終幕 001



 ベスが放った黒色の魔力。

 ジンダイさんの撃ち出した斬撃。


 二つの攻撃に挟まれたラウドさんに、逃げ場はなかった。


 彼が相棒のドラゴンを連れていれば、あるいは何かしらの対応ができたかもしれないが。


 僕がそんなたらればを考える義理もないのだろうけれど。



『地に落ちたか、龍よ。まあ、儂とこやつに喧嘩を吹っ掛けた時点で、お前の命運は決まっていたんじゃがな』



 杖からベスの声が聞こえてくる。

 エルフ専用の封印魔法なんていう大仰なものを食らっておいて、随分と元気そうだ。



『ラウドよ、さっさとこの封印を解け。お前の中に強者としてのプライドが少しでも残っているならな』



 地面に仰向けに倒れ、全身から大量の血を流しているラウドさんに意識はあるのだろうか。


 下手をしたら既に息絶えているのではと思ったが――しかし。


 彼は、僅かに唇を動かす。



「やるじゃねえか、エルフの嬢ちゃん……封印されてるのに魔法を使えるなんざ、想定外だぜ。それにジンダイ……お前の魔法も、中々のもんだった」



 今にも絶命しそうな重傷を負いながらも、それを感じさせない語り口でラウドさんはしゃべる。



「ったく、まさかこんな形で俺の夢が終わるとはな。万全を期し、慎重に慎重を重ね、罠を張り巡らせて準備したってのに、この様か」



『お前の敗因は、儂の力を測り損ねていたことじゃ。この程度の封印なら、時間さえあれば魔法を使うことくらいは容易い』



「この程度か……一応、イザナギの命と引き換えに発動した封印魔法なんだがな。確かに、お前さんの実力を過小評価していたみてえだ……クククッ、こんな化け物染みた、化け物よりも化け物みてえな力を持ってるとはな」



 そう言うラウドさんの顔は、笑っていた。

 自身が命の危機に瀕しながらも、強敵との戦いに心躍っているのだろう。



「……なあ、エルフの嬢ちゃんよ」



『なんじゃ。封印を解く気になったか』



「それは俺が死ねば自動的に解けるようになってるから安心しな……あと数分で、お前らの目的は達成されるってわけだ」



『ほう、それは随分と儂らにとって都合のいい魔法じゃの。手間が掛からんで助かるわ』



「まあ、こうして死ぬつもりもなかったからな……それより、聞いておきたいことがある。死にゆく俺に情けをかけると思って、一つ教えちゃくれねえか。お前さんの魔力……『向こう側』の力についてだ」



 「向こう側」の力。


 初めて彼と出会った時も、その言葉を耳にした覚えがある。

 でも、ベスはそれについては全く知らないと言っていたはずだ。



『……悪いな、ラウドよ。お前の言うその力について、儂が知っていることはないんじゃ』



「いいや、それは違うぜ、嬢ちゃん。お前は知っているはずだ。ただ忘れちまってるだけなんだよ」



『儂は確かに物覚えの良い方ではないが、どうしてお前がそう断定できる』



「説明がつかねえからだ。エルフは長生きする程魔力を増すとは言え、嬢ちゃんのそれは異常過ぎるぜ……なあ、頼むから思い出してくれねえか」



 縋るように、ラウドさんは言う。


 三大ギルドのマスターという立場を捨ててまで追い求めた力……その詳細について、どうしても知りたいのだろう。



は教えてくれなかった。エルフを探せというヒントはくれたが、それ以外はだんまりさ。まあ結局、俺如きじゃ辿り着くことができない力だったってことか」



 あいつ?


