就職先は公務員 001



 ダンジョン最深部で勇者パーティーを追放された一カ月後。

 僕は、王都ランダルや軍事都市ベガスに次ぐ大都市――魔法都市ソリアを訪れていた。


 もちろん、就職先を探すためである。


 この前の一件で、冒険者としての自分に見切りをつけたのだ……幼馴染に利用され、挙句パーティーメンバー全員から見捨てられたとなれば、ここら辺が潮時だろう。


 故郷であるキエナ村に帰らなかったのは、単純に村のみんなに合わせる顔がないからだ。勇者に連れだって出ていった奴が裏切られて戻ってきましたなんて、恥晒しもいいところだしな。


 だが、生まれてこの方十八年、冒険者以外の職に就いたことのない僕ができることと言えば……やっぱり、ギルド関係の仕事しかない。



「……ここか」



 煉瓦造りの建造物が立ち並ぶ大通りを抜けた先に、巨大な城。


 僕が目指した先は、魔法都市ソリアの中心部――いわゆる役所だ。


 外観は古いお城だが、ここに王は住んでいない……遥か昔、まだエール王国ができる以前に栄えていた王国の名残だそうだ。


 僕がここを訪ねた理由は一つ。

 公務員になるためである。



「……」



 エントランスを抜けると、広大なロビーに木製のカウンターが並び、人々が忙しなく行き交っている。

 いかにも役人といった風体の人たちを見ると、あちら側で働く自分の姿が思い描けない。


 どうせギルドの運営側に回るなら、福利厚生がしっかりして社会的地位も確保された公務員になりたいと思ったのだが、無論簡単になれるようなものではない。


 というか普通に難しい。


 この国に存在する正規ギルドは全て、エール王国の管理下に置かれている。それはつまり、役所の権力がギルドよりも上ということだ。


 その力関係を維持するために、ギルド運営に携わる公務員はエリートでなければならない。


 僕はまさにその逆。

 役職は下位の戦士で、ダンジョン攻略実績も芳しくない。


 そんな奴が採用される程、公務員は甘くない……というか、そんなに簡単になれるなら最初から目指していた。


 僕には無理だと諦めていたからこそ、今の今まで冒険者をやっていたのだ。



「……ふう」



 だが、僕は挑戦する。


 何故なら――あの日。


 ドラゴンと相対したあの日、本当なら僕は死んでいたのだから。

 幼い少女の声をした謎の人影に助けられ、事なきを得たけれど。


 あの奇跡のような出来事が起きなければ、僕は今ここにいない……なら、絶対無理と思えることに挑戦したって、罰は当たらないだろう。



「……失礼します。クロス・レーバンです」



 僕は面接会場の扉をノックする。


 安定を望む僕にとって、公務員は小さい頃からの憧れだった。


 田舎の村で育ち、魔法の才能もない僕には縁がないと思っていたけれど……こうして扉を叩いている。人生、何が起こるかわからない。



「どうぞ」



 部屋の中から、僕を招き入れる声がした。


 ……大丈夫、もし採用されなくても死ぬわけじゃない。


 緊張で汗ばんだ手を気にしながら、僕はドアノブを回した。





「じゃ、明日からこれるかい? こちらとしては今日からでも働いてほしいくらいなんだがね」



 用意された椅子に座る前に、矢継ぎ早に言葉を投げつけられる。


 部屋の中にいたのは三十代前半の女性。


 赤毛の髪を短く纏め、キリッとした眼光で僕の顔を見つめている。



「……君、レディーの年齢を邪推したね。それはよくない、非常によくない」



「あ、すみません、つい」



「いやまあ、いいんだがね。そういう細かいところに口を出すと、またパワハラだ何だとどやされるんだ、全く……君、パワハラって知ってるかい? あれはよくない言葉だよ。権力を持つ者が持たざる者に行使するのは、ごく自然の理じゃないかね?」



「……はあ。単純に、相手の嫌がることをするなって話じゃないんですか」



「何だい、君はいい子ちゃんか。元冒険者の癖に育ちがいい……まあ、これから一緒に働く上では、是非是非いい子ちゃんでいてくれた方がいいがね」



「……」



 完全に相手のペースに飲まれているけれど……一緒に働く?



「その顔は何か疑問を持っている顔だ、遠慮なく質問するといい。もちろん、プライベートな質問もウェルカムだ。一応言っておくと、私は独身彼氏なしだよ」



「はあ……」



「ちなみに、君は恋人はいるのかい?」



「いえ、いませんけど……」



「だろうね。見ればわかる君は童貞だ」



「シンプル失礼⁉」



「おっとすまんすまん。だが当たっているだろう?」



「えっ、いやその、違いますよ! 僕は断じて童貞じゃない!」



「君の顔には童貞の相が出ている……これから一生、童貞のまま過ごすらしい」



「そんな占いがあってたまるか! 僕は信じないぞ!」



「ははっ。場を和ませるための冗談だよ。緊張は解けたかね?」



「警戒が高まりました……」



 なんだこの人……とても面接官とは思えない。

 それとも、こういう変わった相手への対応力を見定められているのだろうか?



「で、何か質問はあるかい?」



「えっと、それじゃあ質問なんですけど……先程僕が採用されたみたいな口ぶりをされていて、それが気になったというか……」



「もちろん採用だ。文句なしにね」



 僕の疑問に対し、目の前の女性は実に簡潔な答えを提示する。



「……僕はここの職員として働けるってことですか?」



「そう言っているつもりだがね、クロス・レーバンくん。君を魔法都市ソリア、ひいてはエール王国に尽くす公務員として認めよう」



 彼女の言をそのまま真っすぐに解釈するなら……どうやら僕は、無事に憧れの職へと就くことができたらしい。


 全く実感はないが。


 と言うか、未だに冗談半分でからかわれているだけなんじゃないかという疑念がある。



「明日から同僚となる君に名乗っておこう。私の名前はカイ・ハミルトン……ソリアの役所を管理統括している、言わばボスだな。反抗するなら程々にしておくように」



「……よろしくお願いします、ハミルトンさん」



 ……待てよ?


 役所のボスってことは……この人、ソリアの市長ってことか?


 いかにも適当そうだけど……この街、大丈夫だろうか。



「親しみと愛情をこめてカイさんと呼んでくれて構わないよ、クロスくん……それより、採用が決まったというのに浮かない顔だな」



「いえ、その……正直、お話が性急すぎて実感がないと言うか……どうして僕を雇って頂けるんですか?」



 いきなり一都市の長が現れて、何の説明もなく仲間として迎え入れられる……何とも奇跡的な出来事だが、しかし。


 奇跡なら、この前体験したばかりだ。

 そう何度も都合よく起きるわけがない。



「ああ、勘違いさせたのならすまない。、私は即採用を決定していたのだよ。そこに何ら特別性もなく、物語性もない……純然たる人手不足だ」



 僕の疑念を一発で払拭するように、カイさんは採用理由を語った。



「人手不足、ですか」



「そうだ。働き手の減少、公共事業の先細り……まあ好きに呼べばいいが、とにかく今は人材が多いに足りていない。進んでしたがる輩は、そもそも役人になどなろうとしないからね」



 カイさんは現状を憂うように人差し指で眉間を叩く。


 ……いや、ちょっと待て。


 今何か、聞き捨てならないことを言っていなかったか?



「あの……僕がやる仕事ってなんでしょうか……?」



 そんな純粋過ぎる問いに、彼女は間髪入れず応答した。



「もちろん、未踏ダンジョンの探索に決まっているだろう」


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