生還と後悔 002
「いやー、正直ひやひやしたわ……じゃが、さすが儂と言ったところかの」
無事に喰魔のダンジョンから脱出したベスは、いつも通りの砕けた調子で伸びをする。
「……」
「なんじゃお主ら、情けない顔をしおってからに……ああ、この腕なら安心せい、魔力が溜まれば元通りに――」
「ベスさあああああああああん‼」
ニニが飛び掛かった。
まるで獲物を狩る猫のような跳躍でベスに抱きつき、勢いそのまま地面に押し倒す。
「な、何をする! 危ないじゃろうが!」
「よかった! 生きててよかったですよー!」
じたばたと暴れる彼女の胸の中で、ニニは子どものように泣き出した。
先程まで落ち着いた素振りだったが、実際はあれ程泣きじゃくるまで不安だったのだ……僕は後悔するのに必死で、彼女の気持ちに気づけていなかった。
本当に、周りが見えていない。
リーダー失格だ。
「……全く、ミミもよく泣いておったわ。こんなところまで似るとは、やはり血は争えんの」
ベスは慈しむような目で猫耳を撫でる。三百年前に一緒に旅をしたというニニの先祖のことを思いだし、懐かしんでいるのだろう。
「感動の再会と洒落こみたいところじゃが、如何せん魔力が尽きそうでの……悪いが、杖に戻ってもよいか?」
「……駄目です、まだ離しません」
「……強情な奴じゃ」
諦めたようにそう言って、ベスは少しだけ笑った。
◇
しばらく経って冷静さを取り戻したニニは、「さあ帰りましょうか」と気持ちをサクッと切り替え、先陣切って森の中を進む。
感情がジェットコースターみたいな奴だ……まあ、あれだけ恥も外聞もなく泣きわめいていたら、気持ちの整理もつきやすいか。
何もしていない僕の想いは、未だに燻ったまま。
「……なあ、お主よ」
魔力吸収のために杖へと戻ったベスが、ニニに聞こえない程度の声量で話しかけてくる。
「……どうした」
「先程のアクシデントについてじゃが……あれは、儂の所為じゃ」
アクシデントというのは、突如として現れた超巨大なゴーレムのことだろう。それがベスの所為だというのは、一体どういう意味なんだ?
「お主らの魔力に反応してモンスターが出現しなかったのも、儂の所為なんじゃ」
「ちょっと待てよ。あのダンジョンで起きたイレギュラーの両方共が、お前に原因があるって言うのか? いくら何でもそんなこと……」
「いや、儂の所為なのじゃ。二つ生じたイレギュラーの原因は一つ……前回、儂が喰魔のダンジョンを蹂躙しかけたことにある」
前回というのは、恐らくシリーたちのパーティーが壊滅した日のこと。
確かに、あの時のベスは無敵の強さを誇っていた……並みいるA級モンスターを瞬殺し、怪我人を引き連れながら一つの危険もなくダンジョンから脱出するという荒技を披露したのである。
今と比べて体内の魔力が潤沢だっとはいえ、とんでもない所業だ。全盛期の姿など、とても想像なんてできない。
「あの一件が災いし、今回のアクシデントにつながったのじゃ」
「どういうことだよ」
「儂は喰魔のダンジョンの最終防衛スイッチを押してしまったのじゃ。喰魔は有象無象のモンスターを生成するのをやめ、あのゴーレムを作るのに魔力を集中させたわけじゃ」
「……」
モンスターが出現しなかった理由……てっきり、僕とニニの魔力が弱過ぎて防衛機能のスイッチが入らなかったのだと思っていたが――全くの逆。
スイッチは、既に押されていたわけか。
「すまぬ」
杖の中から、ベスは小さな声で謝る。
「儂がその可能性に気づいておれば、今回のような無謀な攻略に出る必要はなかった……全ては儂の責任じゃ」
「……それは違うよ。今の可能性だって、一個の仮説にすぎないんだろ? まだそうと決まったわけじゃないし、事前に気づけってのは無理な話だよ」
「いや、これは仮説などではない」
彼女はきっぱりとした口調で否定した。
数秒の間を置いて、再び口を開く。
「喰魔のダンジョンの最終防衛機能のことを、儂は、知っていたんじゃ」
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