最終決戦 004



 僕は杖を背負い直し、爆音鳴り響く方へと走り出す。

 ウェインさんは左足を大きく負傷しているが、ニニと一緒なら無事に麓まで逃げ切れるはずだ。


 だから僕が考えるべきなのは、ベスのこと。


 エルフ専用の封印魔法によって、再び封印されてしまった彼女を助けることだけに集中しろ。


 そしてそのために。


 ラウドさんを――倒す。


 どうやって?

 それがわかったら苦労しない。


 一公務員でしかない僕が、最強のドラグナー相手に何ができるか……考えるまでもなく答えは出ていた。


 何もできない。

 けど、何かはしないといけない。


 僕を突き動かすのは、そんな無責任な衝動だった。


 そう言えば、以前ベスに言われたことがある。


 僕は破滅型の人間ではないかと。

 自ら喜び勇んで窮地に陥り、他人のために何かをしたがる人間なのだと。

 安定を心の底から望んでいる僕は、同時に冒険も求めているのではないかと。


 そう、言われたことがある。


 ベスやニニを守るために自分以外の何かを犠牲にすると誓った今でも、僕の破滅的な考えは直っていないようだ。


 自己破滅であり、自己犠牲。


 結局、クロス・レーバンの本質はそこに集約されるのだろう。


 これが僕の生き方で。


 どれだけ変えようとしたって、土台無理な話なのだ。


 直らないし、治せない。


 僕は一生、このまま生きていくしかない。


 けれど。


 もし我儘を言っていいのなら――ベスには、僕の隣で生きていてほしいのだ。


 あいつは、初めて僕を認めてくれた存在だから。



「はあああああああああ‼」



 森を抜けたところで一気に視界が開け、ジンダイさんと鎧龍ヴァルヴァドラの姿が目に入る。


 ラウドさんの放つ雷撃を空中で躱しながら、ジンダイさんは大剣を構えた。



「【鎧龍破断アルマ・ルクト】‼」



 龍が咆え、黒い斬撃が降り注ぐ。



「【紫電龍拳角ライオウ・ブカク】!」



 対するラウドさんは、雷を纏った拳で黒い魔力を打ち消した。


 ジンダイさんは相棒の龍を従えた万全の状態にもかかわらず、互角以上の勝負に持ち込んでいる。



「さすがにイザナギなしだと瞬殺はできねえか! ま、精々楽しませてくれよ!」



 余裕の言動で魔法を撃ち続けるラウドさんとは反対に、ジンダイさんは苦悶の表情を浮かべていた。


 それもそのはずだ。


 ラウドさんは右腕と龍を失い、本気とは程遠い力しか出せないにもかかわらず、実力が拮抗しているのだから。



「くそ! 【鎧龍破断】‼」



「馬鹿の一つ覚えか、ジンダイ! 【紫電龍爪壊ライオウ・ソウソウ】!」



 斬撃と雷撃がぶつかり合う。


 が、今回は相打ちではない。


 槍のように鋭く尖った雷が、ヴァルヴァドラの右翼を貫いた。



「ヴォアアアアアアアアアアア‼」



「落ち着け、ヴァルヴァドラ!」



 龍は悲鳴を上げながらバランスを崩し、ジンダイさんの制御から外れてしまう。


 その隙を、ラウドさんが逃すはずがない。



「死ね、ジンダイ。来世では強く賢く生まれることだな」



 ラウドさんの左腕に魔力が集まる。



「【火炎斬り】‼」



 僕は腰から剣を引き抜き、一気に振り下ろした。


 切っ先から炎が吹き荒れ、ラウドさんの死角へと飛んでいく。


 完全に不意を突いた一撃。


 ジンダイさんに集中している彼が、その一撃を躱せるはずがない。


 ないはず――なのに。



「おらあ‼」



 すんでのところで僕の不意打ちに気づいたラウドさんは無理矢理上体を捻り、攻撃の方向を真後ろへと変えやがった。


 炎が雷に飲まれ、消滅する。



「何かと思えば小僧か! 戻ってくるとは馬鹿な奴だが、手間が省けてありがてえ!」



 ラウドさんは続けざまに魔法を放ち、僕は無様にゴロゴロと転がることでそれを回避する。


 雷魔法……速度も威力も、僕の【火炎斬り】とは桁違いだ。


 唯一の勝ち筋は、彼の不意を突くこと。


 しかしそれすら、通用しなかった。



「お前みたいな弱者が、一丁前に助太刀か? それとも、その杖を渡す気になったか」



「……そんなわけないじゃないですか。僕は、あなたを倒してベスの封印を解く。そのために戻ってきたんです」



「俺を倒すだって? ガキにそこまで舐められると、逆に気持ちいいくらいだぜ。ガハハハッ!」



 ラウドさんは大口を開けて笑う。


 僕のことを敵とも何とも思っていないような、そんな雰囲気だ。



「いいことを教えてやる、小僧。この世界じゃ、強い者だけが正義なんだ。魔法の力こそ絶対なんだ。今はその法則が少しばかりねじ曲がっているが、俺がこの世界本来の姿を取り戻してやるから安心しろ」



「その口ぶりだと、まるで僕みたいな弱者は世界に必要ないみたいですね」



「当たり前だろ。逆にお前、自分がこの世に必要な存在だとでも思うのか? その程度の魔法しか使えない人間が、世界に必要だとでも?」



「あなたの理論じゃ、そりゃ僕は不必要ですよ。でも、そんなのは勝手な都合で身勝手な空想だ」



「今は、確かにそうだな。だが遠くない未来、俺の言う空想が現実になる……そのためにも、お前の背負っている杖が必要なんだよ」



 ラウドさんは、ベスの封印された杖に目をやる。



「そもそもお前みたいな凡人が、『向こう側』の力を持つエルフとつるんでるってのが気に入らねえ……どう考えても不釣り合いだろうが。お前にはそのエルフの力を有効活用する資格がねえ」



