008:オクト焼き屋台


 オクト焼きという食べ物がある。

 

 カイム・アウルーラ特有の食べ物というわけではないが、その材料となるオクトローパーという生き物自体が、この街と、東の最果てイーステン・ウェイと呼ばれる地方くらいでしか食されていないので、珍しい食べ物と言えるかもしれない。


 オクトローパーのビジュアルを知らずに、オクトローパーの触手を食べるのであれば、幸せだ。

 軽く塩ゆでするだけで、ぷりぷりとした歯応えと、噛めば噛むほどあふれ出す特有の旨味が、口の中を支配する幸せに存分に浸れるのだから。


 だが、生きて森を徘徊するその見た目は、お世辞にも、こんな美味しい食材となるとは思えないほどグロテスクなのである。

 その為、生きたオクトローパーを見たいのであれば、一度その身を食べてから――などと言われるほどだ。

 見てから食べるのは、必要な勇気が多すぎる、と。


 それはさておき。

 話をオクト焼きに戻す。


 オクト焼きは、水で溶いた小麦粉に、ぶつ切りのオクトローパーの触手、赤生姜ロウテジンジャー、刻みネギや調味料などを加えて、丸く焼き上げるものだ。

 その丸く焼き上げた物を串に三つほど刺して、タレを塗れば完成だ。


 持ち歩きメニューとして優れており、ひとたび食べられ始めると一気に人気料理となって、今に至る。

 丸く焼き上げる為に、専用のオクト焼き機なんて花導具フィオレが作られる程度には、今のカイム・アウルーラではメジャーな食べ物だ。


 中央リリサレナ広場を筆頭に、各大通りなどに、必ず一つはオクト焼きの屋台もあるので、街で知らない者はいないだろう。


「……戯れで作ったオモチャが、まさかここまで流行するなんて思ってなかったんだけど……」


 この花導具には罪はないんだけどさ――などと嘆息しながら、ユノは、オクト焼き器についているメンテナンス用の小さなドア状覗き窓を開ける。


「そのオモチャで稼がせて貰ってる身としては、ユノちゃん様々なんだけどな」


 このオクト焼き屋台の店主は、陽光を反射するように輝く禿頭を撫でながら笑った。


「この子を無理させず、正しく役目を果たさせてるみたいだから、文句は言わないわよ」


 最近、上手く焼けなくなった。

 穴の中に、熱を得ないものがあるっぽい――そう依頼されたユノは、今、この屋台の商売道具であるオクト焼き機を診ているわけである。


「キルヒホじゅの根っ子を持ってきておいて正解だったわね」

「ここでバラすのかい?」

「そんな難しい作業じゃないしね」


 この花導具フィオレはプレートが箱の上に乗っているような形をしており、その箱部分に霊花エテルネルールが咲いている。

 ユノがバラすのは、そんな花が咲いている箱部分。この中に、花導具フィオレを機能させるものが詰まっているのだ。


 留め金をはずし、覗き窓のついている面をそれごと外す。

 作業をするにはこの窓では狭すぎる。


 今回のオクト焼き器は、ハイビスカスの霊花エテルネルールを起点に、熱を生む花術紋フルーレムが描かれた基札エル・ボードを経由して、丸い凹みが十二個ついたプレートへとマナが流れるようになっている。

 そのマナを運ぶのが、霊根ケーブルと呼ばれる紐だ。


 熱を生む基札エル・ボードから、効果を拡散させる基札エル・ボードへと霊根ケーブルが繋がっており、さらに拡散の基札エル・ボードから十二本の霊根ケーブルがプレートの凹みの裏側へと繋がっている。


「おっちゃん、この十二本ある霊根のうちの、コレとコレ。ちょっと劣化してるんだけど、わかる?」

「おう。何か細くなっちまってるな」

「ええ。先史花導具アルテ・フィオレと違って、現代の花導具フィオレは完全な劣化防止は不可能と言われてるの」

「むしろ、大昔の連中が作った劣化しねぇモンってのが非常識な気がするけどなッ!」

「あたしもそう思う」


 だからこそ、その非常識にロマンを感じるわけだが。

 そのロマンについて力説したいところだが、今は仕事中である。理性を総動員して我慢した。


「せっかくだから、十二本全部交換しておくのを勧めるけど、どうする?」


 ユノとしては、趣味としても、仕事としても、技師としても、交換を強く勧めたいが、お客さんごとの予算の問題もあるので無理は言えない。

 なので、まずは確認だ。


「助かる。多少高くついても、小分けで呼ぶよりいっぺんに済んだ方が結果としてはラクだ」

「こっちも身体は一つしかないしね。小さな依頼を何度もされるよりラクなのは確かよ。もっともこのくらいなら、あたしじゃなくても直せるけど」

「そうだろうけどよ。やっぱフルール・ユニック工房と、ユノちゃんの名前の安心感はデカイんだよな」

「そういうものかしらねぇ……」


 よく分からないと肩を竦めながら、手持ちの霊根ケーブルを確認する。


 霊根ケーブルの主材料となる植物が、キルヒホじゅと呼ばれる樹木の根である。

 現代技術で作られた花導具フィオレに限っていえば、この根であれば未加工でも応急処置には充分使える代物だ。


 とはいえ、今回は正式な依頼なので、根っ子のまま使うわけにもいかない。すでに加工済みの根っ子を使う。


「ん、十二本はあるわね」


 固定の花術紋フルーレムの描かれた封紙シールをはがし、オクト焼き器の霊根ケーブルを丁寧に手早く取り外すと、手持ちの霊根ケーブルと交換して、新しい封紙シールで固定する。


 手慣れた作業だ。失敗することの方が珍しいくらいの、単純作業でもある。

 これができなければ、花修理リペイア見習いすら名乗れない。


「職業問わず、年齢問わず、ベテランの動きってなぁ安心感あんなぁ」


 ユノの作業を見ながら、店主がしみじみと呟く。

 師匠と同じくらいの年頃の男性から、そう褒めてもらえるのは嬉しい。


 表情には出さないものの、ユノは上機嫌にオクト焼き器の留め金を付け直し、箱を閉じた。


「これで、よし――と。おっちゃん、ちょっと一回使ってみて」

「おう」


 店主は元気良くうなずくと、ハイビスカスの霊花エテルネルールに手をかざし、マナを花導具フィオレに巡らせる。

 それから、しばらく待って数滴の水を垂らし、それが一気に蒸発するくらい熱されているのを確認すると、凹み部分へと小麦粉を溶いたものを流し込んでいった。

 軽く固まり始めたら、ぶつ切りにしたオクトローパーの触手と、赤生姜ロウティンガー、刻みネギを投げ込んで、専用の一本足フォークでくるりと回転させる。

 ボール状になったものが焼き固まったら、丈夫な木串で三つほど突き刺して、包み紙に乗せ、タレを塗れば完成だ。


 店主はそれをユノに差し出した。


「ほれ」

「いいの?」

「修理屋特権とでも思っとけ」

「……あんがと」


 店主は店主で、串で突き刺したオクト焼きをどんどん口の中へと放り込んでいく。

 あの食べ方だと口の中が熱で大変なことになりそうなのだが、平然としていた。


 それを横目に、ユノも一口かじる。


 中が熱々なので、まるまる口に放り込むのは勇気がいるのだ。

 ハフハフと口の中から熱を逃がすようにしながら、咀嚼する。


 表面はカリカリと、中はややトロみを持ちつつもっちりと、オクトローパーの歯応えはしっかりぷりぷりと。

 店主特製のタレと相まって、なかなか美味しいオクト焼きだ。


「火加減も問題なさそうだな。

 ユノちゃん。そっちの三つはどうだい?」

「ハフハフ……ん、ちゃんと火が通ってると思うわ」

「おう。なら良かった」


 三つを食べ終えてから、ユノはふと思って訪ねる。


「ところで、火が通らないやつが実際あったの?

 劣化はしてたけど、火力が落ちるほどの劣化には見えなかったんだけど」

「まぁ実際、火力は落ちてなかったとは思うんだがなぁ……。

 言いがかりだったのかもしれねぇが、火は通ってるがヌルいのが混ざってるなんて言われてな」

「十中八九言いがかりじゃないかしら」

「俺もそう思うんだがなぁ」


 ユノが半眼になると、店主は困ったように頭を撫でた。

 業種は違えど、同じ客商売である手前、店主の気持ちも分からなくはない。


「だからこそ、ユノちゃんに頼んだわけだ」

「どういうこと?」

「少なくとも、カイム・アウルーラ内においてはな、ユノちゃんにメンテしてもらったていうのは、信用に繋がるんだよ。

 フルール・ユニック工房は、先代の頃から、診断報告書の写しを客のところに残してってくれるから、尚更だ」


 信用ある工房の、信用ある職人が、信用おける報告書を書いてくれる。これに勝る信用は、そうそう無いと店主は語る。


「結果として、言いがかりを突っぱねる武器になるんだよ。

 お前の店の花導具フィオレは不良品なんじゃないか――っていうのは良くある言いがかりでな。

 こちとら、フルール・ユニックに診て貰ったんだ。報告書だってあるぞって言えば、この街でそれ以上の言いがかりは付けてくる奴はいないからな」


 そして、自分たちが信用の証拠に使う以上、自分たちの迂闊な行動でフルール・ユニック工房の名を汚すわけにはいかないと、協力することになる。同時にフルール・ユニックを利用した嘘に敏感になる。


