最終決戦 003



 「竜の闘魂ドラゴンガッツ」。


 龍が如き強靭さと気高さを持つギルド。


 その二大巨塔とも言える存在。


 元マスターのラウドさんと、サブマスターのジンダイさん。


 エール王国最強のドラグナー同士が、相まみえている。



「ウェイン、立てるか」



 漆黒の龍――鎧龍ヴァルヴァドラの背に乗ったジンダイさんが、片脚を失ったウェインさんに声を掛ける。



「……当然です」



 左膝から下を無くしたウェインさんは魔法を使い、氷の義足を作り出した。



「動けるならば退け。クロスとニニと一緒に、できるだけ遠くへ行くんだ。今の俺は、周りに配慮する余裕がないからな」



「お気遣いはありがたいですが、私はまだ……」



「魔力もほとんど残っていないのだろう。そんな奴がいても邪魔なだけだ」



 邪魔、とジンダイさんは切り捨てるが、あれも彼なりの優しさなのかもしれない。

 実際、ウェインさんはかなり消耗している……彼女がこれ以上戦闘を行うのは、自殺行為に等しい。



「クロス。二人を頼んだぞ」



 ジンダイさんは僕に目配せをすることなく言った。


 彼が僕のことを名前で呼ぶのは珍しいが、それを嬉しがっている場面でもない。

 無言で頷き、ニニと共にウェインさんの元へ近づく。



「すみません、ウェインさん。僕が動けなかったばっかりに、左脚が……」



「気にしないでください。それより、お二人が無事でよかったです」



「雑談は後ですよ! クロスさん、ウェインさんを担いでください!」



 ニニに促され、僕はウェインさんを背中におぶる。


 その身体をとても軽く感じたのは、片脚が氷となっているからだろうか。



「行け!」



 ジンダイさんの怒号が響く。


 僕らは振り返ることなく走り出した。


 後方では、魔法による爆発音が響いている。



「とにかく山を降りましょう!」



 先導するニニが、物凄い速度で山道を駆ける。


 獣人の面目躍如といったところか……【レイズ】を使って身体能力を上げたが、一向に追いつける気配がない。



「……申し訳ありません、クロスさん」



 不意に、背中にいるウェインさんが弱々しい声を出した。



「今回の失敗は、全て私の責任です……大勢の死者を出し、エリザベスさんまで封印されてしまった。本当に、申し訳ありません」



「……謝らないでくださいよ。こんなのは、誰の所為でもない。あそこまで平気で人を殺せるラウドさんの方が、異常なんです」



 異常で、最強なのだ。


 ベスが無力化されてしまっている今、彼を倒す手段はかなり限られてくる。


 元々、作戦に無理があったのだ……ベスの力が封じられることを想定していなかった僕にこそ、落ち度があると言っていい。


 だから、謝る必要があるのは僕だけで。


 僕には――謝罪の前に、やることがある。



「ニニ、一旦ストップ!」



「なんですか! ステップ?」



「これ以上軽やかな動きはしなくていい! こっちへ戻ってきてくれ!」



 僕は先を行ってしまっているニニを呼び戻してから、ウェインさんを丁重に地面に降ろす。


 こちらの意図がわからないウェインさんは、驚いた顔で僕を見上げた。



「僕はこれから、ジンダイさんのところへ戻ります。ウェインさんはニニと一緒に逃げてください……あいつはああ見えて力があるんで、簡単に背負ってくれると思いますよ」



「……こう言っては傷つくかもしれませんが、クロスさんが加勢しても現状は好転しません……むしろ、無駄な犠牲が増えるだけではないでしょうか」



 ウェインさんは申し訳なさそうに、しかし端的に僕の無謀を咎めてくれた。


 もちろん、そんなことは百も承知だ。


 クロス・レーバンなんていうちっぽけな冒険者にできることは何もない。


 わかってるさ、そんなこと。


 それでも、結果がわかっていても、結論が導き出されていても――やらなきゃいけないことがある。


 ただ、それだけなのだ。



「僕は、……この杖に封印されてしまったベスを解放するには、ラウドさんを倒してその方法を訊き出さなきゃならない」



「……確かに、封印魔法は使用者が解除の仕方まで知っていることがほとんどです。しかし……」



 ウェインさんの口は重い。


 こちらの言いたいことはわかるが、その先に待ち受ける未来を想像せずにはいられないのだろう。


 彼女の思う通り、恐らく僕は死ぬ。


 ラウドさんの前に立った瞬間、抵抗という抵抗すら叶わず朽ち果てる。


 僕が謎のとんでもパワーに目覚めてラウドさんを倒し、めでたしめでたしとはならない。


 だからこそ、ウェインさんは止めてくれるのだ。

 命を無駄にするなと、そう言ってくれている。


 けれど。


 そうやって理屈も理論も打算も計算も予期も予想もひっくるめて――僕は行くのだ。


 ベスを助けるために。


 ここで動かない僕を。


 僕は――クロス・レーバンと認められない。



「行ってきてください、クロスさん」



 こちらに戻ってきてくれたニニが、ドンッと僕の背中を叩く。



「ただし、死んだら許しませんからね……絶対に、絶対にですよ」



「……ああ、もちろんだ。僕は死なない」



 もうこれ以上。


 誰も――死なせない。



「……止めても無駄だというのはわかりました。でしたら、せめてその杖は置いていってください。彼は明確にそれを欲していた……こちらの手に杖があれば、多少は交渉の余地が生まれるかもしれません」



 根負けしたのか呆れたのか、ウェインさんは僕を引き止めるのを諦め、具体的なアドバイスをしてくれる。



「おっしゃる通り、この杖を持っていくのはリスキーだと思います。でも、僕はこれを置いていくわけにはいかないんです」



 なぜなら。


 僕とベスは、死ぬまで一緒にいるのだと。


 そう、決めたから。


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