第6話 ふたりの空気

「11……っと……13……」


数を数える。


「14……15……16……」


素数ではない。

あと少し。


「……17……18……最後だ……19!!」


——ついに、終わった。


七万五千、五百と十九。

数えた数は、命の数だ。


再壊リバース》の日から二年半。

はじまりの部屋を出た俺は、昼夜を問わず活動した。


アマルヴァの都に暮らした75,519名。邪竜ヴリトラに吸われてカチカチに固まった肉体——どうやら死んではいないらしい——を、すべて土に埋めて保存したのだ。通りすがりの風の噂に教えてもらった方法だった。一人ずつ、木の標識も立てておいた。


「お師さまぁ! 終わりましたね! やったやったぁ!!」


隣にいるのは弟子(仮)のマルテ。緑の髪をした幼——少女で、種族は【微風ラルソ】。


半年ほど前。滅ぼされた都を漂っていたこいつは、体を並べる俺を見て「おもしろそう!」と言い放ち、なんだか分からんけどついてきた。


幼き精霊。

地面を掘るような馬力はないけど、死体に群がる鳥獣なんかを追い払う役目を果たしてくれた。あとはまあ……賑やかしかな? それでもまあ、気持ちのうえでは、だいぶ助けてもらったかもだな。


「……ああ、そうだね。終わったね。」

「えぇー、ちょっと反応薄くないすか? もうちょっと、こう、達成感? 喜びましょうよ? へいへい、うぇーい! うぇいうぇーい!!」


ちょっと。かなり。うるさいけど。


「わーい。おわったー。……これでいい?」

「うわー棒読み……!」


——つまんないなぁー、無風だなー。

言いながらマルテはふわりと宙に駆け上がった。マルテは風。自由な風には、人の気持ちなどわからない。俺みたいに心を痛めたり、途方に暮れることもない。


(完了か……。素直に喜べないけども……悔やんでばかりもいられないな。)


目を細め、遥か北方の地の果てに、重く垂れ込める雲を見る。乾きの魔煙——【黒彩雲ネフェラ】が集う山脈こそ、忌まわしき魃竜ヴリトラの本拠地だった。


多少なりとも強くなったから、よく分かる。あいつは強い。絶望的に。今は、勝てない。絶対に。


それでも、いつか。あの地に赴き、戦いを挑む。かならず邪竜を討伐する。そして、カチコチに固まった人たちを元に戻す。——それが、彼女ヴリトラの封印を解き、数多の犠牲を招いた俺の償いだ。


頭上から、漂うマルテが話しかける。


「そんでー? これからどうするの? 【魃竜】なんて化け物は放っといて……風は風らしく、たのしく旅して暮らそうよぉ!」

「……それは、だめだよ。わかるだろ?」

「だめじゃないよぉ。風のくせして、カタいんだから……。そもそも、お師さま? 勝つつもりなのぉ? ヴリトラに? 未来永劫無理っぽくない?」


くそ、腹立つなあ。アホの子に見えて、ちょいちょい核心を突いてくる……! 逆さまに浮かんだ緑眼が、空気な頭で考えたって無駄だァ……と言っているような感じがした。


くっ……ここは……!


「——ッ、せいっ!!」

「はっ? あっぴゃあぁあっ!?」


実力行使だっ!


空技エアロアーツ【圧衝】。

俺の手掌から空気の壁が放たれて、うるさい幼女に激突する。

跳ね飛ばされた小さな体は、砕けるように散り散りとなって宙に消えた。


……やりすぎた? まあいいか。

そういえば俺、だいぶレベルも上がったんだな。


^^^^^^^^^^^^^^^^^^

名前 : 未設定 ◁

種族 : 暴風ドラルア 【進化可能▼】

Lv. : 59  (Exp. 11723/60000)

SP : 2312/2600

スキル : 密度操作 気流操作 圧力操作

     旋風刃 空礫 暴風 精霊体

【未選択: 7 ▼】

^^^^^^^^^^^^^^^^^^


ふぅっと風が吹いたと思うと、マルテは何事もなかったかのように着地する。


精霊体。

意思を持つ風——風だけではない、雲、雨、光、その他諸々の自然現象——は、永き時を経て精霊としての体を得るのだということだった。


本来は感覚をもたないはずの天気の精霊。だからこそ、人に似た体を得ることで、人の子に与えられた感覚。感情。そして欲望を味わう。それが何よりの楽しみというわけだ。まあ、要は……暇つぶし?


「また暴力ぅ……ちょっとさあ、ひどくなーい? 暴風だから許されるとか思ってません?」


傷ひとつなく再生されたマルテの体。その体は、体であって体ではない。力と意思が現世に結んだ、いわば焦点のようなものだった。


そして、俺もまた幼精霊マルテのように、あやふやで無力な気体からだではなく、自身の精霊体からだを手に入れていたのだった。


「……まったくもう……って、あれ? ねぇ、お師さま?」


さて、どうするか。


確かにマルテの言う通り、今のおれでは、あの厄災には敵わない。だけど、放っておくわけにもいかないよな……。その間にも、あいつは着々と力を増すに違いないから。


「もしもーし?」


今のままでは勝ち目はないけど、勝算はある。

せめて、黒雲と眷属に守られた領域から、あいつを引っ張り出すことができたなら……。


「ねえ、ねぇってばぁ。お師さまぁ? 陰険暴風童貞大王さまってばぁ?」

「どうてっ?……ちがうし!? 経験済みだし!? (モゴモゴ)」

「それは本当にどうでもいいけどぉ……だれか、来てるよ?」

「どうでっ……て、んん? なんだって?」

「ほら、あそこ。ニンゲンかなぁ? なんだっけ……おバカ参り?」


微風マルテの小さな手が指し示すその先に、それはいた。


「はぁ? おばか……墓じゃ無いけど、墓参りかな……?」


人々の体を保存した、暖かくのどかで穏やかな丘。

壊れた都市の残骸と、針山のごとく立ち並ぶしるべ

この二年、竜の力の残滓を恐れて、誰一人として近づかなかった。

それなのに——ひとりの少女が立っている。


ふわりとなびく繊細な金髪。

長く飛び出た尖った耳。

白磁のようにすべらかな肌。

簡素な布の衣を纏い、左腕には忘れもしない光る金環。


「あれ、って……嘘、だろ……?」


幻想のような美しさ。

すべてが始まった部屋で——救うと誓ったエルフの少女。その姿。


(……ヴリ……トラっ……!?)


——おれの、敵。

それは確かに、忌まわしき邪竜の姿に他ならなかった。


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