追放
「……どうして、ドラゴンがこんなところに……」
突如天井から降ってきたS級モンスターを前にし、僕たちは固まってしまう。
そんな人間たちを余所に、ドラゴンは鼻息荒く周囲を見聞し――息を吸い込んだ。
「……! まずい、ブレスよ!」
その挙動を見て、シリーは叫ぶ。
ドラゴンをS級たらしめる所以の一つ……彼らの吐き出す息は魔力を帯び、破壊の限りを尽くすブレスとなる。
吐き出された黒い波動は、メリルの元へ放たれた。
「きゃあああああ!」
地面を抉る咆哮が彼女に迫る。
一番近くにいるのはアンガスだけど、動く気配がない……くそ!
僕は身体強化の魔法を使い、メリルの前方に身を出す。
「ぐうっ!」
ブレスを剣で受け止めたが、威力を殺しきれない……僕の体は剣ごと弾かれ、宙を舞った。
軽く一息吹いただけでこれかよ……笑えねえ。
……だが、何故ドラゴンはメリルを攻撃したんだ? いや、モンスターが誰を攻撃するのかなんて知りようがないし、本当なら不思議はないんだけれど……。
疑問に思ったのは、ここ数カ月の戦闘の所為。
今までの敵の攻撃は、全部僕に向けられていたのに……。
「何をしている、シリー! あいつに掛けた魔法が解けてるじゃないか!」
珍しく、アンガスが叫んだ。
このパーティーで一番の年長者……滅多なことでは声を荒げない彼が、必死になっている訳。
自分の身に危険があるから?
「ちっ! 【
シリーの声が脳に響く。
直後、僕の体が赤色の光に包まれ――そして。
ドラゴンの太い腕が、僕に向かって振り下ろされた。
「っ!」
すんでのところで腕を躱し、すぐに体勢を立て直すが、今度は鞭のような尻尾が薙ぎ払われる。
「ぐっ⁉」
何とか剣で抑えるも、その衝撃に腕の骨が持っていかれたらしい。
僕の負傷を心配するはずもないドラゴンは、次々に攻撃を繰り出してくる……僕に向かって。
「……っ!」
ふと視線をやれば。
僕とは真反対の位置に陣取るように、シリーが立っていた。
彼女だけではない。
メリルもレイナもアンガスも、まるで危機を脱したかのような安堵の表情を浮かべ、そこに立っている。
自分たちがドラゴンに狙われない自信がある?
そりゃそうだろ、考えろ、クロス。
どう見たって――敵は僕のことしか狙ってない。
そしてこの現象は、さっきシリーが唱えた魔法によるものだと……遅まきながら理解する。
【錯乱視界】、と言っていた。
恐らく、モンスターの攻撃先を誰かに押し付ける催眠系の魔法なのだろう。
そしてその対象は、僕だった。
「がああああああああああああああああああああ‼」
ドラゴンの雄叫びが洞窟の内壁を揺らす。
僕を追い詰めようと、じりじりと壁際まで進んでくる。
「……」
終わった。
目の前には災害と謳われるS級モンスター、後ろは行き止まりで逃げ場はない。
階層移動の魔法陣を踏めば何とかなるが、それは丁度僕のいる位置とは反対のところにある。
何故だか、絶望はしなかった。
生まれてから十八年、何を為すでもなく漫然と生きてきた僕には、この世界に未練がないのかもしれない。
あるのは、少しの恐怖と。
シリーたちが助かってよかったという――安心感。
「……シリー」
それでも。
もしかしたら、数カ月を共にした仲間である僕のことを助けてくれるんじゃないかと、彼女の方を見る。
シリーは。
笑っていた。
「ここまでみたいね、クロス。短い間だったけど、私たちのためにモンスターの攻撃を受け続けてくれて助かったわ。お陰で楽にダンジョンを攻略できたもの」
言って。
シリーは、メリルは、レイナは、アンガスは。
魔法陣を踏んだ。
「金もかからないし死んでも困らないし、最高の戦士だったわよ、クロス。最後まで私たちのためにドラゴンを引き付けてくれてありがとう……でも、これでお別れよ」
魔法によって光に包まれる彼女は。
細い唇を小さく歪めて――言った。
「あなた、首ね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます