007:新たな居候
アレンが、治療院のハニィロップの騎士の元へ向かう、少し前――
「ふぅ……」
指輪を存分に
人間相手なら問題行動であるが、
繰り返すが対象は指輪である。
生身の人間相手ではなく、
素晴らしい
「ユノ、そろそろ堪能しきったところか?」
「まるで、こっちの行動を理解してるようなタイミングね」
「ような――じゃなくて、理解してんだよ」
良いタイミングで地下室にやってきたアレンに、ユノは口を尖らせる。
「まぁいいわ。これ、アンタの手から騎士に渡してくれないかしら」
「自分で返さなくて良いのか?」
「あたしが返すと、騎士に根ほり葉ほり余計なコト訊いちゃいそうだからね」
「己を良く理解してて結構だ」
「うっさい」
不機嫌に言い放って、ユノは手近にあった雑紙の束に手を伸ばす。
裏紙にしても問題なさそうな内容であるのを確認してから、一枚を裏返しにして、何かを書いていく。
そうして書き上げたそのメモと指輪をアレンに渡した。
「この紙は?」
「騎士からの依頼だし、雰囲気的に報酬を持ち歩いてるわけじゃなさそうだったからね。あたしの
「報酬の振り込み先か。まぁ騎士のいる治療院と
それから、ユノは、指輪に機能不全があったこと。その機能不全は意図して起こされたものであり、自分が手を付けられるものではないと、説明。
機能不全を理由にイチャモンを付けられないように――と、お願いする。
パシリをしてくれることへの心ばかりのお礼として、いくらかをアレンに渡すと快く引き受けてくれた。
二人のやりとりを見ていたトカゲは、ここぞとばかりに後ろ足二本で立ち上がると、ぴょこぴょこと飛び跳ねるように近づいてくる。
「なによ?」
トカゲのその様子にユノが首を傾げると、ンベっとトカゲが口から何かを出した。
かなり丈夫で柔軟性に富んだ、何らかの生き物の皮で造られたと思しきその袋を、ユノに受け取れと言っているようだ。
その袋は、縁を全て同材質で作られた紐で結い付けられていて、開かないようになっている。
ユノは紐を丁寧に解いて、中を開くと、袋の内側に文字が描かれていた。
「これ……手紙?」
丁寧で可愛らしく、同時に拙くも見える文字。
それを読み解いていき、ユノは苦笑した。
「とんだ策士だわね。このトカゲが、誰かに懐くもの折り込み済み……か」
「これの飼い主からか?」
「ええ。『いずれ騎士が指輪を探しに来るだろうから、トカゲは隠して指輪は素直に渡してやって欲しい』ってのと、こいつの名前はドラちゃんって言うからよろしく、だってさ」
「捨てるにしては手が込んでるな」
「周囲がこの子を怖がりだして、いつかこの子が傷つけられたり殺されたりするかもしれない――それは避けたいから、野生に帰したみたい。
だけど、この手紙を読んだ人はだいたいこの子に気に入られてるだろうから、もし飼えるようなら、お願いしたいってさ」
ふーん――と、アレンは気のない返事をしながら、ドラへと視線を向けた。
それは、どうするのかという問いのようだ。
「別に。トカゲが一匹くらい増えても、困らないわ。
それに――この子、頭が良いから、あたしの邪魔はしないだろうしね。無益な殺生もしたくないし、今更居候が一匹増えても問題ないわよ」
「あいよ。それじゃあ、俺はこの指輪を騎士様に渡して、報酬とか諸々の話つけてくればいいわけだ」
「そういうコトね。頼んだわ」
「あいよ。んじゃ、行ってくるわ」
軽く手を挙げながら去っていくアレンに軽く手を挙げ返したあと、ユノは軽く伸びをして、指輪を堪能するために散らかした机の上を片づけはじめた。
指輪の
となれば、ドラの飼い主は、王家筋――そうでなくても、上位に近い貴族だろう。
何となくお家騒動の臭いがするが、自分のような一般市民には関係ない。ましてや、ハニィロップは隣国だ。ことさらに関係ない。