 不意に漏れたその言葉が、少しだけ引っかかった。



「……すみません、ラウドさん。僕からも、一つ訊いていいですか?」



「お前は……クロスだったか。何だ、言ってみろ」



「あなたを闇ギルドの道へと引き込んだ相手……それを教えてほしいんです」



「ん? ああ、そういやそんな話もしてたな。カイからの頼まれ事だっけか? 全く、あの嬢ちゃんは相変わらず勘が鋭くて可愛げがねえぜ……」



 ゴフッと、ラウドさんの口から血が溢れ出る。


 彼に残された時間は、もう長くない。



「……男の価値は、人生の最後に何を残せたかで決まる。後進のために、ちったあ価値のある置き土産でも残していってやるか」



 言って。


 ラウドさんは、自身が闇へと堕ちた原因を口にする。



「俺に接触してきたのは、闇ギルド『七天アルカナテッセ』のマスターだ。奴の名はイグザ……嬢ちゃんと同じ、『向こう側』の力を持つ人間だぜ」



『儂と同じ……?』



「『七天』の目的は知らねえが、ただの闇ギルドじゃねえことは確かだ。ま、精々気を付けるこったな。俺にエルフ専用の封印魔法を教えてくれたのは、そのイグザなんだからよ」



 「七天」のマスターが、ラウドさんに封印魔法を教えただって?


 それじゃあまるで、その人までベスのことを知っているみたいじゃないか。



『……イグザとは何者なのじゃ。人間が儂と同程度の魔力を持てるわけがない』



「だろうな。だが事実だ。あいつの魔力は嬢ちゃんに匹敵する……俺もその力を手に入れたかったんだが、そろそろ退場の時間らしい」



 ラウドさんから流れる血は止まらない。


 エール王国最強のドラグナーの命が、潰える。



「……あなたはどうして、強者だけが生き残れる世界を作ろうなんて考えたんですか?」



 僕は最後に、気になっていた疑問をぶつけた。


 魔法の力で全てが決まる世界。

 強者のみが生き残る世界。


 どうしてそんなものを目指すのか――僕にはわからない。


 わからないよ、シリー。


 彼女も、ラウドさんと似たようなことを言っていた。


 この国は変わる。


 正規ギルドなんていうくだらない集団は消えて、強者のみが生き残る世界になる。


 そう、言っていた。



「……どうして、か。逆に問おう、クロス。今の世界は正常か?」



「今の、世界」



「そうだ。国やギルドが力を持ち、互いに仮初の平和を維持しようと躍起になっているこの世界だ。俺には、酷く歪に見えるね。力ある者は自由にその力を振るえるべきだ。法だの秩序だのに縛られず、己の力を行使するべきだ。俺たちが持つ魔法という力は、本来とても自由なんだよ……お前も、そこの嬢ちゃんを見て思うところはあるだろう」



 ベスを見て思うこと。


 二百年の時を経て封印から目覚めた彼女にとって、今の世界はとても息苦しいだろうと。


 そう感じたことがないと言えば、嘘になる。



「俺たちは自由だ。強い者が強くある、それが自然の摂理だ。理だ。この国は、世界は、それを歪めている。だから俺が変えてやろうと思った。強者が報われる世界を、作ろうと思った」



「……」



 ラウドさんの理屈が腹落ちしないのは、僕が弱者だからだろう。


 最強と呼ばれたドラグナー。


 そんな彼だからこそ、この世界に違和感を覚えたのだろう。


 ならば――きっと。


 ラウドさんよりも強いベスも、同様の違和感を持っているのかもしれない。



「お前はどうだい、エルフの嬢ちゃん。自由に力を使えず、強者が報われないこの世界のことを……お前は、正しいと思うか」



 そんな問いに対し、ベスは静かに口を開いた。



『……確かに、自由に生きられないこの世界は酷く窮屈じゃ。じゃがまあ、儂は大概、この世界が好きじゃぞ』



「……そうか。俺も別に、嫌いじゃなかった気がするぜ」



 最後にそう言い残し。


 ラウドさんの瞳から、光が失われた。


 こうして。


 僕たち未踏ダンジョン探索係は、見事「破滅龍カタスドラッヘ」を壊滅させたのである。


 僕の心は、晴れない。


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