終幕 002
「……」
力なく地面に伏したラウドさんの姿を、僕は無言で見つめる。
戦いは終わった。
そのはずなのに、どうしてこうも陰鬱とした気持ちになるのだろう。
問題を解決したら、さらに大きな問題が現れたような感覚。
「向こう側」の力……だったか。
それから、エルフ専用の封印魔法をラウドさんに教えたという、「
僕らの知らないところで、少しずつ何かが動いている。
それこそ、世界が根本から覆ってしまうような。
そんな何かが。
『いつまでも暗い顔をするでない。お主には他にやるべきことがあるじゃろうが』
杖からベスの声がする。
他にやるべきこと?
果たして、今の僕にできることなんて存在するのだろうか。
何か役に立ちたいと「
『きょとんとした顔をするな、たわけ。杖に魔力を流し込むんじゃ』
「あ、ああ。そういうことね」
ベスに促され、右手に魔力を込める。
その魔力に呼応するように、杖が光り輝き、
「儂、復活!」
なんて、この場に似つかわしくない元気一杯なセリフが辺りに響いた。
エリザベス、完全復活の狼煙である。
「随分元気そうだな」
「封印されるっちゅーのはストレスがたまるんじゃ。お主も一度、経験してみるがよい」
「それは是非遠慮するよ……おかえり、ベス」
「うむ。儂がいない間、よく働いてくれた。概ね合格点じゃ」
どうやらこの小さなエルフは、僕に対する採点が甘々らしい。
僕は今回の戦いで、何もできなかったというのに。
いや、今回だけじゃない。
シリーと決別した時も、喰魔のダンジョンに潜った時も……僕は、何もできなかった。
いろいろと成長して、自分なりに覚悟を持って行動しているつもりだったけれど。
蓋を開けてみれば、僕は弱い人間でしかなかったのである。
酷く弱くて、弱々しい。
ラウドさんやシリーが目指していたような、強者が自由に生きられる世界では。
僕のような弱者は、きっと一日だって生き残れないのだろう。
「じゃから、どうしてそんなに陰気臭い顔をしとるんじゃ、たわけ。お主は見事、目的を果たした。儂のことも封印から解放してくれた。それでよいではないか」
「……僕は、何もしてないよ。ただ、この場にいただけだ」
そう。
ずっと引っかかっているのは、多分そのことなのだろう。
この場にいるのが僕じゃなくても、結末は変わらなかった。
もっと言えば、ベスの隣にいるのが僕じゃなければ……事態は迅速に片付いていたかもしれない。
僕がここにいる理由。
ベスの隣にいる理由。
それらは確かに存在しているけれど……そこに必然性は皆無なのだ。
ウェインさんやジンダイさんは違う。
彼女たちは、ここにいるべくしている人間だ。
だが、僕はどうだ?
ベスの隣にいたいという気持ちは本心で、そこに疑うべきところは微塵もない。
でも、そんな主観的な想いを優先して、ベスと一緒にいる資格が僕にあるのか?
僕は。
ベスの――重荷になっているんじゃないのか。
「……なあ、お主よ。そうやっていろいろ考え込むのは、良いところでもあり悪いところでもあるぞ。ただこの場にいただけと言うが、それが何よりも重要なのではないか?」
ベスはぐっと背伸びをして、大きく息を吐く。
「お主がここにおることが、儂の傍にいてくれることが、儂にとって何にも代えがたい事実なんじゃ。だから余計なことは考えるな。儂はクロス・レーバンを友と選び、お主もエリザベスを友と選んだ……文字通り、一生涯のな。今更それを放棄することなど、絶対に許さんぞ」
「ベス……」
「ラウドに言われたことが堪えたか? 力のない自分が儂の隣にいていいのかと、そういう風に思ったのではないか? ……この際じゃから、今一度はっきりさせておこうかの。あまり繰り返すと言葉の重みが失われるから、もうしばらくは言わんからな。よく聞いておけよ」
言って。
ベスは、その紫の瞳で僕を見つめた。
ただ、まっすぐに。
「儂は、お主が死ぬまで傍にいる。お主も、死ぬまで儂の傍にいろ……性根の悪いメンヘラエルフに捕まったと思って、精々後悔しながら生きるがいいわ」
ぶっきらぼうにそう言って、ベスは杖の中に戻っていく。
封印されたのではなく、自らの意志で。
僕と共に歩むために、杖へと帰ったのだ。
「……後悔なんてしないよ、ベス」
僕はじっと杖に視線を下し。
何があってもこの手を離さないと――そう誓ったのだった。
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