最終決戦 002



「いくら増えても、雑魚は雑魚だぜ! 【紫電龍爪壊ライオウ・ソウソウ】!」



 龍の爪を模した雷が、ラウドさんの手から放たれる。


 それを見たニニは一歩前に踏み出し、僕らを庇うように魔法を発動した。



「【災厄を退ける盾レフレクシオン】‼」



 ニニの一族に伝わるという、最強の防御魔法。

 その青白い盾はあらゆる攻撃を受け止め。


 そして――反射する。



「っ! 【紫電龍拳角ライオウ・ブカク】!」



 ラウドさんは拳に雷を纏い、自身に打ち返された魔法に叩き込む。



「やるじゃねえか、獣人の嬢ちゃん! 今のはちっとばかしビビったぜ。だが、いつまでその盾がもつかな!」



 言って、彼は再び雷撃を放った。


 先程よりも強大な魔力……反射されるのがわかっていながら、威力を上げてきたのか? 


 それはつまり、ニニの盾を正面からぶち破ろうということ。



「くっ……」



「おらおらおら! まだまだいけるか、嬢ちゃん!」



 果てしなく撃ち込まれる雷。


 辛うじて受け止めてはいるが、しかしニニの表情から察するに、もう耐え切れそうもない。


 このまま盾の魔法が解けてしまえば、あの雷の餌食になるのは目に見えている。


 今のうちに横に展開するか? いや、そうしたらニニ一人が危険に……



「ニニさん、盾はそのままで! クロスさんをお願いします!」



 突然、ウェインさんが声を上げた。

 そして刀を鞘に納めたまま、盾の範囲外へと駆け出していく。



「良い度胸だウェイン嬢! まずはお前から消し炭にしてやるよ!」



 ラウドさんは標的をニニからウェインさんへと移した。

 無数の雷撃が彼女を襲う。


 対するウェインさんは刀の柄に手を掛け、姿勢を低く保ち。


 一気に――抜刀した。



「【氷剣――凍土】」



 切り裂かれた空間から、真っ白い冷気が溢れ出す。

 その白い冷気に触れた雷は速度を落とし、凍りつく。


 が、それだけではなかった。


 冷気は雷を伝って侵食していき――遂には。


 魔法の発動元であるラウドさんの右手を、凍らせた。



「あなたは私のことを、自分の足元にも及ばないと思っていたのでしょうが……これでもサブマスターの端くれです。あまり舐めないで頂きたい」



 ウェインさんは氷のように冷たく言い放つ。


 舐めるというなら、僕もそうだ。


 ウェインさんがラウドさんに勝てることはないと、そう決めつけていた。

 彼女の力を、三大ギルドのサブマスターの力を、見くびっていた。



「……確かに、これは評価を改めるべきだな。あっぱれだよ、ウェイン嬢」



 言って。


 ラウドさんは、



「っ……」



「このまま放置していたら、いずれ全身凍りついちまうからな……致し方ない犠牲だ」



 そりゃ、あのままだとウェインさんの氷は侵食を続けるだろうが……だからと言って、即決即断で自分の腕を切り落とせるか?


 その姿はまるで、喰魔のダンジョンで自身の片腕を捥いだベスのようで。


 彼の覚悟が、滲み出ていた。



「だが、ウェイン嬢よ。この腕の代償は高くつくぜ」



「……そうですか。腕だけで済めばいいですね」



 ウェインさんは引き抜いた刀を地面に突き刺す。


 それから柄の部分を逆手で握り、魔力を込めた。


 刀が発光し、周囲に冷気が漂う。



「【氷剣――零土】」



 肌をつんざく寒気。


 肺に取り込んだ空気までが凍りつき、全身を巡る血液が固体になってしまいそうな程の寒波。



 数秒後――



 世界が、凍っていく。



 土が凍り。

 岩が凍り。

 倒木が凍り。

 空気が凍り。

 全てが――凍っていく。


 ニニが盾を出していなかったら、僕らまで巻き添えになっていただろう強力無比な氷魔法……だからこそ、ウェインさんはこれまであの魔法を使ってこなかったんだ。


 ニニの盾がこの魔法に耐えうると判断したからこその、奥の手なのだろう。


 だが、ラウドさんはどうなった?


 寒さで凍りそうな目をこじ開け、彼の立っていた場所を見据える。



「――っ」



 そこにあったのは、真っ赤な物体。


 丁度ラウドさんと同じ大きさをした、赤く塗れた氷である。


 なんだ、あれ。

 ……いや、まさか。



「【紫電龍拳角】‼」



 赤い氷が割れ、中から雷とともにラウドさんが出てくる。


 やっぱり、間違いない。


 あの氷は、


 全てを凍らせる無差別な氷結魔法……それを防ぐために、自分の血液を壁代わりに使いやがった。

 幸いにも、先程切断した右腕から潤沢に血は流れている。



「……」



 規格外過ぎる。


 魔法の実力だけじゃない。


 とっさの判断、生死を分ける一瞬の選択を、何の躊躇なく行える覚悟。


 知略。


 計略。


 それら全てが、規格外だ。



「今のが全力らしいな、ウェイン嬢。正直侮っていたよ。認めよう、お前は素晴らしい冒険者だ」



「……」



 あれ程の魔法を使った後だ、ウェインさんの魔力は底を尽きているはずである。


 しかし。


 彼女は、刀を取った。



「……もう目も虚ろじゃないか。その気概や良し。だが、ここまでだ」



 閃光。


 ラウドさんの手から、雷が放たれ。


 その雷撃は、ウェインさんの左脚を貫いた。



「ウェインさんっ‼」



 左の膝から下をもっていかれた彼女は刀を地面に差し、倒れる体を無理矢理支える。



「くっ……」



「これで完全に動けまい。獅子はネズミを狩る時も全力を出すものなのさ……次で終わりだ、ウェイン嬢」



 ラウドさんは右手を振り上げる。


 僕は寒さで震える体を動かそうとするが、全く言うことをきいてくれない。


 まずい。

 間に合わない。

 このままじゃ、ウェインさんが。


 ――死ぬ。




「ラウドォォォォォォォオオ‼」




 上空から何かが落下してきた。


 漆黒の巨体。


 その背に乗る――筋骨隆々な男。


 「竜の闘魂ドラゴンガッツ」のサブマスターにして、鎧龍ヴァルヴァドラを操るドラグナー。


 ジンダイさんだ。



「……よお、ジンダイ。懲りずに俺と戦おうってのか」



「俺はまだ、あんたに負けてない。そして負けるつもりもない」



 ジンダイさんは大剣を引き抜き。


 かつての仲間――ラウドさんへとその切っ先を向ける。



「ラウド……あんたは俺が倒す!」


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