第24話 空
悠星はマウンドに上がった。天候は良くて、雲一つない快晴。30度を超える気温はすぐに汗をかかせる。
四回戦。次は準決勝、そして決勝。
プレートに足をかける。
打席の高校生は自分より体格が良さそうだ。当たり前だけど、まだ一年生の肉体なのだから。比較すれば、まだまだ成長期。
でも。
今年、行かないと。
一回一回、全部出し切って。
次なんてないと信じて。人生のように。
初球。ストレート。
見逃した球がミットでいい音を響かせた。
さぁ、試合だ。
今日、悠星は調子がよく一巡目を凡退で全て抑えた。矢瀬昴の弾丸ホームランがライトスタンドに飛んで行った。ツーラン。
簡単に打ってくれる。打者は三打席に一本打てばいい。ピッチャーは、そんな確率ではいけない。無失点。失点の一つ一つが重みになる。
でも、結局、今日の自分は誰にも打たれる気がしなくて、六回までを無安打に抑えて、予定を越えて、七回まで抑え切った。
そのあとは西岡先輩が一失点で抑えた。得点差は七点。矢瀬の打点は五点。完全に試合を1人で仕留めにいっている。香星高校の打撃力という心配要素を感じさせなくしていた。
堅実な守備と運が良く回ってきた優秀なピッチャー。香星高校の甲子園出場の定番パターンに、全国有数のスラッガー。
こんなに簡単に準決勝まで行っていいのか不安になるレベルだ。一度目の人生の苦労が嘘のようで……。
空は高く、トンビが上空を旋回していた。まるで空に飛ぶことが簡単であるように。
†††
まるで夜空は全てを黒く染めているようでいて、それでいて自然は黒さを原初としている。
光は星からさしていて——。
全部、形態が遠くからは一致して見える。その星座という形式に図表を観察さしていても。
「公園に来て、空を眺めるなんて、いつからそんな風流人に」
「黄昏てるんだ。ランニングはもういいのか」
「十分十分。軽く流す程度だから。夜はお肌に優しくていいよね」
タオルで汗を拭きながら、ベンチに座っていた悠星の隣においてあった水筒を手に取る。
「でも他に気をつけないといけないこともあるだろう」
「ボディガードならいるでしょ。それにこの公園明るいし」
「星は、見えるけどな」
「まだまだ都会というには発展途中だからね」
夏弥が水を飲む。
薄っらと夜闇に浮かぶシルエットは鍛えられてシェイプアップされた美しいフォルムだった。
「ウィンドブレーカー着ろよ」
「まだ暑いんだって。ちょっと待って」
ベンチの横に腰掛けて、夏弥は、手のひらで小さくあおぐ。夏虫の音がどこからともなく鳴っている。公園の池では魚がはねたような水音が一つ。
そして、遠くから夜を引き裂くバイクの爆音の余韻。大通りの直線を弦にして騒音を掻き鳴らす小さな都市の楽想だ。
「夜は静かですね」
「月が綺麗ですねって愛してるって意味らしいな」
「悠星。わたしはそこまでセンチじゃないから。ただの感想、会話の切り口。天気の話でもする?」
「天気は大事だからな。いいときに雨が降ればピッチャーには嬉しいよ」
「言ってると、逆に雨の中投げることになるかもよ」
「とりあえずは晴れそうだけどな」
夏弥はパーカーを着て、空を見上げる。
悠星は、そっと手に触れたくなるけど、今の関係はそういう関係にはない。幼馴染の少女という距離。
親しくても、手には取れない。
終末が最後の決定を見せない限り。甲子園の切符が手に収まるまでは。
それまでは全部が保留なんだ。この過去が自分の見てきたあの現実と隔絶する刻まで。
「悠星」
「なんだ」
夏弥の肩が悠星の肩に傾いて、彼女の重みを感じる。軽くて不安になるような重量でも温かさがじんわりと伝わる。
「変なこと言うね。わたしはね、結構、悠星のこと好きだよ。でも、今は少し違うんだよ。先にいかれてるって感じが強すぎて」
「全然進んでないよ。ずっと足踏みしているだけで」
「ううん。悠星は気づいたら流れ星みたいに前に進んでた」
「一夏過ぎれば、大きくはなるさ。成長期だし」
「そっ。甲子園かぁ。テレビの中の世界だ」
「まだまだ分からない。まだ二試合ある」
「余裕そうに勝ってた」
「勝負は分からないさ。時の運もある」
「そうだね……わたしも不安なんだなぁ。ドキドキしてる。準決勝、決勝で、もう甲子園だなんて。実感湧いてなかっただけかも」
そっとかけていた体重を離して、夏弥は立ち上がる。
「まさか、一年生で行けそうだなんてなぁ」
「夏弥、ベンチ温めていたら慰めてくれよ」
「あはは、それは、うん、茶化してあげるね」
空の光は、ここまで届くのに何年もかかっているのに、今ここに平然と輝き続けている。
努力は、全部時の彼方に消されていく。残るのは結果という過去の輝く記録のみ。些末な足掻きは、全部削ぎ落とされて、
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