解き放たれし者
「は、はは……」
光に包まれて消えていったパーティーメンバー……いや、元パーティーメンバーか……彼女たちを見送った僕は、自嘲気味に笑いをこぼす。
どうやら勇者パーティーを追放され、惨めに死ぬことが決定したらしい……人間、本当に後がなくなると、意味の分からない笑みが出てしまうようだ。
「……」
ドラゴンはゆっくりと歩を進めてくる。それは余裕の表れか、はたまた仲間に置き去りにされた僕を憐れんでいるのか……きっとどちらでもないのだろう。
モンスターがそんな感情を持つはずがない。
だから、ここでドラゴンが情けをかけて見逃してくれるはずもない。
「……」
膝がガクガクと震え出す。
呼吸が乱れ、足元が変な浮遊感にとらわれる。
気づけば――剣を落としていた。
「……はっ……ふっ……」
息が整えられず、体から段々と自由が失われていく。
これが、死の恐怖か。
そんな風に客観視する僕の意識は、まるで幽体離脱でもしてしまったかのように自分自身を俯瞰していた。
どうしてこんなことになったのだろう。
僕はただ、身の丈に合った安定した生活を送れればそれでよかったのに。
シリーに、勇者についていった所為で、こんなことになってしまった。彼女が僕の家を訪ねてきた時、きちんと誘いを突っぱねていればよかった。
でも――きっと。
人生を何周しても、僕にはそれができなかったのだろう。
だって。
いくら高慢で、人を見下して、自分が最優先で、僕のことが嫌いでも。
彼女が、助けを求める顔をしていたら。
僕は、何度でも助けてしまうのだろう。
ドラゴンの前に置き去りにされ、都合よく利用されていただけだとわかった今でも――僕は。
シリーや、他のメンバーを助けることができて、良かったと思っているんだから。
「がああああああああああああああああ‼」
ドラゴンが咆える。
息を大きく吸い込み、口の端から黒い魔力を溢れさせながら……僕に向けて、その大口を開いた。
掛け値なし、全力のブレス。
下位役職の戦士如きでは、どうしたって太刀打ちできない破壊魔法。
「……こいよ、ドラゴン。最後くらい戦士らしく、戦って死んでやる!」
覚悟を決めた僕は、剣を拾い上げる。
不思議と、恐怖は引いていた。
僕も冒険者の端くれだ……僅かに残ったプライドを感じることができ、気分が高揚する。
「いくぞ‼ お前は僕が倒す‼」
人生最後の一振りだ。
見ている人もいない……精々格好よく、散り際を飾らせてもらうぜ!
『いや、無理じゃろ。普通に考えて』
「――⁉」
僕の冒険者人生をかけた一撃に対し、そんな無粋な野次が飛ぶ……って、おい。
誰かいるのか、
「ぐぎゃあああああああああああああ‼」
漆黒のブレスが放たれる。
謎の声によって姿勢を崩してしまった僕は、みっともなくその場にすっころび、結果的にブレスを躱すことに成功した。
九死に一生を得た形だ……随分無様な格好ではあるが。
『そこの人間、杖を取れ』
謎の声は止まない。
それどころか、今度は僕に指示まで出してきた……杖って何のことだ?
『ほれ、ドラゴンが壊した壁の向こうに落ちとるじゃろうが。鈍い奴よのぉ……そんなんだから仲間に裏切られるのか』
「誰か知らないけどデリカシーなさ過ぎるだろ!」
ドラゴンが振り抜いてきた前足を避けながら、僕は言われた通り壁の向こうを見る。
そこには、一本の古びた木製の杖が落ちていた。
いや、杖と言われたからそう認識できただけであって……もし何の前情報もなくあれを見つけていたら、きっとただの棒っ切れだと思うだろう。
それ程までに無骨で荒々しい作りの杖は。
魔法の才能がない僕が感じ取れるレベルの禍々しい魔力を、放っていた。
「――っ」
『何をしておるか、たわけ。早く杖を手に取れ。そして魔力をちょちょいと込めるのじゃ』
「ちょちょいとったって……そんな雑な指示じゃ何していいかわからないんだけど」
『我儘な奴じゃのぉ……ほれ、ぐずぐずしてるとトカゲに食われるぞ』
「っ!」
謎の声の言う通り、ドラゴンが大口を開けて噛みついてくる。
「くそっ! やればいいんだろやれば!」
僕はみっともなくゴロゴロと地面を転がり、壁の向こうへと移動し。
杖を掴み取った。
『やればできるようじゃの。早く魔力を込めるがよい』
促されるまま、僕は杖に魔力を流し込む。このやり方で正解なのか皆目見当はつかないが、こうなりゃやけだ。
「があああああああああああああああああ‼」
自ら逃げ場のない壁奥に入っていった僕を嘲笑うかのようにドラゴンは咆哮し。
ブレスのために息を吸う。
「……っ」
今度こそ本当に終わった。
杖は何の反応も起こさないし……謎の声の所為でとんだ幕引きになってしまったようだ。
僕は覚悟を決め、目を閉じる。
「うむ。実にお粗末な魔力じゃ。だが腹の足しにはなったぞ」
閃光。
瞼を貫通する程の眩い光が生じ、洞窟内を煌々と照らす。
「目を開けよ、人間。二百年ぶりの食事の礼じゃ……そこのトカゲを屠ってやろう」
そんな高圧的な口調に体が無意識に従い、僕は自然と両眼を開いた。
光の中心に、一つの影。
まだ幼さの残る少女のような声色で、影は唱える。
「【
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