「有効活用……?」



「そうだ。せっかく馬鹿みてえな魔力を持つエルフが傍にいるのに、それを全く利用できてねえじゃねえか。宝の持ち腐れも良いところだ。この世界にとって大きな損失と言ってもいい……だから俺が使ってやるって言ってんだよ」



「……利用とか使うとか、正直、何を言ってるのかわかりません。僕とベスは一心同体で、一緒に冒険ができればそれでいいんです」



「それが無駄遣いなんだよ、ガキ」



 ラウドさんは一歩前に詰め寄る。


 僕との距離が、縮まった。



「そのエルフを上手く使えば、最強の力が手に入る。俺が言われていたような、肩書的な意味じゃねえ。文字通りの最強だ。お前の背中には、世界を変える鍵が眠ってるんだよ」



「ベスが、世界を変える鍵?」



 確かに、こいつは尋常じゃない規格外の魔力を有している。


 ベスがその気になれば、世界をまるっと変えることも不可能じゃないのかもしれない。



「よし、わかった。もし素直に杖を渡すってんなら、お前を見逃してやってもいい。俺も鬼じゃねえ、気が変わった。皆殺しまではやり過ぎだよな」



 その言葉が嘘か真かはわからないが、ラウドさんは杖を交渉材料に指定してきた。


 まあ、彼にとって僕を殺すことなんて赤子の手を捻るくらい簡単だろうし、本当に気が変わったのかもしれない。



「お前はまだ若い。若い芽はできれば摘みたくない。精々俺の目の届かないところで、静かに平穏に暮らせばいい。そのエルフと関わっていたら、一生戦いに巻き込まれ続けるぜ。何も俺だけのことを言ってるんじゃねえ。世界中の闇ギルドが、エルフの力を狙うだろうさ。だから今のうちに俺に渡しちまえよ、そんな厄介な代物」



 彼の言う通り、ベスは争いを生む種になり得るのだろう。


 それは以前から懸念していたことで……強過ぎる力は、周囲の環境を狂わせてしまうのだ。



「なあ、小僧よ。そのエルフにとって、お前はただの一人の人間でしかねえ。何千年もの時を生きるエルフにとって、力のない人間は記憶するに値しないゴミと同じだ。特別にはなれないし、なる資格もない。そんな相手を必死こいて庇って、お前に得があるのか?」



「……」



「どうせ、百年後にはお前のことなんざ綺麗さっぱり忘れてるだろうぜ。エルフって種族はそういう連中だ。小僧がいくら思いを寄せていようと、いつかは忘れるんだぜ。だったら、ここで手放しちまえよ。義理も人情もねえだろ、そんな薄情な種族によ」



 ラウドさんは笑う。


 特別にはなれないし、なる資格もない、か。


 その言葉に、一見納得しそうになる。


 以前の僕だったら、大いに首を縦に振っていただろう。


 でも、今は違う。


 クロス・レーバンは、エリザベスと共に生きるのだと、そう誓ったから。


 そして。


 あいつも、同じように誓ってくれたから。


 僕らは互いに支え合って、命を預け合って、生きていくと決めたんだ。


 僕が死ぬまで。


 隣にいてくれると――約束してくれた。


 義理も人情もないだって?


 それどころか、愛情しかないさ。


 そうだろ、ベス。



「……その目、どうやら交渉決裂か。お前みたいなガキが俺に歯向かったところで、数分の時間が消費されるだけだぜ。大局には何ら影響はない、ちっぽけな事象だ。お前がどんな覚悟を決めてそこに立ち続けているかは知らんが、強者の前ではそんなもの、埃同然なんだよ」



「……ラウドさんの言う通り、僕はあなたに勝てない。不意打ちですら通じないんだ、正面切って戦うなんて無謀が過ぎる」



「それがわかってんなら、どうして……」



「でも、あなたは負ける」



 魔力が爆発する。


 ラウドさんの後方――鎧龍ヴァルヴァドラが撃墜された、まさにその場所で。


 ジンダイさんが、大剣を天に掲げていた。



「充分だ、クロス。お前が作ってくれた数分は、この戦いを終わらせるのに充分な時間だ」



 ジンダイさんは言う。


 先刻のラウドさんと同じく、自身の相棒である、強大な魔力を生み出す奥義。


 高位役職のドラグナーにのみ許された、一撃必殺の魔法。


 ラウドさんはそれを、ベスを封印するために使った。


 ジンダイさんは、攻撃に。


 掛け値ない全力を、ぶつけようとしている。



「……なるほど。小僧の邪魔の所為で大技を撃つ猶予を与えちまったか。だが、俺は全く死ぬ気はしないぜ」



 あの魔力を前にして、ラウドさんはなおも笑う。


 きっと、心の底からジンダイさんに勝てるという自信があるのだろう。


 そして恐らく、その自信は本物で。


 ジンダイさんの全力だけでは、ラウドさんに敵わない。


 けれど。


 僕は、感じていた。


 、感じていた。


 弱々しく、微かに、脆弱だけれど、確かな意志を。


 自分の背中から――感じていた。




『今じゃ、お主。遠慮はいらん。全力でぶっ放してやれ』




 そんな聞き慣れた声と共に。

 僕は、杖を構える。



「――なっ、まさか……」



 僕の挙動に対し、初めて。

 ラウドさんが、狼狽えた。



「【黒の虚空ネロ・ヴォイド】」



 漆黒が――弾ける。


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