最終決戦 001
エール王国を代表し、勇者である僕の幼馴染がかつて所属していたギルド――「
そのサブマスターであるウェイン・ノットさんのことは、この国有数の実力者だと断言して何ら問題はない。
どんな相手に対しても謙虚に、誠実に、物腰柔らかく接してくれる綺麗なお姉さんは、しかしとてつもなく物騒な力も持ち合わせている。
彼女が扱うのは――氷。
どんな生命をも凍てつかせ、どんな事象をも凍りつかせる――絶対零度の氷魔法。
その魔法が今、最強の雷撃とぶつかる。
「【氷剣――吹雪】!」
「【
ラウドさんは相棒のドラゴンを失ったにもかかわらず、破壊的な雷魔法を繰り出した。
龍の性質を持った魔力が氷と交わり、周囲に衝撃が走る。
「すっかり本気モードだな、ウェイン嬢! お仲間が死んで心が折れたかと思ってたぜ!」
「あなたをここで殺さなければ、私は彼らに顔向けできない! そのためにも、絶対にここで仕留めます!」
「ガハハハッ! その意気だ! 精々楽しませてくれよ!」
「楽しませなどしない! あなたを待っているのは、冷たく暗い死だけです!」
ウェインさんは鬼気迫る表情で刀を構え、ラウドさんの懐目掛けて飛び込んだ。
目にも止まらぬ斬撃と刀身から放たれる冷気が、雷を凍らせていく。
「……」
離れた位置で二人の戦いを見守る形になった僕とニニは、ただ茫然とその様子を眺めることしかできなかった。
絶え間ない魔法の応酬。
その一撃一撃が、必殺の威力を持つであろうことは想像に難くない。
一見すると互角の勝負……だが、やはりラウドさんの方が優勢か。
全身全霊で挑むウェインさんに対し、彼は余裕をもって片手でそれをいなしている。紫電龍イザナギがいない以上力は落ちているはずなのに、どこからあれだけの魔力が沸いているんだ。
このままでは、ウェインさんが膝をつくのも時間の問題だろう。
そうとわかっていても、こちらにできることは何もない。
僕の力じゃ、焼け石に水にすらなれない。
マグマに水滴で丁度いいくらいだ。
「……」
僕は固く握った杖に目を落とす。
この中にはラウドさんによって強制的に封印されてしまったベスがいるはずなのだが、一向に反応らしい反応はない。
もしベスがこの場にいてくれたら、何とかしてくれるはずなのに。
死闘を繰り広げるウェインさんを、助けられたのに――
「……」
……あれ?
もしベスがいたら、って。
ベスと出会う前の僕なら、どうしていた?
目の前で苦しんでいるウェインさんのことを、ただ見ているだけだったか?
自分じゃ役に立たないからと、諦めていたか?
実力不足を自覚して力不足を自認して、潔く身を引いていたか?
違うだろ。
思い出せ、クロス・レーバン。
僕は――そこまで利口じゃなかったはずだ。
確かに以前、ベスやニニを守るために自分以外の何かを犠牲にする覚悟を持つと誓った。
仲間の命を背負い、自己犠牲をやめると誓った。
自分さえ死ねばいいなんて考えは、周りを苦しめると知ったから。
誰かを守るには誰かを殺す必要があると――知ったから。
けれど。
それでも、自分の命を懸けなければならない時もある。
そう、ベスも言っていたじゃないか。
命のバランス。
誰か一人に命を預けるのではなく、互いに支え合うのが命なのだと――そう言っていたじゃないか。
今、ウェインさんは僕やニニの命を背負って戦ってくれている。
だけど、彼女の双肩に全ての荷物を載せるなんて……そんなのは、紳士のやることじゃないだろう。
僕は決して紳士的な男じゃないが、そのくらいの配慮はあるつもりだ。
だから、彼女が背負う荷を、僕も半分持とう。
それが――バランスってやつだ。
「【火炎斬り】‼」
クロス・レーバンの中で結論が出た時には、既に身体は動き始めていた。
近づくだけで押し潰されそうな魔力の渦中に、ありったけの炎を叩きこむ。
「っ! 邪魔だぜ、小僧!」
当然の如く、僕の魔法がラウドさんに届くことはなかった。不意打ちの攻撃すら通用しない圧倒的な力の差を見せつけてくれる。
「この戦いに割り込もうなんざ、百年はええんじゃねえのか!」
「ぐっ⁉」
ラウドさんの右手から撃ち出された雷を剣で受け止めようとしたが、留めきれなかった魔力が僕の全身を蹂躙していく。くそ、滅茶苦茶痛い。
「クロスさん! ここは私に任せて逃げてください!」
僕の参戦に気づいたウェインさんが声を荒げた。
「ウェイン嬢の言う通りだぜ、小僧。お前程度の魔力じゃ、俺に触れることすらできねえんだからよ。ヒーローよろしく出張ってきたところで、情けなく死ぬのがオチだぜ」
「……そんなこと、わかってますよ。三大ギルドの元マスターに一矢報いてやろうとか、そんなこと考えてるわけないじゃないですか」
僕はただ、困っている人を見捨てられない。
それだけなんだよ。
「若気の至りってやつか……まあ、好きにすりゃいい。どうせ遅かれ早かれ殺すのは変わらねえんだからな。こうして逃げずにやり合ってくれたら、むしろ手間が省けるってもんだ」
ラウドさんの余裕な態度は崩れない。当たり前だ、僕みたいなガキが一人や二人増えたところで、その人数差は彼にとって何の障害にもならないのだから。
僕らが道端に転がる小石に見向きもしないように。
ラウドさんの眼中に、僕は入っていない。
「クロスさん、今からでも遅くありません。私が彼を引きつけている内に、ここから早く」
「逃げませんよ、ウェインさん」
僕は痺れる腕に力を込め、剣を握り直す。
「自分の命を懸ける場面は自分で決める……それが命に責任を持つことだって、ベスが教えてくれたんです。あなたに全てを背負わせるなんて無責任なことはしませんよ」
「責任、ですか」
「はい。死んでしまった軍の人たちも、みんな自分自身で責任を持っていたはずです。ウェインさんがその全部を背負いこむ必要なんて、ありません」
ラウドさんの罠に嵌められたことを悔いている彼女に対して、この慰めは意味をなさないだろう。
未だにシリーの死に責任を感じている僕にも、わかる。
他人の命は重いのだ。
だからこそ、せめて生きている内は互いにその重さを分け合うべきで。
今が――その時だ。
「あなたばっかりいい恰好しないでくださいよ、クロスさん!」
頭上からそんな声が聞こえた。
直後、僕の真横にニニが着地する。
ふわりと、頭についた猫耳が揺れる。
「生き残っていた軍の方には、援軍を呼ぶよう頼んで避難してもらいました。さすがの私でもお二人を守るので精一杯でしょうし……これで心置きなく戦えます」
「……そうか。頼んだぜ、ニニ。僕とウェインさんのことを守ってくれ」
「委細承知です。それが私の仕事ですから」
「ニニさんまで……」
「私も逃げませんよ、ウェインさん。って言うか、そもそも私はあの人をぶん殴るためにこの作戦に参加したんです。その役目を奪われたら堪りませんよ」
ニニは不敵に笑う。
この状況でよくもまあそんな態度を取れるもんだと舌を巻くが、これはこれで頼もしい限りだ。
それでこそ、頼れる仲間だ。
「……わかりました。クロスさん、ニニさん。一緒に戦いましょう」
ウェインさんの言葉を皮切りに。
龍狩りの最終局面が、幕を開ける。
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