「工房の人間としては、まったくピンと来ない話なんだけど」

「まぁ、そういうモンかもしれねぇな」


 ガハハ――と、店主は豪快に笑う。


 ユノとしては複雑だ。

 信用してもらえるのは嬉しいが、少し期待されすぎているのではないかという不安もある。


 これ以上持ち上げられると、余計に複雑な気分になりそうなので、ユノは話題を無理矢理かえることにした。


花導具フィオレへの言いがかりとかも良くある手って言ってたけど、それ以外の言いがかりだってあるんでしょ?」

「そりゃあな。オクト焼きなのにオクトが入ってないなってのは、しょっちゅうだ」

「実際の入れ忘れは?」

「まぁゼロじゃねぇけどなッ!」


 人間失敗の一つや二つあるもんだ、と店主は笑い飛ばす。


「冗談の分かる相手にゃ、うちのオクト焼きはオクトローパーが入ってるって意味じゃない。オクトローパーの本体の形に似てるからオクト焼きなんだ! って言い返すぜ」

「確かに丸いけども」


 実際は真ん丸というよりも、タマネギに近い形状の生き物だ。

 タマネギの根のような細くて細かい無数の触手をワサワサ動かして地面を歩き、頭のてっぺんに生えた八本の大きい触手を振り回す。

 どう見ても、魔獣の類のような姿をしているのだが、生物学的魔獣分類法の都合、一応は陸生動物だ。

 ちなみに言うまでもなく、オクト焼きに使ってる触手はその頭の八本の触手である。


「もちろん、笑い合ったあとでオマケしてやるけどな。

 オクト焼き屋台では、一番多いクレームではあるんだよ。オクトが入ってないってのはさ」


 だから、屋台も客も慣れたものらしい。


「ユノちゃん。もう一本どうだい?」

「くれるって言うならいただくわ」


 話しながらも、メンテナンス後の具合を確かめる為なのだろう。再び焼き始めたオクト焼きを差し出してくる。


「支払いは後日でもいいかい?」

「もちろん。報告書と一緒に請求書を届けさせるから、その請求書を綿毛協会フラウマーズギルドに持って行って支払って」

花導協会フィーローズギルドじゃないのか?」

「顔出すと色々うるさいのよ花導協会フィーローズギルド。だからもっぱら綿毛協会フラウマーズギルドね」

「有名人も大変だな」

「あやかりたいだけの馬鹿に素直にあやからせる気がないだけよ」


 素っ気なく告げた後、いくつかの確認を続けて、話を終える。


「こんなものかしらね。じゃあ、あたしは帰るわ」

「おう。ありがとうな」


 店主の礼に手をひらひら振って返事をして、ユノはその場を後にする。


 その時、一人のおばさんとすれ違う。

 マダムという言葉の方が似合いそうな雰囲気の人物だ。富豪か貴族かまでは判断しづらいが、それなりの身分の人だろう。

 見慣れない人物なので、どこかからの観光客の可能性の方が高い。


 どうやら、彼女の目的はオクト焼きのようだ。平民のおやつという印象のあるオクト焼きだが、もの珍しさから観光中の貴族や富豪なども買いにくるという話は聞いたことがあった。


 なにはともあれ、修理後、お客さん第一号のようである。


 ちょっとだけ、興味があって、ユノは足を止めて様子を伺う。

 すると――


「ちょっとッ!」

「おう? なんだい?」

「午前中にここでオクト焼き買ってったんだけど、オクト焼きなのに――」


 その言い方に、ユノは思わず、本当にそういう言いがかりあるのか! と感心した。

 だが、そんな彼女の心境を吹き飛ばす言いがかりが、そのマダムの口から飛び出してくる。


「――キャベツが入ってなかったじゃないッ!!

 キャベツの入ってないオクト焼きなんて、オクト焼きとは認めませんからねッッ!!」


 オクト焼きの名誉を守るために言うとすれば、むしろキャベツが入ってる方が少数派である。


 思い切り困り顔をしている店主を見ながら、ユノは客商売って大変だなぁ――と、他人事のように、嘆息するのだった。


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