因縁の場所 002



「いやー、ついにきましたねー」



 日と所は変わり、僕とニニ、そして杖の中のベスはとある森の中にいた。懐かしくもあり、また同時に思い出したくもない記憶が刺激される。



「……」



「おや、渋い顔ですね、クロスさん。苦虫でも噛み潰しましたか」



「気分的にはその通りだよ」



 なぜならこの森は、喰魔のダンジョンへと続く道中なのだから……自然と顔も強張ってしまうのだ。



「そう言えば、苦虫ってどんな虫なんですかね。虫なんて大抵苦そうですけれど」



「その話題を広げる気にはならないな……」



 ニニはいつもの調子で雑談をしてくれているが、僕の方が乗り切れていない。

 シリーとの一件が、未だに僕の中で後悔として残り続けている証拠だろう。



「つれないですね~。ま、幼馴染さんといろいろあった場所ということで仕方ないとは思いますが、しかし力が入り過ぎているとつまらないミスをしてしまいますよ」



 ガチガチの僕を心配してか、彼女は明るく笑ってそう言った……年下の女の子に気を遣わせてしまうなんて、我ながら不出来な男である。


 けれど、僕の気掛かりはシリーのことだけではなかった。

 むしろ、もう一つの懸念点の方が重要だと言ってもいい。



「……なあ、ベス」



「……なんじゃ、お主よ。儂はギリギリまで寝ていたいんじゃがの」



「本当に、喰魔のダンジョンはお前の魔力を探知しないのか?」



 もう一つの懸念点は、そこだった。


 ベスの考えた理論では、喰魔が参照するのはあくまでも生きて動いている魔力のみであり……例えば杖の中の魔力や、魔石にこもっている魔力には反応しないという。



「絶対、とまでは言い切れんが、ほぼ百パーセント大丈夫じゃと思うぞ。本来魔力探知というのは繊細な技術なのじゃ、一々魔道具に込められた魔力に反応することはせんじゃろ」



「そういうもんなのかなぁ……」



「そういうもんじゃ。まあ、万に一つ杖の中の儂に反応する可能性も考えて、慎重に進むというのは賛成じゃな」



「賛成なのか、珍しいな」



「儂だって無謀に特攻することを是とはせん。突撃するのがお主らならなおさらの……魔石も潤沢にあることだし、じっくり一階層を攻略するとしよう」



 いけいけどんどんなベスにしては、えらく慎重な意見である。それだけ彼女も喰魔のダンジョンを警戒しているということなのだろうか。



「だからお主も適度に緊張する分にはいいが、固くなりすぎるなよ。ニニも言っておったが、つまらないミスはそのまま命を落とすミスにつながりかねん」



 ベスの声が真剣なものに変わる。


 僕たちがこれから挑むのは、死の危険と隣り合わせの場所だ……開いたドラゴンの口に飛び込むのと何ら変わらない。一つの判断ミスでパーティーが崩壊するなんて、考えるまでもなく当然のことだった。


 それこそ――あの勇者たちのように。



「……わかってるよ。大丈夫だ」



 僕は気合を入れ直すように大きく息を吸い込む。


 例えどんな窮地に陥ったとしても、ベスとニニの二人だけは助けると、そう決意して。





 森を進むこと数時間――僕らは、喰魔のダンジョンに潜るための魔法陣に辿り着いた。



「準備はいいか、ニニ」



 魔法陣の前で一旦休憩を挟み、最終確認をする。



「いつでも行けますよ」



 彼女はいつも通り満面の笑みで頷いた……頼もしい限りだ。



「もし不測の事態が起こったとしても、私の防御魔法でお二人を守りますから。どーんと大船に乗ったつもりでいてください」



「……そいつはありがたいな。でも、一つだけ約束してほしいことがあるんだ」



 どんと胸を叩くニニに向かって、僕はあらかじめ考えていた約束を口にする。それは、喰魔のダンジョンを攻略すると決めた日から、ずっと頭の片隅にあったことだった。



「ニニには、自分の命を優先してほしい……僕やベスに何があっても、最終的には自分の命を守る行動をしてほしいんだ」



 彼女の役職は剛盾使いであり、その役目はパーティーメンバーを守ることである。


 ――ニニは僕らのために命を投げ捨てることも厭わないだろう。初めて彼女とダンジョンに潜った際、既にその片鱗を見せていた。


 とても頼もしいが、それ故に困る。



「何があっても、僕が二人を守る。ニニは、ベスと一緒に逃げてほしい。全力で、決して振り返らず、逃げてほしい」



 そうしてくれないと、全員が死ぬという最悪の事態が引き起こされる可能性が高まってしまうのだ。


 犠牲になるのは、僕一人で充分である。



「それは……」



「それはできんな、お主よ」



 杖の中から。

 ベスが否定してきた。



「お主のこともニニのことも、儂が守る……それがこのダンジョンに潜る上で、絶対不変の前提条件じゃ。じゃから、大船どころか豪華客船に乗ったつもりでいるがよい」



 思いがけない彼女の言葉は、しかしこの世のどんなヒーローよりも、頼もしいものだった。


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