第9話 自白の空気

美しき王女の金色の目が、おれを見つめる。

見えない何かが見えるかのように。


知ってるんだから。さっさと白状しなさいよ。雄弁に問いかけるような視線は、弱みだらけの俺の心をちくりちくりと突き刺していた。


俺だって。7万人を埋めながら、決めていたんだ。俺の責任の取り方を。誰にも言わず諸悪の根源ヴリトラを討伐し、誰にも知られず罪滅ぼし——終わったら、誰にも知られず消えるんだって。


でも、仕方ない。こうなったなら、逃げちゃだめだな。逃げちゃダメだ。ここは潔く、謝ろう……。


俺は両膝を地面につき、ぴしりと揃えた手指を前に。額を地面にこすりつけて言った。


「ほんっ……とうにっ、悪かった……! この償いは、かな——」

「——ありがとう。あなたなんでしょ? みんなのお墓を作ってくれた、優しい優しい風さんは……って、なんで謝ってるのかな? なにそのポーズ?」

「あ……いや……えっと……。」


え? おはか?


「お師さまはね!」

マルテは言った。


「『いんきゃ』だからね、すぐ謝るの! 何もなくても、あいさつみたいに! おかしいね!」

「あら……イン?……そうなの。不器用なんだ?」


いや……違……わないけど、そうじゃなくって。


「謝らないで? 感謝してるの。本当に。みんなのぶんの、手作りのお墓——涙が出そうになっちゃった。強者が弱者を蹂躙する。そんな地獄の景色のなかで、優しさに勇気をもらったの。止めなくちゃ。今度は、わたしが、絶対に……!」


目元を拭い、アーシェは笑った。

あの、みんなまだ、死んでな......


「あいつを滅ぼすための旅。旅立つ前に、みんなに挨拶しにきたら——心優しい、素敵な風さんがいるじゃない? 決めちゃった。旅の仲間にぴったりだなって。どうかしら……わたしと一緒に来てみない?」

「はいはーい! いっきまーす! 旅!! 行きまぁーっす!」

「ちょ……マルテ?」

「うふふ……それじゃあ、お願いするわね【微風ラルソ】ちゃん? ——【暴風ドラルア】くんは、どうするの?」

「う……えっと……どうって言っても……?」


謝るはずが、完全に謝る空気じゃない。

謝らない空気。それが俺——じゃなくて、考えろ、バカ


前提として、腕輪を壊したのはバレてない。そのうえで、恐るべき魃竜てき——いま戦うのは無謀すぎるし、俺には手段も力も無い。戦う力をつけるのに、何年、いや何百年かかるだろうか……。


一方、王女アーシェには——手段はあるが仲間が足りない。仲間がいれば、……そういうことか?


本当に手段があるのかは知らないが——俺を縛った奇妙な力に、この口ぶり……少なくとも、手がかりくらいは持ってるだろう。


それならば。


「おーい、お師さま? 顔がきもいよ? っていうか、キツいよ?」

「しっ、ダメよ。言っちゃ悪いわ!」


……悪いけど。ほんとに王女アーシャには悪いけど。目的のため、あえて真実を明かさずに——もし言えば恨まれて仲間になれない、なんなら滅ぼされるだろうから——知らんぷりで便乗させてもらうのも、悪く無い手かもしれないな。


そりゃ罪悪感は感じるけど、後ろめたいのは行動で返す。もしも、すべてが終わったら、すべてを話して謝ればいいんだ。


それに、なんだ、その……すっごい……かわいい、し……?……いやちょっと、やましい気持ちは決して全く一切無いよ? 30代だし? 少女に欲情なんかしないし? そもそも風だし? 欲望ないし? 罪滅ぼしだよ? ほんとだよ?


とにもかくにも、はらは決まった。

ここは大人の余裕を見せて……。


「……話は、わかった。同行するにやぶさかでは無いが、その『方法』とやら次第だなっ!」

「えぇー? お師さまってば、もったいぶって! かっこわるーい!!」

「んだとコラァ!?」


余裕、終了。

王女は苦笑。


「仲が良いのね? ——方法はあるわ。あいつが天気である限り、必ずあの本に書いてある。」


……あの、本?

俺とマルテは小競り合いを止めてアーシェを見た。


「あれ、おかしいなあ。知らないかな? 世界のどこかで眠ってる、神さまの本。《観天望気ウェザーロア》の伝説を。世界のはじめから終わりまで、あらゆる天気の——あなたたちの全てが書かれた聖典だよ?」

「神さまの、本? すべての……天気? そりゃあ、そんなものが、ほんとにあれば——」

「あるの。ほんとに。場所だってもう、目星はついてる。ほとんど、間違いないと思う。」


アーシェは強い眼差しで俺たちを見ると、腰につけた鞄に手を差し入れる。底のほうから、ぼろぼろの何かを取り出した。巻かれた紙——ってか、羊皮紙、か? 実際に使ってる人はじめて見た……。


「これが、地図。聖都の書庫に封じられてた、とある禁書に記されてたわ。」

「聖都? どこだか知らないけど……写しにしては、ずいぶん古いね?」

「古いわよ? ちぎってきたから、このページだけ。見つからなくてよかったわ。」


いるよね、何しても許されると思ってる感じの人……。


「わかんないけどぉ……どこ行くの?」


微風の精マルテはだらりと地面に寝そべる。小難しい話に耐えかねたな。アーシェはくすりと声を漏らし、悪戯っぽく笑みを浮かべる。花開くように腕を伸ばすと、彼方の一点を指差した。


「……驚くなかれ、目指すは遥か、北限ほくげんの果て! 黒雲たなびく滅びの山脈——憎き竜女ヴリトラのお膝元だわ!」


ぎ、ぎぎぎ……。

無い関節を軋ませて、俺とマルテは北空を見た。

死を暗示する、垂れ込める魔煙に包まれる山を。


「やさしい風さん? 覚悟はいいかな?」


王女は言った。


遠くに見やる山脈は、不吉な黒を一層濃くし始めていた。

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