「あの指輪を手放すのは嫌だけど、面倒ごとに巻き込まれるのはもっと嫌だものね」
そう独りごちながら、ユノは机の上で丸まっていたゴミに手を伸ばす。それを握り固めると、壁際のゴミ箱へと放り投げた。
ロクにゴミ箱の方を見ないで投げたそれは――
「あ……」
残念ながら、ゴミ箱手前に着地した。
♪
机や工具を片づけた後で、トカゲを伴って上に戻るとユズリハがお茶を出してくる。
ちょうど喉が乾いていたので、ありがたい。
その冷たい
ユノの体調や気分を読みとって、配合率や使用する花を絶妙に変えるという神業めいたことをやっているらしい。
どんなブレンドであろうとも五種類の花は、お互いの味と香りを損なうことなく、むしろ相互に高め合っていて、下手なお店で呑むよりずっと美味しい。
「今日のブレンドはどう?」
「悪くないわね」
素っ気なく返すと、ユズリハが嬉しそうに破顔する。
ユズリハの淹れる花茶は、ユノの密かなお気に入りとなっている。だが、それを口にしたことは一度もなかった。
何となく口にするのが恥ずかしいし、あまりこの居候を調子に乗せたくないのだ。
「そうだ。このトカゲ、今日からうちで飼うから」
「そっか。名前とか決めたの?」
「決めたっていうか、こいつ――元の飼い主からの手紙持ってたのよ。
それによると、こいつは岩喰いトカゲじゃなくて、レッドラインリザードっていう岩喰いの亜種で、名前はドラっていうそうよ」
「レッドライン……リザードッ!?」
ユズリハは目を見開き、驚いたようにドラへと視線を向ける。
それに対して、ドラはどこかドヤ顔をしているような気がする。
「あんまり聞かない種族だけど、ユズリハは知ってるの?」
「うん。
「それはまた仰々しい呼び名ね」
ユノが苦笑しながらドラを見遣ると、こちらを向きながら、やっぱりドヤ顔しているような気がする。
「気配を消して近づくのが得意で、身体に走る赤いライン以外は完全に周囲の風景と同化できる擬態能力……それから、鉱物を体内に蓄えニードル状にして無数に吐き出す、
「……ブレスはともかく、擬態には心当たりあるわね……」
自分もアレンも気づかないうちに、近寄られていたのだ。
ドラがこちらを殺すつもりであれば、あの距離から
岩喰いトカゲが食べた鉱物の破片を吐き出すように、針化した鉱物を吐き出してくるなら、確実にこちらを捉えていたはずだ。
「基本は肉食で、こっそり近づき、ブレスで獲物を仕留めて食べるの。
岩喰いの亜種って言われてるけど、原種と違って、この子達が鉱物を食べるのはニードルの補充の為だけらしいよ」
「詳しいじゃない」
「この辺りだとあまり見ないけど、大陸東部にはそれなりにいるからね。岩喰いが群生してる岩場とかで、普段は岩喰いに混じってて、獲物を見つけると気配を消して近づいてくのよ」
「タチ悪いわね」
その状況を想像し、ユノはうんざりと息を吐いた。
ソルティス岩野と違って、ドラ達の生息地ではのんびりと素材採取とかできなさそうだ。
この辺りには生息してなくて良かったと心底思う。
「ドラちゃんは頭良さそうだし、人を襲ったりしないでしょ?」
ユズリハが訊ねると、ドラはコクコクとうなずいた。
どうやら本気で人語を理解しているようだ。
ならば――と、ユズリハは自分を示す。
「私はユズリハ。あなたと同じ、この工房の居候。
――で、こっちがこの工房の主人、ユノ。よろしくね」
「クァウ!」
ドラが声を出してうなずく。
それに、ユノとユズリハは思わず顔を見合わせた。
「そういう鳴き声なんだ!?」
なにはともあれ、こうして工房に新しい居候が増えることになったのだった。
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