。


 という言葉しか出てこない。というか、最早言葉も出てこない。

 あんなレオタードとヒラヒラした衣装に身を包んで戦っていた少女が、まさか自分だなんて。何がオトメリッサ・マリンだ。阿保らしい……。

「で、結局レポートは間に合ったんですか?」

「あ、あぁ……なんとか、な」

 と、はぐらかしたが。

 実は、この出来事がどうしても気になって、結局あの後は思うようにレポートに取り掛かることができなかった。

 ある程度は完成していたのでなんとか提出できるレベルではあったのだが、正直もっと手直ししたかった。それでも教授からは絶賛されたのだが、あまり納得は出来ていない。

 それもこれも、闇乙女族のせいだ――。

「そういやあのドレスの女、ルビラって名前なのか」

「ええ。どうやら闇乙女族の中でも上位にいる存在みたいね。部下をあちらこちらにけしかけてGODMSを奪っているみたいだけど、その実態は把握できていないわ」

 ――ルビラ。

 俺が蛸壺に捕まったときに現れた、謎の女。

 コイツが蛸女をけしかけたりしなければ、俺のレポートはもっと完成されたものになっていたはずなのに……。

「……許せん」

 俺の口から思わず怒りの声が漏れた。

「そうね、許せないわ。絶対、アイツらを全滅させましょう」

 おそらく俺が言った言葉とは別の意味なのだろうが、許せないのは一緒だと自分を納得させることにした。

 まだ戦いは終わらないと考えた方が良いのかもしれないが、またあの姿に変身するのかと思うと俺はため息しか出てこなかった。

「さて、次は君の番よ。緑山くん」

「えっ?」

 今度は緑髪の小学生が呼ばれた。

 こんな小さい子どももいるのか……、と最初に来た時から気にはなっていた。まぁ、俺も変身したら中学生くらいの姿になったし、歳はこの際気にしない方がいいかもしれない。というより、この面々が烏合の衆すぎるのだが。

「あなたの変身もしっかり見なきゃならないからね。それじゃあ映すわよ、オトメリッサ・リーフこと緑山葉くん」

「うぅ、恥ずかしい……」

 葉と呼ばれた少年が赤面している最中、次の映像が映されていった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る