命のバランス
ベスは、今回のアクシデントが起きた原因を知っていたという。
だからこそ、ここまでしおらしくなっているのだろう。
「知っていたが、しかし忘れておったんじゃ。言い訳になるが、二百年封印されとる内に余計な知識は頭から抜け落ちた……じゃが、思い出そうともしなかったのは儂のミスじゃ」
心底申し訳なさそうな声色で、彼女は過ちを認めたけれど……そんなの、思い出せと言う方が無茶じゃないか。
二百年という年月の重みは、僕たち人間の考えうる範疇を軽く飛び越している――その時間の波に取りこぼしていった記憶を探し当てるなんて、土台無理があるのだ。
「やめてくれ、ベス。今回のことは、喰魔のことを調べようともせず、全部の作戦をお前に頼っちまった、僕の責任なんだ」
もし彼女にミスがあったとしても。
責任は、どこまでいっても僕にある。
「ベスを守るためなら自分の命以外を犠牲にするって約束したのに、僕にはそれができなかった。犠牲になるのはクロス・レーバンだけでいいって、そう思いながらダンジョンに潜ってしまった。僕は全然、成長してなかったんだ」
幼馴染の死から、何も学んでいない。
自分さえ死ねばそれでいいという、美しくもなんともない責任逃れの自己犠牲。
「謝るのは僕の方なんだ……危険な目に合わせて、本当にごめん」
ごめん、ごめんなさい。
何も変わっていなくて、ごめんなさい。
「……」
僕からの謝罪を、彼女は黙って聞いていた。呆れてしまったのか、はたまた怒っているのかわからなかったが、しばらく沈黙が続く。
そして。
「なあ、お主よ。お主は確かに、儂の命を背負うと言ってくれた。自分以外の何かを犠牲にし、命を背負う覚悟を持つと言ってくれた……じゃがな。儂の命は、儂のものでもあるんじゃ」
ベスは、静かに語り掛けてくる。
「いつ命を懸けるのかは、儂自身が決める。お主にだけ、この命を背負わせるわけにはいかないしの……それはあまりに無責任というやつじゃろ」
「無責任……」
「そうじゃ。自分の生死の全てを他人に預けるのは、無責任じゃと儂は思う。それは生きることの放棄に他ならん。儂はまだ、そこまで入念な介護が必要な歳ではない」
冗談を交えながら、彼女は明るくそう言った。
生死の全てを他人に背負わすのが無責任なら――誰かの命を背負おうとするのは、責任過多なのだろうか。
「命は背負うのではなく、互いに支え合うのが一番じゃと思うぞ。時にどちらかに重さが偏るが、それを繰り返すことでバランスを取る……それが、仲間という奴じゃ」
命のバランスを取る。
片方が全てを背負うのではなく――互いに支え合う。
それは、僕にはない発想で。
千五百年生きているベスだからこそ辿り着いた、仲間の在り方なのかもしれない。
「個人によって筋力に差があるように、命を支えられる時間にも個人差がある。儂はその辺ムキムキじゃからの、お主より多くの時間支えていられる、ただそれだけのことじゃ」
「……ムキムキな幼女は、ちょっと嫌だけどな」
「ぬかせ……まあじゃから、次は儂やニニの命を支えてくれよ。それで、今回の件は終わりじゃ」
「……心得た」
肩の荷が下りたような気持で、自分でも驚く程爽やかに、僕は答えていた。
……いや、実際荷は下りたのだろう。
そしてこれから先は、その荷の重さを支え合うのだ。
「ちなみに、これは余談なんじゃがの」
話に一段落ついた後にしては珍しく、ベスが再び声を掛けてくる。
「どうしたんだよ。せっかく綺麗にまとまったんだから、ギャグ方向の話題はなしでお願いするぜ」
「……お主が儂の命を背負うと言ってくれた時、ぶっちゃけときめいた」
それだけ言って、彼女は黙った。
「……」
思わぬ方向からのパンチに、開いた口から言葉が出てこない。
ただまあ、変に恥ずかしがっても男らしくないし、ここは素直に喜んでおこう。
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