第7話 仇敵の空気

気づけば俺は走っていた。

衝動のままに大地を蹴る。

ぼんやりと立つヴリトラに向けて、おれの体は炸裂した。


「ヴリ……トラァァァッッ——!!」


スキル【暴風ストーム】。

おのれの種族を現す技は、大いなる自然の暴力だ。


小さな精霊体からだに圧し込められた膨大な風が溢れ出す。烈風は標的を滅さんとして吹き荒ぶ。敵を。罪を。必ず滅ぼす決意の風だ。


知る限り、あいつは究極だ。だったら、水も空気も、あいつが食らう生命すら無い宇宙はどうだ? 重力圏を外れるまで吹き飛ばす。昔から、究極は宇宙に追放するものって決まってるんだ……!


(吹っ飛、ばすっ……!)


荒ぶる風おれは大気を集め、おそるべき破壊の槌を成す。


微笑みを浮かべてヴリトラが振り向く。少し驚いたような表情だ。金の両目がすぅっと開き、空気おれを視る。薄い桜色の唇がほころび、そして唱えた。


「【天にひれ伏せウルスロサ=ミカ】——。」


響く声。光。衝撃。熱。痛み。例えるなら、雷鳴かなにかで殴られたかのようだった。


(うぐっ……はっ……!?)


力が——抜ける。束縛されない空気の体が、自由を奪われ地に墜ちる。くそっ……だめだ……ため息ひとつほども動かせない。


「あらあら……元気な風さんね? お顔を見せてはくれないかな?」


何……言って……?


「あれぇ? お話できないかな? しょうがないなぁ、暴れないでね——えっと……【起きよヴォダ】!」


言いながら、平伏す空気おれに手をかざす。

全身に不思議なしびれが走る。気づけば俺は精霊体に戻り、動けないまま転がっていた。


なん……だよ、これ……!?

邪竜ヴリトラの力は《乾き》だったはず。


女はしげしげと精霊体おれを観察すると、満足げな様子で頷いた。


「ふむふむ、なかなか強めだね? 【風渦コドゥ】……ちがうな、【暴風ドラルア】ぐらい?」

「おま……え……、なん……で?」

「え? なんでって? お墓参りに理由が必要?」


なんなんだ。

自分が吸収したくった人たちエサの……墓参り?


「おい……ヴリトラ! お前が滅ぼしたこの国で、何言ってんだ!」

「……えぇ? 何って……?」


少女は口をぽかんと開けると、首をかしげて3、4秒ほど固まった。


「ぷっ……うふふ……」


そして笑った。春風のように。


「あははははっ! ヴリトラぁ? あっははは……!」

「ふざけんな! なにが可笑しい!」

「だって……だって……ひぃー、ひぃー、ふぅー、ふふ……はは、はぁ……。」


不意にぴたりと笑いが止まる。


「だって、あいつは、ヴリトラは……」


やわらかい笑み。

しかし黄金の瞳には、どろりとくらい炎が宿る。


「……ヴリトラは、わたしの敵だから。父さまのかたき。家族の、友の、国民たちの、大切にしていたすべての仇。」


穏やかな陽光を背に受けて、金色の少女は剣を抜いた。あの日あの部屋で見たのと同じ、美しく輝く刀身だった。神話に残る英雄のように。剣を構えて少女は言った。


「わたしは、アーシェ。アーシェ=スヴェルガ=アマルヴァティ。聖王アスラの娘にして、王国の正統後継者。滅びた国の、ただ一人の愚かな生き残りよ……!」


——王国の。俺のせいで滅びた国の、生き残り? 

あと、名前。ア……アーシェたん……だと?

色んな意味で目を合わせられず、たまらず俺は顔を逸らした。そのときだった。


「あれぇ? お師さまぁ、どうしたの? 地面に寝ちゃって……グソクムシごっこ?」


無邪気な微風の幼精霊——マルテがひょこりと顔を出す。


「きもちわる……ていうか、お師さま……薄くない?」


……んん?……あっ……えっ……?


あっ……なっ……ちょっ……


あっ、あっ……消え……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る