生還と後悔 001
「――っ、はあ、はあ、くっ……」
引きちぎられたベスの右腕を掴み、反対の腕でニニの胴体を抱えながら――僕は、喰魔のダンジョンから脱出していた。
魔力を失った彼女の右腕が、霧となって消えていく。
「……ベスさん、大丈夫でしょうか」
ニニが小さな声で呟いた。
大丈夫か? 大丈夫なわけがない。
僕たちを安全に逃がすために、巨大なゴーレムを引きつける役割を買って出たベスだが、あいつの魔力は万全とは程遠い状態のままだ。
杖の中にいる省エネモードとは違って、自分の身体を使っての魔法の発動が満足にできるとは思えない……それができるなら、あの戦い好きなエルフは進んで杖から出ているはずなのだから。
「クロスさん……ベスさんは……」
「……今は、信じて待つことしかできないよ」
冷静さを取り戻すと同時に焦りも増えてきたニニに対し、目を合わせずそう答えるしかなかった。彼女の泣き出しそうな目を見たら、ベスを信じる気持ちが揺らいでしまう。
「……信じるんだ。信じるしかない」
その言葉を繰り返す度に、無力感が大波となって押し寄せて止まらない……信じる、なんて、字面が綺麗なだけで何の意味もない空虚な言葉だ。相手に全ての責任を負わせ、自分は何もできないと投げ出す諦めの言葉だ。
結局僕は、ベスの強さに甘えていただけだった。
ニニと初めてダンジョンに潜った時も、シリーと決別した時も、この前の魔導大会の時も……クロス・レーバンは、エリザベスの力に甘えていた。
そんな状況はいつまでも続かないと理解していながら、僕はあいつに頼るのをやめなかった。やめられなかった。それは、僕の意志が弱いからだ。
その結果が、これか。
信じるしかないとかいう綺麗事を吐いて、仲間の無事を願う殊勝なリーダーの皮を被って……僕があいつに、何をしてやれた?
何をしてやれなかった?
今ここで何もできずにいるのは、ベスに甘え続けた僕の責任だ。喰魔のダンジョンを攻略する方法だって、全てあいつに任せっきりだったじゃないか。
どうしてもっと自分で考えなかった。街中駆けずり回って情報を集めたり、王都の図書館に出向いて文献を調べたり……喰魔を知るためにできることはたくさんあったのに、怠った。
情報収集が実を結ぶ確率は低かっただろうが、それでもやらないよりはマシである。にもかかわらず、僕はベスの意見を受け止めるだけで、自分から行動しなかった。
因果は巡ると、いつだったか彼女が口にしていたセリフを思い出す。
僕が起こした因果は、巡り巡ってベスを傷つけたのだ。
「……」
ただ一点、魔法陣のみを見つめる。
シリーと決別した後、僕は決めたはずだ。ベスやニニを守るためなら、自分の命だけでなく他の何かを犠牲にする覚悟を持つと。
でも、それは間違いだった……より正確に言えば、今の僕にとっては、間違いだった。
クロス・レーバンは、自分の命以外を犠牲にできる程――強くない。
それは精神の強さでもあり、もっと決定的な実力の話でもある。
今の僕が仲間を守るためには、自分の命を懸けるくらいしか選択肢がないのだ……そしてそれができなければ、こうして誰かに守ってもらうしかない。
僕は弱いんだと、そう自らに言い聞かせなくなったのは。
いつからだったっけ。
「……っ」
胸が苦しい。
霧となって消える前の彼女の手の温もりは、まだ残ったままだ。
もし、ベスが戻ってこられなかったら。
僕は――どうしたらいい?
「ク、クロスさん!」
いち早く何かを感じ取ったらしいニニが、大声で僕の名前を呼ぶ――その声が耳に届いた数秒後、魔法陣が輝き始めた。
「儂、生還!」
そんな風に喜びと勇ましさを表しながら、勢いよく飛び出してきたのは。
片腕を失った――幼いエルフだった。
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