第23話 喫茶店

 3回戦を勝利した。順当すぎるほど順当だ。

 矢瀬昴がスタンドに、大会第四号、第五号を打ち込んだ。今回は、悠星は、出番なし。

 監督とキャプテンの言葉が終わって解散した後――――。


「ラーメン、行こうぜ」

「珍しいな。お前が、そんなものに誘うなんて。身体が資本なはずなのに」

「たまには、ご褒美がないとな」

「嘘吐け」


 食事なんて栄養補給としか思ってないはずだ。プロ野球のインタビューでも言っていたのを憶えている。栄養管理士と相談したストイックな食事スタイルだった。ラーメンなんて完全に身体に毒だろう。


「お前は俺をなんだと思っているんだ」

「ホームランマシーン」

「油がいるな」

「本当に行くのか」

「ラーメンは嫌いか。だったら、別のに行くか……喫茶店とか」


「本日も、ご利用ありがとうございます」

 

 応援に来ていた夏弥が悠星たちを見つけて、近くまで来ていたようだ。

 悠星は振り返る。


「矢瀬はラーメンがご所望のようだが」

「インスタントになりますね。具材は持ち込みでお願いします」

「普通に頼むよ。ラーメン以外を」

「まいどー」

「ご褒美は喫茶店かぁ」

「ベンチを温めていた人が何か」


 夏弥はザクリと痛いところをつく。

 でも、思えば喫茶店で食事しているし、高校生の頃はまだプロの時ほど食事を縛っていないのかもな。健康の大事さは食事の大事さと同じくらい、齢がいってから気づくものか。


「すごいね。うちのスラッガー様は、あんな簡単にスタンドに運んで」

「実際は絶対に届かないからな。身体のバネが違う」

「大事なのは、芯とタイミングだ。それさえ合えば、あとは力はいらない」

「とムキムキの筋肉質の高身長が言ってます」

「あはは。悠星もわたしからすると、筋肉質だよ」

「ピッチャーは筋肉より柔軟性だな。きれいなフォームで指先まで力を伝達すれば、あとは力はいらない」

「力を伝達すれば力はいらないそうだ。バカなのか」

「さて、バカな話はやめて、うちの喫茶店の経済を回してね」



 16時過ぎ、喫茶渚。昼食も過ぎて夕食の時間帯でもないから、席は空いていた。

 夏弥は素早く着替えて、接客に。那雪は、試合は夏弥と二人で見ていたらしいが、友達と約束があるらしくそのまま出かけている。


「何にする?」

「麺類がいいから、ナポリタンで」

「ナポリタンですね。悠星は?」

「カツカレー」

「りょー」


 夏弥は波美さんに注文をつげに行き、すぐ戻ってくる。


「カレー好きだったっけ」

「カレーが嫌いな人間はいない」

「いや、うちで頼むことあんまりなかったような気が……だって、うちのカレー辛いでしょ」

「慣れた」

「ちなみに今日のは那雪バージョンじゃないからね」

「那雪のもそんなに甘くないだろう」

「まぁスパイシーだね」


 那雪は凝り性だから。スパイスカレーに進化していく。現在はまだ波美さんのカレーがベースだが。


「ドリンクの注文も受け付けてますよー」

「食後のコーヒーで」


 辛いカレーには水でいい。

 そこまで辛いとも思わないし。


「コーヒー、俺も」

「はい。これで、だいたい……」


 ムムムッと難しい顔で考える夏弥の方を、矢瀬が怪訝そうに見つめる。


「指を折って、何の計算だ?」

「甲子園への旅行代。必要でしょ。応援行くには」

「俺がだそうか」

「昴が?」

「出世払いで」

「それ、現在のお金どこにもないよね」

「バレたか。もう少し食いにくる」


 矢瀬がつまらない冗談を口にしていると、注文ができたようで夏弥は配膳のために取りに行った。


「甲子園まで電車で来てくれそうだな」

「甲子園に行くことが目的だ」

「行ったからには優勝する」

「それは大変そうだな」


 最後あたりなんて一人で投げるものじゃない。中何日で投げ続けることになるのか。


「とにかく、まずは次の試合だ」

「あと3回勝たないとな」

「次の試合、先発だぞ」

「ちょうどいい、エースの休憩だな」 


 カツカレーを食べ終え、コーヒーを飲みはじめる。

 記憶の味と移ろいあい混ざり合い、どこか懐かしくて――。

 マウンドでもたまに思う懐かしさ。ぐらっと過去と未来が溶け合っていって。

 夏の暑さは本番になって、全部をうだる熱で溶かしていく。


「汗、かいてるよ」


 夏弥がおしぼりで額をふいてくれる。

 

「夏だからな」

「辛いんでしょ。我慢しちゃって」


 大丈夫。我慢しないといけない痛みは身体にはない。無理をしてない。大丈夫。投げられる。裏切らない努力があってほしい。

 裏切られなかった努力を才人は能と呼ぶから。

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