第27話 蒼天
あいにくの曇りの決勝戦となった。雨は降らないようだが、全体的にどんよりと暗くなっている。
明央高校と香星高校。この地域だと定番の決勝戦だ。しかし、今回は、珍しく香星高校が優勢だと思われている。
一年生で一番を打つ矢瀬昴。準決勝で完全試合を成し遂げた一年生投手の桜井悠星。
対して、明央高校には、今年はそう言ったずば抜けけた選手はいなかった。
試合は開始した。先発は佐野先輩だった。
最初は危なげなく打者を打ち取っていた。でも、途中から制球が乱れ始めた。
かろうじて抑えた3回、橋村監督が違和感があるか聞いた。特に佐野先輩は感じないと言ったが、突き指は治っていても、少しわずかに指先に影響があるのかもしれない。
4回の先頭打者を四球で出したあと、痛烈な左中間への打球で一、三塁。それから、四番の長打が続き、二失点となった。
そこで監督は西岡先輩のバッテリーと交代させた。
追加で一点、ランナーが返ったが、それ以降はうまくタイミングをずらした投球で西岡先輩が切り抜けた。
「矢瀬、頼むぞ」
「と言われても向こうはまともに俺と勝負する気はないぞ」
第一打席はギリギリのボール球四球でフォアボールだった。手を出してくれたらありがたいというコースだ。打たれてもヒットがせいぜいの外角低めのボール球。
「信じろよ。野球はチームで戦っているんだ」
「見てるだけは辛いな」
「応援席は全員それだ」
4回裏、応援席の声は雲の下で雷雨のように響く。バットの快音は、鋭く冷たく切り分ける。
ライト前ヒットだった。
五番、六番バッターが凡退したが、ランナーは二塁には回った。
七番打者の二年生の先輩はボールを擦り上げ、内野と外野の間にフライになって上がった。
けれど——。
ポテンとボールは落ちて転がった。
ツーアウトで走り出していた二塁ランナーはホームに帰還していた。
1-3。
「なっ。まだ大丈夫だ」
まだ、勝ってないと心臓に悪い。
「さっさと得点をもっと取ってくれ」
「安心して。ベンチを温めておけ。三点までは範疇だ」
「延長戦でもするつもりか」
八番打者が討ち取られて、五回へ。
監督から七回から投げるように、準備をするように言われて、剛とウォーミングアップに向かった。
†††
西岡先輩は、得点圏にランナーを出しながらも、五、六回を0点に抑えた。ピッチャーリレーだ。三枚看板は贅沢だ。
向こうはエースが一人で投げ抜きに来ている。そろそろ疲れも出て、バットの当たる音も良くなっている。
だが、1対3、変わらず。
七回のマウンドに悠星は上がる。先発の綺麗なマウンドではない。戦いの跡を残している。
夏弥も那雪も来ている。チヤも両親も。クラスメイトも知らないOBや地域の人々も。
曇りは空を近くに感じさせた。
スッと天気が雲の向こうで切れて、太陽の光の一筋が見えた。
少しだけ縁起がいい気がした。虹のようなものだ。
悠星は振りかぶって、七回の守備を駆動させた。
球場のスピードガンが150キロを刻んだ。
先頭打者を三振、次の打者をサードゴロ、ショートゴロと三つアウトにして、マウンドを直ぐに降りた。
裏は悠星からの打順だ。九番バッターから。
攻守交代するやいなや初球をフェンスに当てて、二塁打を放った。
一番の矢瀬昴がボール球で四球になるかと思ったが、最後の外角の四球目のボール球を無理やり外野に運んだ。
悠星は全力で走って、三塁を蹴って、ホームベースへと滑り込んだ。審判の声はセーフを叫び、得点差は1点になった。
2-3。
もう一度、矢瀬昴に回れば、きっと——。
二、三、四番が外野フライに倒れた。四番のフライは外野深く、応援の席はホームランかと期待したが残念ながら伸びが足りなかった。
八回も、七回と同じく三者凡退で切り抜けた。相手も八回裏の守備を三人で終わらせた。テンポの良い試合が続いていた。
お互いに大量得点はなく、ピッチャーも四球が少なくリズムがいい。
シンカー、スライダー、ストレート。
ストレート、スライダー、ストレス、フォーク。
ストレート、ストレート、シンカー。
甲子園への切符がかかる九回の表でも、強張りもなくいい球が投げられた。負けているせいかもしれない。
次は八番打者から、悠星にも昴にも打順が回ってくる。これで点が取れなければ、夏が区切られる。
それが夏の終わりになる。
大きな入道雲が夏を感じさせても。
八番バッターが悔しそうに空振り三振でかえってくる。
悠星は、額の汗が気になって、ヘルメットをかぶり直した。一度、素振りをしてバッターボックスに入った。
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