誤算
意を決して喰魔のダンジョンに踏み込んだ僕たちだったが、あにはからんや、ダンジョン内は静寂に包まれていた。
A級モンスターどころか、D級モンスターの影すら見えない……杖の中の魔力に反応しないというベスの予想は当たったが、しかしこの状況、僕とニニの魔力すら探知されていないんじゃないのか?
喰魔のダンジョンは、訪れた冒険者の魔力に応じてモンスターを出現させる……にもかかわらず、今のところ一体も存在を確認できない。
ニニの鼻やベスの魔法を使っても探知できないなら――それはつまり、この階層にモンスターはいないということにほかならなかった。
「……おい、どうなってるんだよベス」
「儂にもわからんわ。調子でも悪いのではないか」
ダンジョンの調子が悪いというのもおかしな話だが、そうとしか思えない静けさである。
「このまま第一階層は降れちゃいそうだけど……本当に探知できないのか?」
「今のところ影も形もおらぬな。お主とニニの魔力に反応しておれば、最低でもC級モンスターは出てきてもおかしくないはずなのじゃが」
元々そういう想定で動いていただけに、何だか拍子抜けだ。これじゃあ、喰魔を攻略するまでに交わしてきた、お前たちを守るなんていう会話が滑稽に思えてきちゃうじゃないか。
「まあ、儂の記憶も酷く曖昧じゃからの……もしかしたら、喰魔がモンスターを出現させるのには条件があるのかもしれん」
「おい、ここにきて条件とか言い出したら、いろいろ崩壊するだろうが」
「例えば、ダンジョンを攻略されてしまうような強力な冒険者が入ってこないと反応しないとかな……あの時はお主の幼馴染やジンダイたちも一緒に潜っておったのだろう?」
「……それはそうだけど、じゃあ何か? 僕とニニ程度じゃダンジョンの防衛機能が発動しないってことか?」
随分杜撰な機能で後付け条件もいいところだが、ある程度筋は通っている……のかな?
シリーやジンダイさん、それにエジルさんといった強力な魔力を持つ冒険者に反応し、喰魔の防衛機能のスイッチが押された……後から追っていった僕にもそれが作用したと考えるのが、一番スマートかもしれない。
事実、僕一人が第一階層にいた時にもスライム種のC級モンスターは出現していたし、今はそもそもスイッチが押されていない状態なのだろうか。
「……まだ儂らが攻略するには早過ぎたかもしれんの。敵の性質がわからん以上、無暗に進むのは悪手としか言えん。儂が暴れられるなら話は別じゃが、そうもいかんしの」
ベスは珍しく冷静な意見を言う。
彼女の力が大きく縛られている現状、無理をすれば死に直結するのは当然だった。ならばここは無理を通さず、素直に引き返すのが賢明だろう。
「モンスターが出ないことがイレギュラーで不気味とは、中々凄まじいダンジョンですね」
ニニはそんな感想を漏らした。確かにここが通常のダンジョンなら、モンスターがいないぜラッキー! くらいにしか思わない。
だが、相手はSS級だ。
少しでも違和感を覚えたなら、潔く引き下がるのが正しい判断である。僕らには時間もあることだし、じっくり謎を紐解いていけばいいだけだ。
「よし、じゃあ今回はこれくらいで終わりにしようか。事前に熱いことを言ってた手前、決まりが悪いけどな」
「ほんとですよ。『何があっても、僕が二人を守る』って、何も起きなかったじゃないですか。きゃははっ!」
「性格悪っ」
今日は撤退を決めた僕たちだったが、念のため二階層に降りる魔法陣の場所を確認しようと、少しだけ探索を続ける。
「お、あったな」
数十分後、ベスの探知魔法によって魔法陣を難なく見つけだし、目的を果たすことができた。
道中モンスターが現れることはなく、やはり前回潜った時とは何かが変わっているのは確実なようだが……それが何かまでは、知ることはできない。
「……なんか締まらないですけど、これで終了ですか」
「イレギュラーなことが起きてるからな。先に進んでもいいことないだろ」
「目の前に魔法陣があるのに、歯痒いですね~。ですがわかりました、リーダーに従いますよ」
僕とベスから散々喰魔の話を聞かされていたニニにすれば、とんだ肩透かしを食らった気分だろう。しかしそれは僕だって同じことだ……この日のためにわざわざ魔導大会にまで出場し、魔石を集めていたのだから。
まあ、困難よりは無難な方がいいのは当たり前だし、どこか胸を撫で下ろしている自分もいるのは事実である。今はとりあえず、無事にダンジョンの外へ出ることだけを考えて――
「お主ら! くるぞ!」
突然――ベスが声を荒げた。
一気に緊張感が高まる……くるって、一体何が?
「走るんじゃ!」
彼女は杖の中から必死に叫ぶ。
僕とニニは、そのただならぬ気迫に押されて走り出した。
直後――閃光。
静寂に包まれていたダンジョンが眩い光で包まれる。その光は、魔法陣のすぐ近く、僕たちが先程まで立っていた地点から発せられていた。
「な、何が起きてるんですか、クロスさん!」
「僕が知るか! 何が起きてるんだ、ベス!」
「わからん! 強大な魔力が突然湧き出してきたんじゃ! とにかく逃げるしかない!」
謎の光を背に受けながら、僕たちは来た道を戻るように全力疾走する。
だが、この状況ですんなりと地上に戻れるわけもなかった……喰魔のダンジョンは、侵入してきた冒険者を許さなかった。
「きゃあああああっ!」
「ニニ‼」
ニニの走る先に、突如として巨大な岩石が落下してくる。明らかに彼女を狙ったその投石は、僕らの背後、光の発生元の方から放たれたものだった。
「ク、クロスさん……あれ……」
岩の直撃を何とか免れたニニは、尻もちをつきながら空を見上げている……正確には、僕の肩越しに、遥か頭上へと目をやっていた。
「――っ」
彼女の驚愕の表情につられ、僕も後ろへ振り返り。
そして――言葉を失った。
「ぐごごごごごごごごごごごごごごごごごおおおおおおおお‼」
超巨大なゴーレム。
目算で大きさを測ることすらできない――強いてその巨体を表すなら、地を這う虫と人間程の差があると言ったところだろうか。
「……」
規格外過ぎて言葉が出ない。
これが、喰魔のダンジョン。
これが――SS級の力。
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